第36話「白黒つけましょう」
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俺はまた「1年生首席のスバル・ジン」として王室に赴く。
国王は俺を歓迎してくれたが、やはりというか警備は前よりも厳重になっていた。衛兵の数が倍に増えている。
「ジンよ、ベオグランツの侵略を防いだそなたの功績は比類なきものだ。王国の英雄として、サフィーデに永遠に語り継がれるであろう」
「恐縮です」
永遠に語り継ぐのは無理だろうな。どんな国家も永遠に続きはしない。
「あー……うん、実に見事である」
国王はまだもう少し労いの言葉をかけたい様子だったが、どうやら俺が少し怖いらしい。7千もの敵兵を1人で追い返したとなれば、まともな人間ではないからな。そんなのが目の前にいれば、誰だって落ち着かないだろう。
俺は頭を下げ、失礼かとは思ったがこちらから本題を切り出す。
「しかし私1人にできることなど、たかが知れております。早急に学院の若き魔術師たちを鍛え上げねば……」
あ、しまった。俺も若き魔術師の1人ということになってるんだった。
「……ならぬと、ゼファー学院長も申しておりました」
「その件について、いささか気になっておることがある」
国王は宰相をちらりと見る。宰相は一礼し、代わりに口を開いた。
「ジンよ。魔術師に戦闘ではなく伝令や斥候を任せるべきという提言、陛下もしっかりと御検討くださっている。すでに王室直属の将軍たちからも意見を集めた」
「ありがとうございます。ですが、将軍たちも困惑なさっているのでしょう?」
俺がそう言うと、宰相は小さく溜息をついた。
「そうだ。将軍たちは魔術師ではないので、どれほどの効果が見込めるかわからんと申しておる。王室としては今少し、詳しい説明を聞きたい」
そりゃそうだ。
国王や宰相は軍事の専門家ではないので、俺は簡単に説明する。
「サフィーデには諸侯の軍勢もおり、全て合わせればベオグランツの本格的な侵攻にも十分対抗できます。しかし諸侯の軍勢に動員をかけるには時間がかかりますし、常に防衛の任を与え続けることもできません」
サフィーデの貴族たちも兵を持っているが、普段は自分の領地を守るのに使っている。王といえども無理強いはできない。
そして諸侯の軍勢は招集をかけて国境地帯に移動するまで、かなりの日数が必要だ。敵の侵攻を確認してからでは間に合わない。
「しかし王室直属の哨戒部隊に魔術師を随伴させ、索敵と通信を担当させれば所要日数は劇的に短縮されます。敵の動きを察知してからでも、諸侯の軍勢を動員することが可能になるでしょう」
本当はそんな単純な話ではないのだが、この説明ならてきめんに効くだろう。
案の定、国王が身を乗り出す。
「なんと、それほどまでに短縮できるのか」
「索敵自体はそう早くなりませんが、通信がほぼ一瞬で終わりますので」
鉄錆平原から王都イ・オ・ヨルデまでは、戦列歩兵が直行すれば5日ぐらいだろう。伝令の騎兵なら2日足らずというところだ。
もし鉄錆平原での迎撃に失敗した場合、2日目の夜に騎兵が王都に到着する。移動速度の差である3日ほどが王都防衛に使える時間ということになる。
だが『念話』なら即時に伝達できるので、まるまる5日間を防戦準備に充てることができる。
しかも伝令が運んでくる情報は2日前のものだが、『念話』はリアルタイムの情報だ。鮮度がいい。
さらに双方向で通信できるので、欲しい情報がすぐに追加で手に入る。
これは防戦準備の段階だけでなく、あらゆる軍事行動を短縮できる。従来では不可能だった、神速の戦略が可能になるといってもいい。
「古今東西の覇王や名軍師も、陛下には敵わないでしょう。彼らが第一報を受ける頃には、陛下の軍勢は次の行動を開始しているからです」
俺がそんなことを言うと、国王はまんざらでもない様子で深くうなずく。
「ほほう、ではカーグス鉄騎帝やベリオネル征服公のような采配が可能になる訳か……」
宰相も乗り気だ。
「諸侯に軍勢を出させれば国庫の負担も減ります。悪い話ではありますまい」
だが彼らも一国を預かる身、俺の口先だけで重大な決定はしない。
「ではジンよ。そなたの説明が絵空事ではないと証明できるか?」
「お安い御用です」
今までのやりとりから、彼らが確実な判断材料を欲しがることは予想していた。だから方策も考えてある。
「領内で実戦に近い演習を行って実験しましょう。魔術師のいる軍とそうでない軍とを戦わせ、お互いの城や街を攻略してもらいます」
俺は実験計画書を宰相に差し出し、にっこり笑った。
学院に戻った俺はさっそくおなじみのメンバーを集める。
「トッシュ、アジュラ、ナーシア、スピネドール、マリエ、ユナ。今回の実験では6人に協力をお願いしたい」
寮の食堂でリンゴのタルトをもぐもぐ食べながら、トッシュが首を傾げる。
「四天王の俺たちとスピ先輩は特待生だからわかるんだが、マリエとユナを選んだ理由って何だ?」
こいつ無駄に鋭いな。
「マリエは特待生に匹敵する実力の持ち主だ。特待生試験に間に合わなかっただけでな」
「ユナは?」
ユナが居心地悪そうにしているので、俺はしっかり説明しておく。
「彼女は破壊魔法にはあまり向いてないようだが、他の魔法の適性を感じる。魔力の操作がやや遅いが、その代わりに持久力が高い」
素手の武術で言えば、打撃ではなく組み技の使い手みたいな感じだ。
「ユナの破壊魔法は遅くて時間減衰に負けてしまうが、『念話』はもともとが超高速だ。減衰もほとんどしない。そしてユナの『念話』は、周辺魔力の干渉に妨害されずに遠くまで伸びる」
彼女の魔力は「粘り強い」と表現したら科学的ではないのだろうが、感覚的にはそんな感じだ。高出力で安定している。
『念話』は長時間の双方向通信を行うので、魔力が安定していることは大きな強みだ。
しかしユナは恐縮している。
「私、そう言われてもピンと来ないんですけど……。本当に役に立てますか?」
「もちろん。この6人の中でも上位に入るだろう」
マリエは別格として、残り5人のうちでもおそらく1、2を争う使い手になると思う。
求められる資質が違えば、試験で作られた序列も変わってくる。こういう例は今後増えるだろう。ああそうだ、入試の内容も変えないといけないな。
「今回の実験計画には7人の魔術師が必要だ」
俺は地図を示す。
「黒軍と白軍が『城』と『砦』を奪い合う。相手の『城』を攻め落とすか、日没の実験終了時により多くの拠点を占領していた方が勝利する」
「あら、面白そうね」
火の精霊使いアジュラが目を輝かせる。どうやら勝負事が好きらしい。
【演習地図】
■黒城
■北西砦 ■北東砦
□南西砦 □南東砦
□白城
俺は微笑ましく思いながら説明を続けた。
「斥候や通信兵は攻撃されない設定なので、各地点に1人ずつ魔術師を配置したい。7人目は司令本部専属だ」
魔術師は徒歩だから、移動する部隊にいちいち随伴させてたら騎兵に負ける。
「これは演習なので、実際の戦闘は行わない。遭遇時の人数で判定する。基本的には数が多い方が勝利するが、『城』を攻略するには守備側の3倍の人数が必要だ」
「同数の場合はどうなるの? 守備側の勝ち?」
マリエが質問したので、俺はそれにも答える。
「いや、野戦だとどっちが守備側かわからないからな。コインを投げて決める。いずれの場合も、負ければ最寄りの自軍拠点まで退却する」
負けた側は自軍拠点への撤退が完了するまでの間、兵力ゼロとしてカウントされる。拠点で部隊を再編し、また戦えるようになるという設定だ。
実際の戦争では戦死や脱走で兵がどんどん減っていくが、今回はどんどん補充されるという設定にした。だからお互いの兵力差は最後まで固定されたままだ。
「ふん……。『城』とそれ以外の拠点では、戦略的価値が大きく違う訳か」
スピネドールは興味なさそうな顔をしていたが、ちらちらと地図を見ている。男の子って陣取りゲームが好きだよな。
「黒軍は120人の兵士と偵察騎兵7騎が参加する。白軍は騎兵ではなく魔術師7人が参加するが、その代わり兵力は少ない」
ナーシアが不安そうに尋ねる。
「少ないって、どれぐらい?」
「半分の60人だな。なお魔術師や偵察騎兵は別枠だ。兵力としても計算しない」
するとトッシュが慌てた。
「ちょっと待てよ!? それじゃ黒軍が『城』に21人置いてたら、白軍は絶対に攻略できないじゃん!?」
「そうだな。21人で守る『城』を攻略するには、こちらは63人の兵が必要になる。攻略は不可能だ」
もちろん白軍も、41人を『城』に配備すれば『城』だけは確実に守りきれる。
残り19人でどうやって戦うのかという問題は残るが……。
一同が沈黙する。口を開いたのはナーシアだ。
「これ、ベオグランツ側は『城』に21人、残りを45人と44人に分けて『北西砦』と『北東砦』に置いておけば、ほとんど負けないよね?」
「いい読みだ。だがそれだと敵の砦を奪うときに空っぽの砦ができてしまう。砦を3つ取ることが目的になるから、33人ずつ3隊に編成する可能性が高い」
「断言できるのかよ?」
トッシュが首を傾げたので、俺はサフィーデ軍の戦術教本を取り出す。
「サフィーデ軍の将校は自軍優勢の場合、手薄な拠点への奇襲を最も警戒するように教育される。あちらの指揮官が誰かは不明だが、全ての砦に守備隊を置くだろう。この演習への参加は正式な軍務だから、教本を無視して負ければ査定に響く」
「そうか、大人って大変だな……」
向こうはただ、数の優位をなるべく崩さないようにしているだけでいい。
一方、こちらは優勢になればなるほど、占領した拠点を守る兵が足りなくなってくる。
占領した拠点を奪回されないためには守備隊を置かねばならないが、60人しかいないので十分な兵は置けない。
相手の攻撃隊が33人編成だとすれば、こちらは34人以上の部隊で守らなければならない。
だがそれで守れるのは1ヶ所だけだ。こっちは全部で60人しかいないから仕方がない。
兵力差は固定だから、最後の最後まで数の差に悩まされることになる。
俺はテーブルの上で手を組み、一同を見回す。
「普通に戦えば勝敗は明らかだ。だがこの戦いの結末を、たった7人の魔術師がひっくり返すとしたら……」
俺はニヤリと笑う。
「ちょっと面白いと思わないか?」




