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第26話「宮廷の魔術師」

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 俺は今、サフィーデ王国の首都イ・オ・ヨルデの王宮にいる。

「そなたがマルデガル魔術学院の特使か」

 目の前にいるのは国王だ。まだ40代ほどの若造だが、かれこれ20年近くこの国を治めているという。



 まあ年齢は関係ない。重責を担う国王に敬意を払おう。

「はい、陛下。特待生1年首席、スバル・ジンと申します」

 賢者として知られている「シュバルディン」を名乗らなかったのには訳がある。



 今回、ゼファーのヤツは演習実験の結果と、マルデガル魔術学院での教育が軍事教練としては効果的ではないことを報告した。俺は止めたんだが、あいつはクソ真面目でクソ頑固だからどうしようもない。

 だがもちろん、そうなるとヤツの責任問題になる。

 それを回避するための方策だ。



 案の定、宰相が横から口を挟む。

「ジンよ。報告書は既に陛下にも御覧頂いておる。マルデガル魔術学院は王室所有のマルデガル城を貸与し、多額の国費も投じておるのだ。承知しておろうな?」

「はい、存じております」

 王室だって道楽で援助している訳じゃない。費用に見合った成果を求めてくる。



 だから多額の予算をかけて育成した魔術師たちが、火縄銃の前にあっけなく敗れたとなれば大問題だ。

 俺はゼファーやマリアムと違い、世俗のそういう事情にも多少は配慮しているつもりだ。



 宰相はさらにこう言う。

「学院長殿が検証結果を包み隠さず報告してくれたことは、陛下も私も大変感心している。さすがは賢者ゼファー殿だ。だがそれはそれとして、ゼファー殿の見解をお聞きしたい」

「学院の現在の教育課程には欠陥がありますが、それはそれとしてベオグランツ軍に対抗できる人材は養成できております」

「それはどういうことか?」



 怪訝そうな表情の宰相。国王も困った表情だ。2人とも悪い人ではなさそうだな。

 では俺も誠意をもって話そう。

「学院長が私を派遣したのは、マルデガル魔術学院の存在意義を証明するためです」



「存在意義といっても、同数の銃兵を相手に全滅したのであろう? しかも銃兵には大した損害を与えられず、一方的に敗れておる。これはゼファー殿御自身が申されておるのだぞ?」

 そこは否定のしようがない。あいつらに鉄砲隊の相手は無理だ。



 だが俺は不敵に微笑んでみせる。

「いえ、問題は当学院の現在の指導方法にあります。ゼファー学院長の知識や、人材育成にかける情熱はサフィーデの宝です。その証拠を御覧に入れましょう」

 なんで俺が知らない人の前であいつを褒めなきゃいけないんだ。長生きすると理不尽な目に遭わされる。



 俺は周囲を警備している衛兵たちを見てから、国王にこう求める。

「マルデガル魔術学院のごく一部の精鋭は学院長に鍛え上げられ、戦場で通用する力を持っています。試しにここにいる近衛兵全員に私を攻撃させてください」

「待て待て」

 思わず国王がツッコミを入れてくる。



「そういう乱暴なやり方は好まぬな。そなたは前途有望な若者だ」

 いや、前途有望な老人です。

「得物は鞘でも木剣でも構いませんので、とにかく打ち込んで頂ければ」

「うーん……まあよかろう。では皆の者、くれぐれも加減せよ」



 国王の命令で、短い矛槍を持った近衛兵たちが俺を取り囲む。全部で6人。魔術師の小僧なんかの相手をさせられるので、みんな不満そうだ。

「やんちゃな小僧だ……」

「おい坊主、石突きや柄でも十分痛いからな。覚悟はしておけよ」



 近衛兵たちを馬鹿にしている訳ではないので、俺は真顔でうなずいた。

「しくじったときは骨の2、3本は覚悟しています」

「ならばよし」

 近衛兵たちが一斉に矛槍を構える。国王の身辺警護を任されるだけあって、全員かなりの手練れだ。構えに全く隙がない。こりゃ強いぞ。



「参る!」

 近衛兵たちの動きを、俺は思念と空気の流れで読み取った。

 正面の2人は石突きで突きかかってきたが、どちらも陽動だ。左右の近衛兵は俺の動きを封じる役。本命は背後の2人で、柄を使って俺を取り押さえるつもりだ。

 完璧な連携。惚れ惚れする。



 しかし俺の魔術は、もっと惚れ惚れするぞ。

「歪め」

 事前詠唱しておいた呪文を2つ、同時に解放する。どちらも危険なので一瞬しか使わない。タイミングが重要だ。



 だが効果は絶大だった。

「なっ……!?」

 近衛兵たちは目をぱちぱちさせて、俺をじっと見ている。

 彼らの攻撃は全部外れた。彼らの矛槍は狙いを外し、俺の周囲の絨毯を打ち据えている。



「これは!?」

「どうやって捌いた!?」

 物理的には何もしていない。俺は一歩も動いていないし、回避行動も取らなかった。

 だから俺は種明かしをする。



「ほんの一瞬ですが、この場にいる全員の認識能力を歪めました。この術を使い続ける限り、『私を狙った攻撃』は決して当たりません。私の居場所を誤って認識するからです」

 俺を狙わずに攻撃したら当たることもあるだろうけどな。銃弾が飛び交う戦場ではあまり意味がない術だ。



 これだけだとあまり強い印象を与えられない。

 だからもうひとつ、術を使っておいた。

「あれ?」

 近衛兵の1人が急に驚いた声をあげる。

「俺の矛槍が!?」



 彼の矛槍の先端には、突き刺すための槍の穂先と、敵を引き倒して捕らえるための鉤がついている。

 しかし今、彼の矛槍についているのは鉤が2つだ。

「何だこれ、ひん曲がってやがる……」



 すると別の近衛兵が叫ぶ。

「おい、お前の兜も歪んでるぞ!?」

「うわ、俺の鎧もだ!」

 しっかりと鍛造された鉄兜や胸甲が、ぐにゃりと歪んでいる。



 俺は余裕の表情を作ってみせた。

「魔法を使いました」

「な、なんて力だ……」

 近衛兵たちが驚いている。



 国王がうなずいた。

「なるほど。これが実戦なら、余は大切な忠勇の士を6名も失うことになっていたであろうな」

 さすがは一国の王だ。俺の実力を認めつつ、近衛兵たちにも花を持たせる発言だな。近衛兵たちはその言葉に一礼し、壁際に引き下がる。



 実を言うと、俺はそんな危険な魔法は使っていない。巨大な圧力をかけて強引に鎧をねじ曲げるようなことをすれば、狙いが少しずれただけで近衛兵たちを殺してしまう。

 あれは金属加工用の魔法で、熱を使わずに金属分子の配列を変えるものだ。敵の武器を破壊するなど、護身にも応用できるので常備している。生身の人間には何の影響もない。

 だが手の内を全部明かす必要はないので、俺はにこにこしていた。



 それが逆に怖かったのか、国王はしきりに咳払いをする。

「うむ。喉元に鎧徹しの短剣を突きつけられた心地がするな」

 やはりそうなるか。だが正直な王様だ。俺は軽く一礼する。

「普段はこのようなことはいたしません。力の片鱗を見せただけで警戒され、場合によっては迫害されますので。あくまでも陛下を信じて御披露した次第です」



「そうか、では信義には報いねばな」

 度量の広いところを見せてくれた国王だが、やはり落ち着かない気分らしい。

 だって精鋭の近衛兵が6人がかりでも手も足も出ないようなヤツが、目の前に突っ立っているんだからな。無理もない。



 これ以上怖がらせても意味はないので、俺は本題に入る。

「このようにマルデガル魔術学院には、一騎当千の魔術師が他にもおります」

 同じ三賢者であるマリアムも、戦いになればこれぐらいはできる。あいつの魔法はもっとエグい。魔女マリアムの秘儀は生命を対象にするからな。



「ベオグランツの脅威に対しては、当学院にお任せください。我ら精鋭が1万の軍勢でも蹴散らして御覧に入れましょう」

 すると国王、さすがに怖がってばかりもいられないと気づいたらしい。険しい表情をして、為政者の顔になる。



「国防は国家の要である。安請け合いして良いことではないぞ。もしできねばそなただけでなく、ゼファー殿や魔術学院そのものにも責を負ってもらわねばならぬ。それだけの実力と覚悟はあろうな?」

「はい。さすがに攻め込むのは容易ではありませんが、守るだけならいかようにでも」



 魔術の秘儀には、兵法の常識を覆すような反則じみた切り札がいくつもある。あくまでも迎撃に限られるが、火縄銃で武装した人間の軍隊1万ぐらいならどうとでもなる。

 ただ個人でそれをやってしまうと、為政者からメチャクチャに警戒される。そんなことができるのは人間を超越した化け物だからだ。



 ゼファーが自分でベオグランツと事を構えなかったのも、おそらくそれが理由だろう。俺だってやりたくない。下手をすれば味方から命を狙われる可能性すらある。危険すぎる。

 しかしゼファーと魔術学院を守るためには、魔術学院の人間が軍事的に役立つことを証明しなくてはいけない。他に方法はなかった。



「このスバル・ジン、隠者シュバルディンに師事し、今はゼファー学院長からも指導を受けております。学院存続のためにも、この国を守るのにお役に立ちましょう」

 なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ。



 こうして俺は、国王に魔術学院の存続と教育カリキュラムの改善を約束させた。その代わりにやりたくもないことを安請け合いし、どんどん深みにはまっていくのだった。

 だから世俗と関わるのは嫌だったんだよ。

 兄弟子のバーカバーカ。


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― 新着の感想 ―
[一言] バーカバーカで笑ったww 先ほどの不出来な魔術師見習い部隊でも地形や天候を利用すればもっと戦えるとは思いましたね。 銃の欠点は直射した撃てない事なので遮蔽物に隠れて山なりに火球を撃てれば…
[一言] セルフツッコミが楽しい
[一言] 軍事、政治オンチの兄弟子のせいで無駄な労力はひどい。
2020/01/31 19:59 退会済み
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