第24話「狭間筒の狙撃手」
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* * *
【2年生筆頭スピネドール視点】
亡者の軍団が攻めてきた。骸骨兵は入試のときに戦ったが、あのときとはなぜか迫力が違う。
それに今回、骸骨兵は火縄銃を持っている。ベオグランツ軍の最新兵器と同じだ。
「なあおい、早く攻撃しようぜ……」
2年生たちが怯えているが、指揮官役を任されている俺は首を横に振る。
「届かないからやめておけ。無駄な魔力を使うな」
「でも、あいつらの弾も1アロンぐらい届くんだろ? 早くしないと撃たれちまう」
俺を見る2年生たちの目は、一様に怯えていた。
「飛んでくるのは実弾じゃないし、俺たちには学院長の『矢除け』の術がかかっている。本当の殺し合いじゃないんだ。いちいちうろたえるな」
そう言って聞かせたが、こいつらはまだ不安そうだ。雰囲気に呑まれている。
(まあ、あの迫力じゃな……)
骸骨兵たちは細長い旗を掲げ、恐ろしげな太鼓の音と共に前進してくる。太鼓は歩調を合わせるためだろうが、やっぱり迫力はあった。
そして今、戦う場面になって気づいたことがある。
(あいつらの銃にはもう、弾が込められてるんだろうな)
銃のことは詳しくないが、弾と火薬を込めれば金具を引くだけで撃てるらしい。装弾済みの銃を構えて前進しているはずだ。
それに引き換え、こっちは呪文を唱え終わらないと攻撃できない。詠唱には最低でも数拍(数秒)、通常は10~20拍ほどの時間が必要だ。
「まだだ、まだ詠唱するな」
俺は望遠鏡で距離を確認しつつ、2年生たちを必死になだめる。
せめて1アロンまで近づいてこないと……。
そのとき、パパパァンと連続した破裂音が鳴り響いた。鉄砲の射撃のようだ。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
音に驚いた2年生たちが動揺する。尻餅をついた者もいた。
「た、大変だスピネドール! 撃たれてるぞ!」
「ただの威嚇だ、届く訳がない」
「でもほら、何人もやられてる!」
「落ち着け。尻餅をついただけだ」
だがよく見ると、1人だけ服にべっとりとインクがついていた。命中したらしい。『矢除け』の呪文でダメージは受けなかったが、模擬弾が破裂してインクを浴びたのだ。
しかし間合いが遠すぎる。どういうことだ?
「なあおい、俺って……」
インクを浴びた生徒が俺を見上げてきた。
「お前は『戦死』だ」
「くっそ……まだ何にもしてねえのに」
「いいから外に出ろ」
悔しがるヤツの背中を押し、戦闘区域外に退出させる。
どうやらもう1アロンまで近づかれていたらしい。言われてみれば、確かにそれぐらいの距離に見えなくもない。
だが俺は妙な胸騒ぎがした。今ここで反撃するのは、何か致命的な事態を招きそうな気がする。
「火素招集! 第2階梯!」
「苛烈なる炎の守護者よ、我が敵を打ち倒す力を与えよ」
俺が悩んでいる間に、勝手に詠唱を開始した連中がいる。
「待て! まだ撃つな!」
俺は叫んだが、詠唱している連中は自分自身の詠唱する声で何も聞こえていないようだ。
「やめろ!」
俺の叫びもむなしく、気の早い連中が勝手に攻撃を開始してしまう。
放たれた火の球は、どれも敵陣の少し手前で消えてしまった。おかしい。気が動転していようが、攻撃は1アロン先まで届くはずだ。
そのとき俺はハッと気づく。
「旗だ! 敵は旗で大きく見せて、実際よりも接近しているように偽装している!」
骸骨兵が背負っている長大な旗のせいで、彼らは実際よりも大きく見えている。やはり敵はまだ1アロン以上離れているのだ。
しかし2年生たちは聞く耳を持たない。
「で、でも実際に弾が飛んで来てるんだよ! やらなきゃやられちまう!」
「そうよ、スピネドール! あなたも撃って!」
「俺が詠唱したら指揮できないだろうが」
くそ、指揮官は別の人間にやらせるべきだった。
2年生たちはすでに勝手に呪文の詠唱を始めていて、破壊魔法が散発的に飛んでいく。
「ええい、お前らいい加減にしろ!」
俺は叫んだが、この状況を解決できる方策が思い浮かばなかった。
* * *
「大混乱だな」
俺は望遠鏡で戦況を確認する。
「『狭間筒』の狙撃を成功させるとは、大した腕前だ」
通常の火縄銃は1アロンしか届かないが、長大な銃身を持つ『狭間筒』なら2アロンは飛ぶ。本来は城壁の狭間、つまり銃眼に置いて使う銃だ。
狙撃を成功させた骸骨兵は、陣笠から黒い眼窩を覗かせる。助手の骸骨兵に銃身をしっかりと固定させ、2人がかりでの狙撃だ。
『なに、こんなものはまぐれ当たりよ。届けば当たることもある』
まぐれだろうが命中は命中だ。教育と違い、軍事において重要なのは結果だ。
狭間筒3門による先制攻撃で1発命中。おまけに相手を混乱させられた。上々の戦果だ。
「進軍停止。狭間筒、撃ち続けろ」
『承知』
今回の検証実験では、双方の射程などの情報は公開されている。2年生たちは火縄銃の基本的な性能を知っているはずだ。
だがそれが逆に、彼らの判断を誤らせる。
『有効射程は1アロンだから、撃って当たるのなら1アロンの位置にいるはずだ』
そう誤認させるための長射程火縄銃、狭間筒だ。
もともと、こちらは旗指物などで見た目を大きくしている。実際より接近しているように見えているだろう。
進軍を停止して1アロン半ほどの距離で待機していると、2年生たちの破壊魔法が派手に飛んでくる。しかし1発も届かず、途中で消えてしまう。さすがに遠すぎるようだ。
やがて火の球の頻度が落ちてきた。魔力が減ってきたのか、効果が無いことに気づいたのか。
いずれにせよ、もう遅い。
指揮刀を振りかざし、俺は異界の戦士たちに命じる。
「敵の火力が落ちてきたな。前進を再開、歩度を上げろ。狭間筒は遺棄」
『承知した』
骸骨兵たちは霊話で応じると、速めの行進で間合いを詰め始めた。
もちろん、2年生たちも黙ってやられるはずはない。こちらが1アロンの間合いに入った辺りから、再び破壊魔法がガンガン飛んでくるようになった。
当然、骸骨兵たちにも被害は出る。
だが彼らの進軍が止まることも、隊列が乱れることもなかった。撃ち返す愚か者もいない。
「さすがは士分だ」
農民兵でも自分の家族や村を守るときは勇敢に戦うが、士分はそんなもの関係なしに常に勇敢に戦う。そうでなければ士分としての地位を失うからだ。
こちらは骸骨兵数体を失うが、やがて半アロンの距離まで接近する。
「進軍停止! 構え! 目標、敵大将!」
即座に骸骨兵たちが火縄銃を構える。
「放て!」
一斉に火縄銃が火を噴いた。
彼らの火縄銃にはライフリングが施されていない。この世界の技術力では大量生産の兵器にそんな加工はできない。鉛玉は不規則にスピンするから命中率は低い。
だがここまで接近すれば、人間サイズの静止目標には十分に当てられる。
40数発の模擬弾が2年生たちに襲いかかると、一気に10数人がインクを浴びて「戦死」判定になった。2発以上被弾した生徒もいるので、かなりの弾が命中したことになる。
俺が最優先で狙ったのは敵の指揮官、スピネドールだ。よしよし、ばっちり「戦死」してるな。彼の近くにいた生徒も全滅だ。
これでほぼ勝敗は決まったが、素人目にもわかるように決着をつけておこう。
「撃ち続けろ! シマヅの『車撃ち』を見せてやれ!」