5-34 脱出と決戦
あの巨大な花の茎は今も健在で、それを使って外に出るのは不可能ではなさそう。しかし俺達が城に入るために使えた道ということは、怪物達にも使える道というわけで。
ゾンビ達が茎を登ってこっちに迫ってきている。幸いその歩みはゆっくりで、ここまで登ってきて城内に侵入ってことにはなっていない。
「あたしと城主様は飛んで逃げる。それで援軍をまとめて、それぞれの屋敷に説得を試みる。当主は預かってるから返してほしくば怪物を止めろとな。言うこと聞かなかったら、力ずくで押し入って止めさせる」
シュリーの言葉に反対意見は出なかった。ペガサスを操れるのはこの中でシュリーだけだし、城主を真っ先に避難させるのは当然だ。このペガサスは二人乗りが限界らしいし。というわけでシュリーと城主はペガサスに乗って飛んでいく。
そして俺達は怪物どもが機能停止するまで生き延びるか、それともここから脱出を試みるかだ。
「ところで、なんでこんなに眠ってる奴が多いんだ?」
城の兵士達がここに到着するまで何人もの寝ている同僚を見かけて当然の疑問を口にする。俺達がやりましたとはちょっと言いにくい。
倒れている人間をゾンビが襲うとは思えないから、ここは放置しておこう。木はこの小さめの廊下は通れないから遭遇すらしないはず。だから彼らの命は安全だ。基本的にはだけど。
城自体が倒壊したら話は別だ。歩く木やゾンビの中には、この城自体に攻撃を加えているのもいるらしい。
城を壊してしまえば両家の背任行為の証拠や証言は大部分が消えて、現体制を維持できるとかそんなことだろうか。その余波で当主を含めた多くの人間が死のうが、名門には関係がない。家は守られるのだから。
城主が城を出た以上、もはや体制の刷新は免れない。しかし屋敷にこもっている奴らはまだそれを知らない。
「脱出するぞ。あの怪物どもは城自体を破壊しようとしてる。それはまずい。城内には多くの人間が取り残されているし、城がなくなれば今後のこの街の政治に影響が出るだろうから……」
カイも同じ考えのようだ。行政の場が壊れることによる今後の政治的混乱。そこにあの名門達はつけ込んでくる。やはり政治に慣れている自分達がいなければと介入してくる。
そんなことはさせない。
「というわけで、脱出する勢いで奴らに突っ込んで大勢を倒す。城が壊れるまでの時間を長引かせて、あとはシュリーと城主様が首尾よくやってくれるのを待とう。ユーリ、任せていいか?」
「うん。やれる」
カイに名前を呼ばれたユーリは短く、でも嬉しそうに答えた。そしてすぐに狼化。彼のことをよく知らない城の兵士達は驚く様子を見せた。ワーウルフってそんなに珍しいものなのかな。
ユーリの背に俺達パーティーのメンバー全員が乗り込む。この背中は三人乗りで、だから乗るのは三人と使い魔一匹。そしてユーリは茎の上を駆け下りていく。
「コータ! 最初に大きいの一発いくよ! 目の前の敵を一気に焼き払うつもりのファイヤーボール!」
「わかった! やってみる!」
いつかリゼが言ってた。本気を出せば村一つ焼き尽くすレベルの火球を出せるかもと。それに比べれば、今目の前にいる敵の群れはまだ小さい。
「炎よ集え! 燃やし砕け! ファイヤーボール!」
リゼと声を合わせて詠唱。いつもよりも力を込めて。
その効果は如実に表れたようだ。いつもなんの気なしに撃っている巨大な火球よりも、さらに一回り大きなものが発射された。
一気にこっちから離れていくにも関わらず熱を感じさせるほどのそれは、茎の道の表面を焦がしながら地面に激突。その周囲十数メートルにいた敵を焼き尽くし、着弾点から離れていた敵に対しても体に着火して致命的なダメージを与える。
元は街路樹だったはずの歩く木は、別に乾燥しているわけではないから容易に火がつくというわけではない。にも関わらず燃えている。それだけ火球が高温だったということか。
使い方を間違えると発射した自分達が燃えることになるかもと思い至り今後は注意しようと心に刻む。
しかし、どうやら既に使い方を間違えていたようだ。
「わー! コータってばやりすぎだって! 道が燃えてる!」
「お前がやれって言ったんだろ!」
草花で構成された俺達の逃げ道に着火してしまった。しかもかなり燃えてる。これはまずいのではないだろうか。
「ユーリいそげ! あと兵隊さんたちはちょっと様子見で!」
カイがユーリと、後方でユーリに続こうとしている兵士達に声をかける。
ユーリは既に走り出しているから止まれないけど、徒歩で降りようとしてた兵士達はそうでもない。ていうか下手すれば燃え落ちてしまいそうなこの道を歩くのは自殺行為だ。
拘束された老人ふたりを抱えて足を進めようとしていた兵士達は慌てて城の方へと戻る。とりあえず俺達が城の倒壊を食い止める。城内を支配しかけているゾンビ達があそこに至ったら、そこは兵士として立派に戦ってもらうことにしよう。
「よし! 行け行け! 翔べ!」
カイの言葉に従って茎の坂を下り続けるユーリは俺の炎が着火して絶賛炎上中の箇所に突入する直前にジャンプ。地面までの高さは五メートルほどだけど、ユーリならば問題ない高さだ。
着地点にいる敵に風の刃を放って露払い。炎魔法で着地点を火の海に変えるような馬鹿はしないぞ。俺は過去を顧みて反省できる男だ。その代わり切断されたゾンビの体から流れた血の海ができる。まあ仕方ない。
着地と同時にカイが飛び降りて、近くにいたゾンビの首をはねる。腐った血をどばどばと流しながら倒れるゾンビの死体を踏みしめながら、彼は次の標的に剣を振る。
血で汚れた剣は徐々に切れ味が悪くなってきて、斬るというよりは殴るという感じになっていく。それでも腐った敵は打撃には弱く、ぐしゃりと音を立てながら頭が潰れて力なく地面に倒れ込む。絶命を確認するまでもなく次の敵に対峙するカイ。それを背後から襲おうとしたゾンビの脳天を、フィアナの矢が貫いた。続けて別のゾンビにも矢を浴びせる。
「フィアナちゃんうまいね! こんな状況でよく当てられぎゃーっ!」
迫ってくる木とユーリが取っ組み合いを始めて、乗っているリゼが悲鳴を上げる。こいつの役割は、暴れまわるユーリの上でフィアナが振り落とされないように体を押さえつけることだ。この程度でも役に立つからまあいいか。本人は不満そうだけど。
木の枝に噛みつきバリバリと音を立てながら砕いていくユーリ。この木は任せていいだろう。その間にも別の敵が四方から迫ってきている。俺は手当たり次第に炎の矢を放ってこれらを一層した。
そんな風に戦い続けた。どれくらいの間だろう。
気づけば、周りの敵はみんな動かなくなっていた。




