5-33 消失の手品
リゼがなにを言い出したのか理解できないのは俺だけではなかったようだ。ていうかこの場の全員がそうなのだろう。その中でも、知らない小娘に馬鹿にされたのは理解したらしい当主ふたりは当然ながら怒った。
「何を! 小娘が偉そうに!」
「お前ごときが我らの魔法を見届けるなどありえん。身の程を知れ!」
奴らの気持ちもわからなくはない。向こうは千年続く名門の家系で、千年間のプライドを賭けた戦いをしている最中だ。そこにどこの馬の骨ともわからない女の子に水を差される筋合いはないだろう。
しかしリゼは怯まなかった。
「そういう偉そうなことは、わたしみたいに消失魔法を使えるようになってから言ってもらえますか! 今から見せますから!」
堂々とそう言い切った。
いや、傍から見れば堂々としていると思われるだけ。リゼの肩に乗っている俺にはわかる。
こいつは今震えている。興奮している上に敵意をこっちに向けている相手に身を晒す事に、恐怖を感じている。しかもそんな相手にこれから何をするかと言えば、手品だ。
「コータ。もしあいつらが攻撃してきたら、守ってくれる?」
「ああ。任せろ」
魔法が使えない魔女を元気づけるように俺は言った。ぬいぐるみの体で頼りない俺の言葉にリゼは笑顔を向けてくれた。
俺達は使い魔とその主人だ。そこの信頼関係はちゃんとしてるさ。
「じゃあよく見ててくださいねふたりとも。今からこの、アーゼスの印章を消してみせます」
机の陰に隠れていたリゼは立ち上がってふたりの当主に対峙する。その瞬間に奴らが攻撃してくることを俺は危惧していたが、幸いにしてそれはなかった。
ふたりともリゼが消失魔法とやらを使えるとは思ってないだろう。しかし堂々と大言壮語を口にする少女を見て笑ってやろうという気にはなったようだ。
「さすがに、一面の雪景色を消失させることはわたしにもできません。しかしこの程度の小さなものであればいくらでも消せますよ」
印章は手のひらに収まるサイズだ。リゼの手は大きいわけではないが、握りしめると外からは印章の姿が隠れる。そしてリゼは、印章を持ってない方の手を天井に向けて掲げ上げる。
「杖を持ってないので、代わりに手で魔力を発現させます。わたしの研究の結果、アーゼスもまた杖を持っていないときは手をこんな形にして…………」
拳を握った状態にしてから、人差し指と小指だけを立てるという奇妙な形にする。印を結ぶ、という風な動作にも見えるが別にこの形に意味はない。
この隙に手で握っていた印章をローブの袖に隠して、手はまるで印章を持っているかのようにゆるく握ったままにする。
アーゼスの研究の結果この形に、なんて言われたら魔法使いのふたりはそっちを見なければならないわけで。マジックの基本は視線誘導だ。そしてリゼは堂々と詠唱する。
「アーゼスの印章よ、この世界から姿を消せ!」
そして掲げた手を握った手に振り下ろす。直後に手を開くが、当然ながら中の印章は消えている。
「なっ!? 本当に消えた……」
「ばかな。何か仕掛けが……」
少し察しのいい人間ならば奇術とわかるだろう。この程度の都市ならば手品の芸をする人間だっていくらでもいるだろうし。
だから彼らも手品を疑う気持もあったかもしれない。その方が彼らのプライドも守られるだろう。だから奴らはリゼを問い詰めるか調べるかしようとした。
なんにせよ、その瞬間の奴らの注意は完全にリゼに向いていた。
カイ達が後ろから忍び寄っているなんて気付かなかった。
フィアナとユーリがふたりの魔法使いの杖を不意打ちで掴んで強奪。そしてカイはそれぞれの背中を両手で殴りながら声を上げる。
「捕まえろ!」
部屋の中に複数の兵士達が押し入って、サキナックとチェバルそれぞれの当主の体を押さえつける。魔法の詠唱ができないように口を塞ぎ手をがんじがらめに縛って拘束する。
リゼの手品自体が陽動。視線の誘導だった。
「こ、怖かった…………」
どうやら危機は乗り越えたらしいとリゼは感じたようだ。机にぐったりと寄りかかる。さっきまでの堂々とした態度は消え失せて、いつものリゼに戻った。
「おつかれ。かっこよかったぞ」
「え? ほんと? そっかー。わたしかっこいいかー。やっぱり優秀な魔女なんですね、わたしって!」
「そこまでは言ってない」
「ううっ……ひどい……」
実際優秀ではないし。ついでに言うと魔女なのかどうかも怪しい。
「城主様。ご無事で何よりです」
「うむ。この者達のおかげだ。礼を言う」
俺達に対して謝意を伝える城主。うん、勝手に押し入ったこととかは流してくれるらしい。ありがたい。
「しかし敵がすぐそこまで迫っています。今すぐ逃げないと」
カイが指摘するように、城は完全に怪物達に囲まれている。しかも城内にまで侵入を許している。兵士達の奮闘にも関わらず敵の数は減らず大群で押し寄せてくる。
「こいつら倒したのに敵は止まってくないんだね」
リゼがサキナックの当主の背中をつま先で小突きながら言う。こら、気持ちはわかるけどそういうことはやめなさい。
「恐らくはそれぞれの屋敷で動かすための儀式でもやってるんだろう。それを止めさせない限りは奴らは止まらん。それにしてもここまでの大群とは……」
「街中の街路樹と、長い間蓄積されてきた死体が一斉にこの城に向かってるわけだ。そりゃ物量差で勝てるはずがない。逃げるぞ、若者諸君と城主様」
城主の所見とシュリーの返答。
とにかく、現状敵を壊滅させる戦いは難しそう。となれば逃げるしかないというのは当然のことだった。一旦ここから離れて、怪物を動かしている奴らを叩くのが合理的なやり方だ。
城を捨てるようなやり方だが、城主は納得してくれた。
「敵は下からこっちに登ってきているはずです。だから上から逃げましょう。あたし達がこの城に入ってきたルートの逆を辿る」
「そういえば、お前達はどうやってここまで来たんだ?」
「草花のお化けの茎を登っていって、ここの上階から侵入しました、城主様」
当然の疑問を投げる城主に対して、傍から聞けば意味不明な回答をするシュリー。とにかくちゃんと答えている暇はない。
ペガサスにシュリーと城主を乗せて、あとは走る。拘束されている魔法家の当主ふたりは、兵士達が頑張って運んでくれることとなった。
よし、では走ろう。




