5-32 膠着状態
音と振動の正体はなんとなくわかっていた。動く木がいよいよ城に迫ってきて外壁を殴ったとかだろう。あるいは既に城内に入られているかもしれない。
となればゾンビの方も同じ程度には城に迫ってるいことが考えられる。そしてふたりの当主はそのことをわかっていた。
何らかの魔法で自分の怪物を操っている。あるいは怪物が今どういう状況か把握できている。
そしてこのふたりは怪物に城を襲わせることには抵抗を感じなくなっていた。今も城主に杖を向けて攻撃してきたわけで、完全に反乱を起こす気でいる。
「貴様! 城主様に楯突くおつもりか!」
「乱心したか!?」
部屋の中にいる兵士や騎士達が一斉に色めき立ち当主達に槍を向ける。しかしその直後に再び城は振動に襲われて兵士達はよろめく。それでも彼らはめげずに魔法家の当主を取り押さえようとして、それを当主の付き人としてやってきた若い魔法使いに阻まれた。
そこに当主達が放ったファイヤーボールが直撃して、不幸な兵士達を丸焦げにした。それでも兵士達は最後の力を振り絞り各々目の前の敵に槍を突き刺す。付き人として来ていたそれぞれの家の魔法使いはそれにより息絶え、当主達はそれぞれ孤立することとなった。それでも威勢は止まらなかったが。
「魔法も使えぬ下賤の者がこの私に槍を向けるか! 不敬者!」
「この街は魔法使いの手で支配される! 我が家によってな!」
「なにを! 支配者は我がサキナックの家と決まっておろう!」
「なんの。この街はチェバルのものよ! こうなればお互い雌雄を決するしかあるまい!」
「おうよ。千年ぶりの魔法対決だな! まずは邪魔な城主を亡きものにしてからだ!」
「あわわ……どうしようコータ!」
「とりあえず落ち着け!」
机の裏側、城主とシュリーが隠れてる方に這って回り込んだ俺達だが相変わらず状況は切迫している。
サキナックとチェバルの当主はふたりで盛り上がっていてこちらを殺す気満々だし、乱心したふたりを取り押さえるべき兵士達はみんな殺されてた。
俺達は机の裏に身を隠してはいるが、ただの机だ。ファイヤーボール一発で吹っ飛んでしまうようなそれがいまだに無事なのは、俺が身を隠しながら風を吹かせて炎魔法を打ち消しているからだ。
相手は十分に経験を積んだ魔法の達人でしかも二人がかりだ。俺一人でなんとか相手できているのは健闘と言えるだろう。でも炎以外の魔法に切り替えてきたらどうやって防げばいいかはわからない。つまり、耐えられるのはあと少しだけというわけで。
木や死体が動いている仕組みがいまいちわからない以上は、当主のふたりを殺すと怪物の制御が完全にできなくなる可能性があると城主が言った。そして、だから殺さないでほしいと頼まれた。今後の改革のためには、生きていてくれた方が都合がいいとも。
しかしちょっと無理が出てきた。これは殺さなきゃいけないかもしれない。スリープ魔法も試してみたけど、魔法使いには耐性があるのか効かなかった。
今なら特大のファイヤーボールを撃てばふたりとも黒焦げにできる。この街の未来は大切だが、そのために俺達が死ぬのはごめんだ。
そこに複数の足音が聞こえてきた。部屋の前の廊下をバタバタと急いで走る足音だ。まさかゾンビが押し寄せてきたのではと思ったが、幸いにしてそうではなかった。
「城主様! 城内に敵が押し寄せてきました! すぐにお逃げください!」
「シュリーさんすいません! 敵の足止めできなかった!」
城の兵士とカイだった。多分その後ろにはフィアナやユーリやその他の兵士もついてきているのだろう。そして案の定怪物は城の中に入ってきて、つまりはこの部屋に到達する時も近いということか。
しかしそんなことは乱心している当主達にはどうでもいいことで。カイや兵士達にファイヤーボールを撃つ。カイ達は咄嗟に扉の影に隠れて難を逃れた。
「なあコータ! これどうなってるんだ!?」
「見ての通り! 当主ふたりが揃って反乱を起こしてる! なんとかしてくれ俺達は身動きがとれない!」
「なんとかって言われてもな!」
向こう側には魔法が使える人員はいないようだ。そしてサキナックとチェバルの当主はそれぞれ敵対関係にあるにも関わらず、今だけは協力関係なのか背中合わせで俺達とカイ達の二方向を警戒している。
ここにゾンビや木がなだれ込んできたらおしまいだ。やはりひと思いに殺すべきかと考え始めた。よし、もう少し膠着状態が続くようなら決断しよう。
「ガノルテ、コモズビカ。もうやめにしないか。ここで私を殺して城主の座を手に入れたとしても、民はついてこないぞ。お前達に城主の仕事は務まらん」
「黙れ! よそ者の王が! もともとこの街の支配者には、我らのどちらかが就くはずだったのだ!」
「我らがしているのは、城主の座を本来あるべき形に戻すということ! 他所から来た物は口を出すな!」
城主の説得にも全く応じようとしない。なんか錯乱しているようにすら思えてきた。やはりこのまま殺してしまうしかないのか。
自分の家がようやく栄光の座に就く未来を幻視しているのか、当主ふたりの言葉は止まらない。
「そうとも! 千年前にご先祖が決着をつけてさえいれば! いや今がその時だ!」
「そのとおり! 今夜こそ勝負がつく! 今夜はアーゼスなどいない! 雪の山を消してしまう魔法使いはな!」
「…………雪を、消す?」
当主達の言葉にリゼは引っかかりを覚えた様子を見せる。
「なんで降らせるじゃなくて消すなんだろう」
そんなことは俺にわかったことじゃない。けれどリゼは少し考えたようだ。そして。
「ああそっか。死者を生き返らせたり植物に命を与えたりするよりは、雪を降らせるなんて全然すごくないよね」
その説明はシュリーが前に言ってた気がする。じゃあなぜ、アーゼスはふたりの魔法使いよりも優れた魔法を使ったと言われたのか。
「簡単だよ。雪を降らせたことじゃなくて、大量の雪を消しちゃったことがすごいんだよ。ここにあるものを存在しないようにする魔法なんて、普通に考えたら不可能だもんね。よし」
リゼはひとりで納得したようだ。その意味は俺達にはまったくわからない。そしてリゼは声をあげる。
「もしかしてサキナックもチェバルも、千年も研究してるのにまだ消失魔法が使えないんですかー?」
煽るというかバカにするような口調だ。自分たちよりも明らかに格下な魔法使いの小娘にそんなことを言われたら、あの老人たちも黙ってはいられないだろう。
しかし彼らが口を開く前にリゼはさらに続ける。
「魔法の研究よりも相手の家の邪魔をすることばかり気にかけてたから当然かもしれませんけどね! ではいいでしょう。この魔力対決、偉大なる魔女のリゼちゃんが見届けて判定を下しましょう!」
おい。こいつ何やるつもりなんだ。




