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5-31 街の支配者

 マルカトリア・ホノアドは疲弊していた。図書館に逃げ込んでくる人を助け、時には危機に陥っている人を見つけて自ら剣を振ってこれを助けた。

 自分の専門は歴史学者であり剣術は護身程度なのに、まさか戦場に立つ日が来るとは思わなかった。やがて冒険者ギルドの人たちが駆けつけてくれて、事情を話すと市民の誘導や救助を代わってくれた。そんなわけでマルカは今、図書館の椅子でぐったりとしている。


 このまま外の戦いが終わるのを待とう。そう思ってしばらくじっとしていたのだけど、避難してきた市民のひとりが話しかけてきた。中年の男だ。


「学者さん。向こうの禁書棚が開いているのですが、なにかご存知でしょうか」

「禁書?」


 そういえばシュリーが禁書の棚にはなにもないと言っていた。どういう意味かはよくわからない。禁書の棚ということは普通に考えれば、誰にも見せたくないもののはずだ。なにも無いものを必死に隠す理由なんて普通はあるはずがない。


 この男はマルカのことを、首都の偉い学者と見込んで声をかけたとのこと。そう頼られればプライドの高いマルカとしては応じないわけにはいかない。

 もう少し詳しい話を聞くに、彼はこの街の商人であり趣味で歴史の研究をしているという。地方によくいる道楽の郷土史家だ。そして禁書の棚にはこの都市の古くからの記録を記したものが収蔵されているというのは、この街の歴史研究家の間では知られていることらしい。もちろん一般市民の目には触れないものだから彼らはそれを見ることができない。


 しかし今夜、なぜか棚とこちらを隔てる鉄格子が開いていた……のはシュリーの仕業だが、それはこの男の知らないことだ。とにかくおかしなことが起こっているし首都の歴史学者がこの場にいるなら尋ねようってことになったらしい。

 面倒だとは思いつつ、頼られるのは嫌いじゃない。そういえばシュリーの言ってたことも気になったし。なにもないってどういうことだろう。男についていって禁書棚へ向かう。収蔵されているはずの本が乱雑に開かれた状態で散乱しているという状況に面食らいながらひとつを手にとって読んでみようとして。


「な、なんですのこれは!?」

 白紙の本を見てそう叫んだ。驚く男と、近くにいた大勢の市民達。

 最初は面食らったマルカだが、やはり歴史学者だ。禁書の棚の本が白紙であることとこの都市の基本的な情報から、シュリーが至った結論と同じ考えに即座に至る。ついでにそれを周りにいた市民達に説明した。



――――――――――――――――――――



「城主様。疑われるなら今から図書館に行きましょう。そしてその目で確かめてください。……現在図書館には多くの市民が避難しているはずです。なんならその市民達を証人にして共に確認するというのもいいでしょう。もっとも……」


 シュリー禁書棚の秘密について、鍵を手に入れた経緯以外はすべて明かした。ふたつの家がこの都市の歴史の中でずっと文書の廃棄と改竄を繰り返してきたということもだ。白紙の本を大事に保管していたという証拠もあると。

 それから意地悪く笑って続けた。


「市民達は既にこの事実を知っているかもしれませんが。なにしろ私以外の歴史学者がもうひとりいて、彼女は今図書館にいますので。禁書の棚を見た彼女はどんな反応をするでしょうか。そして市民たちにそれを伝えるでしょうね」


 ああ。図書館に市民を誘導するのも、その役目をマルカに負わせたのも意味があってのことだったのか。


「多くの市民がふたつの魔法家の悪事を知ることになりました。明日以降、その事実は噂話となってさらに多くの市民に広がるでしょう。それこそ、ここヴァラスビアの城壁に囲まれた中に生きるすべての人間に」


 魔法使いの名門の当主達を見る。冷静さを保っているように見えるが、よく見れば脂汗をかいていた。彼らにとってかなりまずい状況だというのは間違いない。


「もちろん、事実を知ったとしても市民は市民です。城主様の力があれば無理矢理押さえつけることも可能でしょう。それが強い権力者というものかもしれません。しかし、それはいい城主と言えるでしょうか。良い支配者とは、民に寄り添う姿勢も見せるものではないでしょうか」

「シュリーさん。つまりあなたはこう言いたいわけだな? 民のためにサキナックとチェバルを権力の座から排除しろと」

「え、ええ……」


 シュリーはそこまでは話していない。少なくとも、まだ話せていない。

 だがこの有能な城主はシュリーの意図を見抜いていた。


「私はこれでも城主だ。この都市の権力構造の問題はよくわかっている。健全な状態ではないと、この世界で一番理解しているのは私のつもりだ。解決できることならやりたいと思っている。現に、両家の対立のために街に被害が出ている。外で暴れているお前達の手勢も、シュリーさんの件を隠蔽してお互いの家を潰すために動かしているのだろう?」


 両家の当主に向けた質問だが答えは返ってこなかった。なので城主はシュリーに目を向けて、シュリーは肯定した。


「その通りです。動く木はサキナックの、歩く死体はチェバルの手で操られています。それぞれ自家の推進する公共事業を隠れ蓑に戦力の増強を計っていた。これも背信行為ですね」

「そうだな。その結果としてこの惨状だ。市民に被害が出ている。ふたりとも、とにかくあの怪物達を暴れるのをやめさせろ。まずは民を守らなければ。…………そしてこれからのことを話し合おう」


「なりません! それはなりませんぞ城主様!」

「こんな小娘の言うことを聞いてこの街の行く末を決めるなど!」


 ふたりの当主が激昂するように声をあげた。そしてこちらに杖を向ける。


「やばい伏せろ!」

「へぶっ!?」

 攻撃の意思を読み取った俺はリゼの顔を背中を蹴って強引に転ばせながら心中で詠唱。風よ吹け。隣ではシュリーが机を乗り越えながら城主を押し倒していた。


 直後に部屋の中に、俺の起こした突風が巻き起こる。当主達が撃とうとしたファイヤーボールはそれに吹き消されて不発に終わる。

 助かった。しかし奴らは明確に攻撃をしようとしてきた。俺達にというよりは、その向こう側にいる城主に対して。


「首都の小娘にも、たった二百年程度の歴史しかない城主の家系にもこの街のことは決めさせぬわ!」

「我らは千年の間この街に君臨してきた! それはこれからも変わらぬ! 永遠にな!」


 そしてそれに呼応するように、なにか大きな音が聞こえて城全体が揺れるような感覚に襲われた。

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