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5-18 高まる緊張

 リゼが説明するに、図書館の中にある禁書棚の中を見ようというものだった。


 チェバルの当主と話した際、詳しい街の歴史を知るための資料は禁書棚にあって簡単に閲覧することはできないと言われた。そしてシュリーはそこに興味を持っていたというのを覚えていたのだ。


 街の歴史を知るのになんで特別な許可が必要なのかはよくわからない。機密情報なんかも含まれた資料なんだろうか。とにかく、それを探るのは確かにシュリーを惹き付けるには十分な仕事だ。


「あの印章についても、新しいことがわかるかもね」

「なんだよ新しいことって」

「例えば……印章を持ち出したグバルテさんの恋の相手のこととか」


 ああ、当時の城主の娘か。ふたつの魔法家の都合で表向きの記録が調べにくくなっているというあの人。名前もよくわからないという。

 そういう機密情報こそ禁書棚にあると言われたら、確かにそう思える。グバルテ・サキナックのより詳しい姿がわかるとなればシュリーも乗るだろう。


 問題は、普通に考えて禁書棚の本なんて見られないということなんだけどな。

 当然だ。簡単に見られるなら禁書棚の意味がない。閲覧には特別な許可が必要で、俺達みたいなお尋ね者に許可が下りるはずがない。


 リゼはそれに考えが至ってないのか楽しそうに話し続ける。


「殺された娘さんってどんな人だったんだろうね。本当に魔法使いの才能があったら、グバルテさんが形見に印章を持っていったって話しが正しくなるね」

「あくまで有力な説になるだけだがな。真相がはっきりするとは限らないし。……ていうか、魔法使いってみんなアーゼスの事を尊敬するものなのか?」


 魔法使いの名門の家系なら幼い頃から大魔法使いの伝説なんかを耳にする機会も多いだろうから、アーゼスのことを尊敬したり憧れるって気持ちもわかる。

 しかし城主の娘は家系とは関係なく、急に魔法の才能が開花した人間だ。そんな人もやっぱり伝説の魔法使いって好きになるものなのだろうか。


「当然だよ。魔法使いはみんなアーゼスが大好き。わたしは小さい頃から物語を聞かされて育ってきたから特に好きなのかもしれないけれど……だったら、殺された娘さんも同じじゃないかな。小さい頃から、この街に伝わるアーゼスの物語を聞いていた。そして自分にも同じ魔法使いの力が宿っていたと知ったなら……もちろん憧れるに決まってるよ」


 自分が目指す分野の最高峰の人間。伝説の偉人。そうか。憧れるものなのか。だったら、その遺品である印章を大切にしていたというのもわかる気がする。本当に彼女が魔法使いだったならの話だが。



「よし! そうと決まったらシュリーさんにこのこと提案しよう! さあコータ行くよ!」

「待て! その前に買い出しだ! 仕事を忘れるな!」




 パンやら果物やら肉の焼いたやつやらを買い込んで宿に戻ってきたところ、ちょうど様子を見に来たレガルテとターナに鉢合わせした。ふたりの手には大量の食料。そうだよな。この人たちも匿うって言ってる以上は、食料ぐらい持ってきてくれるよな。

 勝手に外に出たことを怒られたけど、そこはへいへいと聞き流すことにする。こいつらのことを全面的に信頼しているわけではないぞ。ちょっとは感謝してるけど。



「街中の兵士と保安官がお前達のことを探している。外に出るのは危険だし、城壁の外に出るのは不可能だ」

 レガルテが飯を食っている俺たちを前に説明する。いや俺は食ってないけど。


 街の役人連中が俺達のことを探すというのはわかるし実際に見た。しかしそれ以上の捜索が行われているという。

 この城塞都市に入るには身分証明書が必要。しかし今日の朝からは、出る際にも提示が必要となったという。当然、首都の歴史学者を探し出すためだ。


「そっか。これじゃあ確かに街からは出られないな。すぐに出るつもりもなかったが、なにか方法を考えないと」

 シュリーは壁にもたれかかると困ったという表情を見せる。あと、やっぱりすぐにここを去る気はなかったらしい。


 レガルテはさらに話しを続ける。

「それと、サキナックとチェバルの間に緊張が高まっている。殺された保安官はサキナックの手先で、俺の家はチェバルの連中が歴史学者を保護して匿ったと…………あるいは捕まえて拘束していると思っているらしい」


 普通に考えればそうなるか。一方の魔法家に不都合な事が起これば、もう片方の仕業と考えるのはおかしなことではない。

 もちろん、疑われたチェバルは面白くないだろうけど。


「あたし達、チェバルの方にも探りを入れたからな……チェバル側もあたし達を探してるはずだ。見つからないのはサキナックが手引きしてるからと考えるのかもしれない」


 シュリーはチェバルの屋敷にも訪問した時のことを思い出したようだ。あの訪問は双方の魔法家に対する挑発行為。

 そうすれば奴らは動くと判断してのことで結果として印章の来歴も知れたわけだけど、おかげで身動きが取れなくなった。


「お互いに腹を探り合っている状態だが、それがいつまで続くかはわからない。武力衝突になるのは時間の問題に見える」

「武力衝突?」

「お互いしびれを切らして強引な手段に訴えるってことさ。あんた達は相手の家の屋敷に捕まっているってどちらの家も思っている。見つからないならそういうことだ、ってな。そしてあんた達は自分の家の権威を失墜させる鍵を握っているかもしれないって。だったら、強引な手段で敵の屋敷を襲って捕まっている歴史学者を手に入れるしかない。もっと仲良くできればいいのにね」


 わたし達みたいに。そう最後に付け加えたターナに対してレガルテも同意の言葉を口にしてふたりの世界に入りかける。

 まったくこいつらは飽きないのか。


 しかし武力衝突が起こりかねないのは本当だろう。


 長年行方不明だった印章の本物が見つかったんだ。しかも詳しい事情を知ってそうな歴史学者がそれを持ってきた。

 両家にとってシュリーは歴史の暗部を暴きかねない危険人物だ。

 しかし一方で捕まえて脅して自分の家に加担するように言えば、都合のいい物語を作るように命じれば、それを都市の最高権力者に伝えて片方の家の信頼のみを失墜させることができる。


 両方の家の名誉を同時に落とすことは難しい。それをすれば即座に都市の権力構造がガタガタになるから。

 しかし一方だけならなんとかなる。もう片方の家がそのまま乗っ取ればいいだけ。


 千年続いてきた権力闘争の決着がつくかもしれない。お互いにそう思っているのだろう。

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