5-12 名門の男
その男は魔法使いのローブを身に着けていて、手には杖も持っていた。それから目の部分に濃い色の布を巻き付けていた。これで前が見えるのだろうか。
俺が急に光をともしたため眩しかったのか、彼は目の部分の布を手で覆いながらこれを外そうとする。
いずれにせよ隙ができたわけでこれを見逃すカイではない。
地面を蹴り一気に肉薄。その男を蹴り倒して喉元に剣を突きつける。
「お前は何者だ? 名を名乗れ」
男から杖を奪ってこっちに投げ渡しながら尋ねる。目の布を取った彼の素顔が晒される。若い男だ。たぶん二十歳ぐらい。こういう状況だけど、割と人柄の良さそうな顔をしている。
「わかった。わかったから。その剣をどけてくれ。俺は敵じゃない。君達の味方だ。名前は…………」
彼は敵意はないとばかりに両手を広げて上げている。彼が魔法使いならその状態でなんらかの攻撃魔法を放つことだってできるだろうけど、そのつもりもないらしい。
彼はそのまま、自らの名前を口にする。
「俺はレガルテ・サキナック。サキナック家の当主の孫だ。わっ!? 待ってくれ! 事情があるんだ! 話しを聞いてくれ!」
サキナックの人間と聞いて、なるほど味方なんですね良かったとはなるはずもない。
俺達の警戒心とか殺意とかが高まったのを感じたのか、レガルテと名乗る男は慌てて制止する。
とりあえず話しを聞こう。信頼できる相手かどうかはその後考えよう。
杖を奪って、すぐにこちらから魔法を撃てる状態にした上で彼の話を聞く。
「どこから話せばいいか…………まず、サキナックの家が君達の命を狙っているということは伝えないといけない」
「それはわかっている。さっきも馬に踏み殺されかけたしな。やっぱりお前達の仕業だったか」
「俺の仕業ではない……と言っても俺の家族の仕組んだことではあるから仕方ないか。すまない」
悪いことをしたと素直に認めるように、彼は頭を下げる。
その仕草を見るに、そんなに悪人とも思えなかった。もちろん、そういう芝居をしている可能性も否定しないが。
「そこの三人の死体、保安官達もサキナックの家の手先だ。君達をここみたいに人目のつかない場所まで連れて行って殺すために連れ出した」
「そしてその刺客を、同じサキナックの人間であるお前が殺したと?」
カイの質問。どうも話が見えてこない。同じ魔法家に属している者達が殺し合っている。その意味がよくわからない。
「そうだよな。そこが大事なところだ。俺はサキナックの家の者だけど、事情があってサキナックの方針に従いたくない。だから密かに、こうやって家のやることを邪魔した」
人を殺してまでしておいて『邪魔』の言葉で片付けられる程度の話かという疑問はある。とはいえ、彼のやった事は確かに家の邪魔をしていると見て間違いはない。
「事情というのはどういうものだ? 正直に話せ」
カイの次の質問だけど、それに対してはレガルテは答えなかった。代わりに。
「それよりも急いで確かめなきゃいけないことがある。お前達はアーゼスの印章を持っているのか? サキナックの家はそれを狙ってる。チェバルもそうだ」
わかっていたが、やはりそうだった。シュリーが上着のポケットを握りしめかけるが、途中でやめた。それをしたら目的の物を持っていると教えてしまうから。
この男はまだ信頼しきるわけにはいかない。
「お前の事情とはなんだ。それを先に答えろ」
結局、印章の存在については答えなかった。代わりにカイが元の質問を繰り返す。こちらを先に答えろと。しかし、男はそれについては答えたくないらしい。
「とにかく印章が今どこにあるかは教えてくれ。君達が持っているならそれでいい。もし宿の部屋に置いたままだったら危ない。奴らの仲間はその可能性も考えていて、お前達の部屋の荷物も探しにいくぞ」
その言葉に俺達は顔を見合わせた。それはまずい。部屋にはまだフィアナとユーリがいる。事情をよく知らないふたりが敵と接触することになる。
「コータ、探索魔法」
「あ、ああ!」
詠唱をして宿の方に意識を向ける。部屋のある位置にふたりはいた。そして、その部屋に向かって複数の人間が固まって歩いてきている。
「まずい。本当に敵が来てるらしい」
「あわわ……カイ、急いで戻らないと!」
「いや、その必要はない」
リゼの言葉に、レガルテは余裕たっぷりという様子で答えた。その意図が俺には読めない。
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再び部屋でお留守番となったフィアナとユーリは、ふたりで何をするでもなく時間を過ごしていた。
寝るにはまだ早いし、かといってやることがあるわけでもない。夜だから外に出るのも駄目だ。
そもそも、敵に顔が知られてないから別行動とだけ言われても困る。どう動けばいいのかわからないのだから。
「とりあえず、みんなの帰りを待とう。……戻ってこなかったら、探しに行く」
「さすがユーリくん。長いこと旅してただけあって頼りになりますね! ……いつまで待ってればいいでしょう」
「…………明日の朝? それか、昼ぐらい?」
そこについてはユーリも判断がつきかねているらしい。
とにかく今は待つしかないらしい。そう考えていたところ、ユーリが不意になにかに気づいた。
「フィアナ。隠れて」
「え? は、はい!」
言いながらベッドの陰に隠れたユーリに慌てて倣う。次の瞬間、部屋の戸が大きな音を立てて開けられた。
リゼ達が帰ってきたなんて安易な考えは持たなかった。みんなならこんなふうに勢いよく戸の開閉なんかしないだろう。というか今のは、鍵のかかった部屋の戸を思いっきりぶち破った音だ。
「荷物だけじゃない! 部屋中探せ! どこに隠してあるかわからんからな!」
野太い男の声が聞こえる。その迫力にフィアナは一瞬身をすくませる。友好的な相手ではないことは確かだ。
それから複数の足音。何者かが部屋の中に押し入って家探しするということはわかった。
となれば隠れている自分達もすぐに見つかるだろう。そうなった時にどう動けばいいかはわからないかった。
不安を覚えながらフィアナはユーリを見つめる。彼は体を隠すローブを脱いだところだった。
「奴らは敵。だったら、戦うだけ」
見つかったら危害を加えられるのは間違いないだろう。ならば戦うしかない。
奴らはまだこちらに気付いていない。不意を打てる今がチャンスだというわけだ。ユーリの表情に迷いは一切なかった。




