5-13 名門の女
狼化を始めながら、ユーリが物陰から飛び出し一番近くいた男に飛びかかる。フィアナも出てきて、ようやく侵入者の姿を目にした。
さっきの保安官達と似たような格好の男の集団。当然腰には剣を差している。
つまりはこの都市の権力者達だ。それにユーリは攻撃を仕掛けた。不意をうたれた男の首に狼の鋭い牙が刺さり鮮血が吹き出る。
何事かとそちらを向いた男達はしかし、無人の部屋の家探しをしようとしてたわけで戦闘を想定はしていなかったのだろう。部屋の戸を開けた時点で無人だったことに油断していて完全に反応が遅れていた。
その隙が命取り。ユーリは次の男に迫って顔を思いっきりひっかく。爪が男の目をえぐり、彼は悲鳴を上げながら顔を押さえてうずくまった。それに止めをさしてから、ユーリは次の標的に。
体制側の人間相手でもユーリは全く容赦なく襲いかかって殺す。そんなことをすれば完全にこの都市の公権力を敵に回して追われる身になるだろうに、彼はそんなことは一切気にしていない様子。
狼になる途中の姿のまま彼は暴れ続ける。
三人目に襲いかかり、相手の腹を爪を立てた手で執拗に殴る。その手がだんだん血まみれになっていく。皮膚を突き破られ内蔵を何度も深く傷つけられた男はやがて絶命した。それから、最後の敵に狙いをすまして。
「ぐっ…………」
そこまでだった。完全に体が狼化してしまう。けれどこの部屋は狼になったユーリには狭すぎた。
このことはユーリ自身にもわかっていたんだろう。だからさっきまで、できるだけ完全に狼になってしまうのを抑えながら一瞬で勝負をつけて相手を全滅させるつもりだった。けれど一人だけ討ち漏らしてしまった。
部屋の中であちこちに体がつっかえて身動きのとり辛いユーリに対して、保安官の男は剣を抜いて構えている。この男の力量はわからない。けれどユーリが危機なのはフィアナにもわかった。
「あ、あなたの相手はわたしです!」
ならばやるべきことはひとつ。フィアナは荷物からナイフを取り出して男に向ける。男の注意もそっちに向いた。
「ユーリくん。あなたは元の姿に戻ってください。そのままだと辛いでしょうから。ここはわたしが戦います」
この狭い部屋の中でユーリは窮屈そうだ。そしてどれだけな巨大な相手でも、この保安官の男は動けない敵に負けるほどの無能ではないだろう。だから一旦ユーリを元に戻させる。
男の子の姿に戻る間のユーリは無防備だから、その間は自分が守らなきゃいけない。フィアナがそう結論づけるのに時間はかからなかった。
だからこうやって、剣を持った男と対峙しているんだ。
しかし内心は不安で仕方がない。こんな状況は初めてだ。こちらに敵意を持っている大人の男と、この至近距離で対峙するなんて。
得意の弓は、この小さな部屋では一度外したらおしまいだから使うのは賢明ではない。でもナイフだってあまり使い慣れてないわけで。
「何者だお前は。シュリーとかいう歴史学者かの仲間か?」
目の前の男は小さな女の子がひとりと思って余裕そうな態度を見せる。答える義理はないしそんな余裕もフィアナにはないから黙っていると、彼はふんと鼻で笑う。
「いいさ。捕まえてから取り調べしてやる」
「ひっ!?」
その言葉の裏に隠された感情に身の危険を感じてフィアナは逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えた。そんなことにも構わず男は剣を構えたままこっちに近づいてきて。
「あんまり女の子をいじめるもんじゃないよ?」
第三者の介入によって、男はフィアナにそれ以上近付けなかった。
フィアナにばかり目を向けていた男は、いつの間にか背後に忍び寄っていた人物に気が付かなかった。気付いたのは、その人物がナイフを男の首にざっくりと切り裂いた瞬間。当然その時には手遅れで、彼はすぐに力なく床に崩れ落ちた。
「まだ子供じゃないか。まさか保安官様はそんな趣味をしてたの? って、もう聞いちゃいないか」
死体に話しかけるその人物。フィアナは何が起こったのかわからず混乱しながらも目を向けた。
大人の女性。釣り気味の目は鋭いけれど、きれいだなって思った。長い髪をひとまとめに結わえている。ローブを着ているからたぶん魔法使い。けれど手に持っているのは杖ではなく大きめのナイフ。これでさっきの男の首を切ったわけで当然血まみれだった。
「魔法を使わなきゃ全員殺せないかと思ったが、世の中何が起こるかはわからない物だねえ。君達、大丈夫? 怪我はないかい?」
「お前は、誰?」
優しそうな笑みを浮かべてこちらに話しかけるその女性。頼りになる姉御肌といった風の口調だ。
フィアナが答える前に、人の姿に戻って息を整えたユーリがフィアナをかばうように立って尋ね返す。
ユーリはまだローブを着直しておらず裸で、目の前の女性が敵とわかればすぐに殺しにかかれる大勢だ。
「ははっ。女の子を守る正義の騎士様か。かっこいいね。わたしは君達の敵ではないと思う。もし君達がシュリーという歴史学者の知り合いならば、わたしは味方だ。違ったら……もう少し話し合おう」
「わたし達は……」
「答えちゃ駄目。相手が誰かわからない」
女性の問いに返事をしようとしたフィアナをユーリが制止する。
確かに目の前の女性が信頼できるかどうかはわからない。危ないところを助けてもらったのも事実だけど。
そんなふたりの様子を見た女性は楽しそうにくっくと笑う。
「そうだ。その態度こそ正しい。さーて、じゃあお姉さんはどうすればいいかな? とりあえず名前を教えてあげようか。わたしはターナ・チェバルだ。以後よろしく」
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「と、とりあえずふたりは無事みたいだぞ……」
探索魔法で宿の部屋を見て周りに教える。リゼもカイも明らかに安堵した様子だ。
先程まで行われていた戦闘行為は一旦は収まり、フィアナもユーリも生きている。
それから、土壇場でフィアナの事を助けた人物が部屋にいるがそれが何者かわからない。女だってことはわかるけど。
それにしても、荒事が行われていて知り合いが巻き込まれているのにこちらからは手出しが出来ないってのはかなり心臓に悪いな。
「君達の仲間を守ってくれた女が見えたなら、彼女のことは信頼していい。ターナ・チェバル。信じてもらえないかもしれないが、味方だ」
俺の話を聞きたレガルテが謎の女の素性を明かす。
当然俺達は耳を疑った。彼女の姓はレガルテとは対立している家のものだ。
「とりあえず向こうと合流しよう。詳しくはその後で話す」
レガルテの提案。まだ彼に対する疑念は晴れないが、とりあえずはそれに乗ることにした。フィアナやユーリとはこれ以上はぐれていたくないしな。




