6-17 その子の将来
その子はリゼのことを、親しみやすい奴だと思ったのだろう。少なくとも学校を危機に陥れているターナよりは、信頼できる相手と思われたようだ。話してる内容も雑談だし。
そこから、なんで飛び降り自殺なんか図ったのかを段階的に聞き出していく。
彼女は初等教育課程の学生だ。つまりは庶民の中から才能を見出されて、チェバルの家に声をかけられて学校に行かせてもらった子供。魔法の才能はないが、その他の学問で光るものがあったのだろう。
実家は街の中心にほど近い所で雑貨店を代々営んでいる。とはいえ、そこまで繁盛しているわけではない。
貧しいながらも家族仲睦まじく生活していると言えばいいように聞こえるけど、店の経営状況を考えればそこまで楽観的でもいられない。
そんな彼女とその家族にとって、この学校で勉強して将来はチェバルの一族に仕えるというのは、光明だった。標準教育課程を優秀な成績で修了できれば、この街を支配している名門の片方に取り立てられる。
そうなれば城や役所で働くことができて安定した収入が入ってくるし、そこでうまくやれば上流階級への仲間入りも夢ではない。
…………とまあ、この子が学校に入ったときに本人にそんな打算があったというわけではないだろうけど、少なくとも親はそんな期待があったはず。
そしてこの子はその期待の大きさはひしひしと感じていた。だから必死に頑張った。なのに。
「ターナさん達が、それをぶち壊しちゃったんだねー」
リゼがちょっと軽めに言った言葉に、その子は頷いた。だからターナのせい。彼女ひとりのせいって言い方は別として。
その気持ちはきっと、この学校の人間みんなに共通するものだろう。ターナに冷淡な態度をとっていた人達はみんな、安泰だったはずの将来を奪われた憎しみを持っていたんだと思う。
学校がなくなる危機感なんかよりもずっと深刻だな。
この子もそう。そして貧しい家庭出身の子の場合はさらに深刻で、将来の稼ぎが期待できないなら学ぶ意味はない。そしてそんな娘を養うだけの余裕は厳しい。
となれば家業の手伝いをするか他に働き口を見つけて家計を助けるか、あるいは女だからどこか嫁ぎ先を見つけろと言われるだろう。
それは地獄だな。だから死のうって考えるのは飛躍があるとは思うけど、気持ちはわかる。思いつめて、ふと死のうと思ってしまったのだろう。
衝動的に死にたくなる時は誰だってあるよな。そういうものだ。
「そっかー。それは辛いよね。気持ちはわかるよ。わたしも、家から邪魔者扱いされて飛び出してきたんだ」
魔法使いの名門が誇る無能の中の無能が、その子に理解を示す。こいつにも死にたくなる時があるのかはちょっと想像がつかないが、この子の気持ちがわかるのは本当だと思う。
「死ぬのはもったいないと思うよ? 世の中にはおもしろいことっていっぱいあるから。……とりあえず、なにかいい方法がないか探してみたら? 家族にも相談してさ。それにこれからのこの街でも、頑張って勉強した人がいい仕事につけるようになるのは、同じだと思うよ?」
それもそうだ。むしろ名門っていうしがらみが無くなったこれからこそ、優秀な人材を取り立てていく必要があるだろうし。あの城主はそれをわかってそうな人間だ。
リゼのくせに良いこというじゃないか。
あるいはリゼがそうしてきた、あるいはそうしたかったけどできなかった事なのかもしれない。勉強しても報われない程の無能。家族も味方ではない。そんな環境にリゼはいたのだろうから。
「もしそれでも、どうにもならないって事になったら……その時は旅に出てみるのもいいんじゃないかな」
自分みたいに。そう言ったリゼは、いつもよりは少し頼れる人に見えた。
「そ、その時は、わたしもリゼさんの旅についていっていいですか!?」
「え? うん。もちろんいいよ!」
女の子の申し出にリゼは戸惑った様子だけど、ようやく笑顔で前向きになってくれた。だからそれを受け入れた。
「いいのかリゼ。せっかく頼れるお姉さんな雰囲気出したのに、一緒に旅すると無能だとばれぐえー」
リゼにだけ聞こえるように耳元で囁くと、返事の代わりに体を握られた。苦しい。
とりあえずはこれで解決かな。
もちろん根本的な解決をするには、この街の教育制度の健全化とか時間のかかるやり方しかない。
けれど、この子が思いつめて自ら命を断つなんてことはなくなったのなら、とりあえずそれでいいだろう。
外はすっかり暗くなっていた。それからリゼの空腹もかなり高まっているようだ。いいお姉さんな雰囲気を守るために必死で我慢してるけど、さっきから何回かお腹がなってる。
今度こそ帰ろう。幸いにして馬車の御者は待ってくれていた。さっきの女の子の家は、ここから城や俺達の宿行くまでに少し寄り道した所にあるらしい。せっかくだから乗せてってあげようとはターナの意見。
リゼの説得で、女の子のターナに対する態度もある程度は軟化したようだ。その申し出に頷いてくれた。
月明かりに照らされた夜道を馬車で進む。電灯なんて存在しないこの世界での夜は、月明かりか火による明かりが頼りだ。夜道を行く馬車にも、当然松明による明かりが装備されていた。
けれどここは大都市であり、学校も建物が密集している箇所とそう離れた場所にあるわけではない。
昼間と同じというわけにはいかないが、さりとて全く周りが見えないというわけでもなく。世界の明るさはお城へ近づいていくにつれて、街の賑わいと共に強くなっていき…………。
「危ない!」
誰かがそう叫んだ。
誰なのかは知らない。馬車の外にいる、街の住民の誰かだ。さっきの自殺騒ぎの悲鳴のことを思い出しながら、今度はなんだろうと外に目をやる。
暴れ馬が一頭、こっちに向かって走ってきていた。その馬は重そうな荷台を引っ張っていた。
なんだか既視感のある光景。けれど今度は避ける暇もない勢いで、俺達の乗る馬車に向かってきている。
馬車から降りる暇はない。馬車を操る御者も、どうすればいいのかわからずその場で止まってしまった。咄嗟にターナが何らかの魔法でこの馬車を守ろうとしたが、それも間に合わなさそうだった。
俺だってなんの魔法を使えばいいのかわからなかった。
リゼが俺を守るように抱きしめ、視界が暗転した。
次の瞬間、激突。俺達はものすごい衝撃に襲われる。




