6-16 身投げ騒ぎ
資料室の中はきれいに整理されていた。古い紙とかの特有の匂いはあるものの、埃が溜まっているなんてことはない。
ここに入って資料の閲覧をしていた人間が少なからずいたわけだから、当然と言えば当然か。
棚に並べられた多くの本がまず目に入る。それ以外にも、大小様々な箱が大量に置かれてある。歴史上重大な物品が収められているのだろう。
街の図書館の禁書棚とは違って、ここには本当に古い記録が残されている。
シュリーが見たらものすごく喜ぶだろうな。ていうか今こそ、あの歴史学者の手がほしい。
リゼがふと手に取った巻物は、書式が古いもので今の文字の感覚で読むのは難しいらしい。俺も古文の授業は苦手だったからその気持ちはわかる。
ターナは一応は、この古文書を読むことはできるはずだ。しかし俺達の手伝いがあっても、この資料の山から必要な情報を得るのは時間がかかるかもしれない。
「日が暮れそうだな……今日は一旦帰るか?」
大量の資料の前に、ターナもそんな提案をする。これを逃げとは言うまい。本当に日が暮れて来たのだから。
「そうですね! そろそろ晩ごはんの時間でしょうか!」
リゼもその気のようだ。こいつは仕事がしたくないだけかもしれないけど。
昼過ぎに学校を調べればいいのではと気がついて、そこからターナに会いに行って色々あってこれだから、そりゃ夕方にもなるだろうというもの。
仕方がない今日の仕事はここまでだ。何もわからない状態から、この資料室に至れただけで十分だろう。
ターナは帰りも馬車で城まで送ってくれると言ってくれた。というかそのために、帰りの馬車をあらかじめこの時間に来るよう手配してくれてたらしい。だったらそれに甘えて、この時間に帰るのが一番だよな。
そういうわけで俺達は校舎から出る。そして校舎前でしっかりと待ってくれていた馬車の御者に、声をかけて乗り込もうとした。
そしてその時、どこからか悲鳴が聞こえた。
慌ててあたりを見回す。この学校の生徒のひとりが、校舎の方を指さして震えていた。俺達もそちらに目を向ける。
指は正確に言えば、校舎の屋根を指している。
この校舎は五階建ての大きめの建物であり、複数の学科や段階の学生をまとめて入れてそこで教育をしている。
その屋根の上に女子生徒がひとり立っていた。
知らない顔だし距離があるからよくわからないけれど、リゼやさっき見かけたミーナと比べて幼い印象を与えるから、初等教育段階の子供なんだと思う。それがふらふらと屋根の上の縁に立っている。
今にも落ちそうで危ない。というかこれは状況的にどう見ても。
「ターナさん! あの子飛び降りようとしてますよね!」
「そうだな! おい! 君! なにやってるんだそこから離れろ!」
リゼとターナも同意見のようだ。なんの事情があるのかはわからないが、飛び降り自殺を図る直前の姿にしか見えない。
ターナは声を張り上げてその女の子に思いとどまるように語りかける。騒ぎを聞きつけて、人が多く集まってきた。
自殺を図ろうとしている女の子の表情はよく見えないけれど、その様子にたじろいでいるように見える。けれどそれは、自殺を思いとどまらせるものではないだろう。
どちらかというと、恐怖におののいて背中を押してしまう種類にも思えてしまう。
「ねえ! なにがあったかは知らないけど、早まることないよ! 人生ちょっと失敗したぐらいで諦めることないよ!」
ちょっとどころじゃない失敗を繰り返してなお、諦め悪く旅をしているこいつが言えば説得力があるな。
その生き方について言いたいことがないではないが、今は肯定しておく。あの子のためだ。
リゼとターナはそれぞれ声をかけながらその女の子の方、落下地点へと近づいていく。
教師と思われる大人が校舎の中に駆けていって、身投げする前に彼女を確保しようとするのが見えた。けれどそれは間に合わなさそうだ。
こっちに近づいてくる人間を目にした女の子は、逆に死ぬなら今しかないと覚悟を決めたらしい。屋根の縁から空中へと一歩踏み出した。当然その体は重力に従って地面に真っ逆さま……。
「風よ吹け!」
ターナがすかさず詠唱。それに続いて俺達も同じように風を吹かせる。
風の刃に成形する前の、ただ突風を吹かせるだけの魔法はしかし、落ちていく少女の体をふわりと浮き上がらせた。
そのまま風の勢いを調整していきゆっくりと少女を地面に近づけていき、最終的にターナがその体をしっかり抱き寄せた。
「まったく、ヒヤヒヤさせてくれるね……どうしたんだい? 事情があれば教えてくれないかい?」
それから十分ほど後。校舎内の職員室の一角で死を免れた女子生徒は温かいお茶を出されて、落ち着きを取り戻したようだった。
そんな彼女にターナは親しげに語りかけるが、そっちはあまり効果は無いらしい。じっとターナの方を見つめるけれど、口を開こうとはしなかった。
「ねえコータ。あれってたぶんターナさんが原因なんだよね?」
「あの人自身が原因って言い方はちょっと違うが…………でも、そういうことなんだろうな」
「よし、じゃあわたしの出番だね!」
なんでそうなるかはわからないけど、リゼはターナの代わりに事情聴取をやるつもりになったらしい。まあ、あの子の原因がわかっているから、聞き出すのは簡単かもしれないけど。
というわけで選手交代。ターナには悪いけど席を外してもらった。城主の一族の前では話しづらいことだろうから。
「こんにちは。わたしはリゼっていいます。こっちは使い魔のコータ。とっても頼りになるかわいい猫さんです」
「かわいいは余計だ。あんまり嬉しくない」
「もー。コータってば照れちゃってかわいいー」
「おいこら。やめろ」
俺の頬をつんつんと突き始めたリゼの手を振り払おうとするが、ぬいぐるみの俺にはそれすらも満足にできない。ジタバタとしてるようにしか見えないのだろう。
いやそれよりも、この子の説得を早くしろ。
「えっと、それでなんだっけ。そうだ。わたし達は魔法の修行をするために旅をしてます。いろいろ事情があって、学校には行けないんだよね。でも魔法でこんなこともできるよ?」
そう言ってリゼはいつものように手を振る。ローブの袖に隠していた一輪の花を出して手に持つ。傍から見れば、何もないところからいきなり出てきたように見えるだろう。
「はい、あげる。魔法で作ったんだよー」
「それは嘘だからな。今のは奇術だ。ほら、あの花瓶に同じ花が何本もあるだろ?」
今の手品のために、職員室に飾ってあった花瓶から一輪抜き取った。それだけである。
「ひ、ひどいよコータ! バラさなくてもいいじゃん!」
「嘘は良くない」
「うぐっ! そ、それはそうだけど……」
そんな言い合いをしているのを見て、その女の子はクスリと笑った。おもしろいのか。でもこれはチャンスだ。
「えっと、とにかくわたしはすごい魔女なのです。あなたは魔女……ではないよね? ここでどんな勉強してるの? 教えてくれたら嬉しいな」
そんな風に、とりとめのない会話を始めていく。




