第112話 親友モブはエモエモな夢を見るだろうか
快人と話し込んでいる内に辺りは真っ暗になっていた。日が長い時期と考えると中々の時間だ。
「そろそろ帰るかぁ」
「うん」
腰を上げ大きく伸びをする。最初より随分肩も軽くなった気がする。精神的に。物理的には座りっぱなしでバキバキだ。
「ああ、そうだ快人。いいものをやろう」
「いいもの? ……って何これ」
俺が鞄から取り出したしわくちゃの紙。一見ゴミだが、俺にとっては夢の詰まった宝の地図のようなものだ。
「これって、年間カレンダー?」
「ああ。めぼしいイベントには印をつけてある」
「めぼしい?」
「そりゃあ勿論ラブ……青春っぽいイベントよ。なんといっても一番の目玉は修学旅行だな。修学旅行といえば……まっ、わかんねぇや。行ったことないし」
小も中も卒ってない、小学校中退の俺に学校行事というのは最早フレームの向こうのファンタジーだ。今までの学校生活もそんなファンタジー体験みたいで面白かったものだが。
「修学旅行が終われば体育祭に文化祭。冬には学校関係無いけどクリスマス、年が明けたら初詣に……」
「もう、いいよ」
俺の手から紙を奪う快人。その目は少し怒っているようだった。
「早く帰ってこないと僕らで楽しみ尽くすよ」
「……そいつは楽しみだ。思い出話に期待するよ」
「鋼っ!」
「ははは、ジョーダンジョーダン」
柄にもなく本当に怒った様子の快人に俺はおどけて笑い、屋上のドアを開ける。
「……ん?」
「鋼、どうかした?」
「いや……なんでもない」
先に来たときと何か違う感じがする。違和感の正体は……臭いか? 来たときより臭いが薄くなっているような……。
「ま、気のせいか」
外と中の臭いは違うものだ。快人との話しの中で強者っぽく、ムムムッ曲者の気配っ! みたいなことをやりたくなっていたのかもしれない。
最後になるかもしれない、というか退学の手続きをしたのだから最後になるだろう廊下を歩く。時間も時間なので生徒はもういない。自習で残っていた生徒ももう帰っていることだろう。
ふと、向かい側の廊下の窓に大門てんてーの姿が見えた。イライラしたようにずんずん歩く姿は真の強者感がある。流石俺が唯一師と仰いだお方だぜ…‥(大袈裟)
そんなマイマスターはやはりただ者ではなく、突然立ち止まると窓越しに俺の姿を発見した。ちょっとびっくりして固まる俺と先生だったが、俺は最後の挨拶を込めピシッと敬礼する。
そんな俺に先生は一瞬手を挙げ振ろうとしたかに見えたが、
「鋼、どうしたの?」
いつの間にか立ち止まっていた俺に気づいて戻ってきた快人を視認すると慌てて中止し、足早に去っていった。なんじゃあれ、可愛いかよ。可愛いは作れるんかよ。
「あれ、大門先生?」
「ああ、我が恩師に届かぬエールを送っていた」
否、届いたのだろうけど、これで届いていると言えば挨拶を無視した嫌な先生と快人が思ってしまう可能性もゼロではない。
俺はここでドロップアウトだが、他の生徒先生の学園生活は続く。ここは俺に任せて先に行けというやつだ。
「大門先生、生徒会室の方向かってない?」
「んー、蓮華が残ってんじゃね。仕事熱心だねぇ」
「……やっぱり違和感。鋼が蓮華さんを呼び捨てにするなんて」
「まぁ……はとこだからな」
苦笑する快人に、俺は姉に甘える姿を見られた時ってこんな感じなのかもと思うような気恥ずかしさを覚え、目を逸らした。
◇
夜。
俺は最後の部屋の整理整頓を終え、すっかりガラガラになった部屋に座り込んだ。
処分と書かれたダンボールにはゴミを、セバスさんへ厳重管理の元確実に処理をと書かれたダンボールには他の誰かに見られたら死んじゃう黒歴史の数々を、そして蓮華に貰ったものやどうしても捨てられなかった品々を無印のダンボールに詰め込んだ。
残ったのは一年と少しお世話になった万年床くんと明日の着替えくらいのものだ。
「しかし、これまた変なところを指定してきたな……」
学校の間に直接投函したのだろう、ブラッドからの明日の指示書を見返しつつ溜め息を吐く。丁寧に時間指定までしているのが奴らしい。
結局最後の挨拶ができたやつも、できなかったやつもいるけど……。
「あ、古藤」
主人公の幼なじみであり、我がソウルフレンドの古藤紬に転校(これも嘘だが)を伝えていなかったことを思い出す。
うわぁ、怒りそうだなあいつ。でも真面目な会話をがっつり交わす感じの関係じゃないしなぁ。
……まぁ、いっか。古藤なら上手く処理してくれるだろう。信頼できる奴だ。いざとなれば快人や鏡花らからフォローも入るだろうと期待しつつ。
むしろ何も言わず消えていたーーなんて方が俺たちっぽい。さよならだけが人生さっなんて言って。
「ふぃー……」
伸びをしつつ、へたった布団に寝転ぶ。穏やかな夜だ。これが明日の今頃になると一変しているなんて信じらんなーい。
この床か床じゃないかも分からないような綿の抜けた布団でさえ恋しくなるような環境だぜきっと。
異世界チートがあったとしても厳しい住環境……しかも俺、分かりやすく異世界チートあるわけでもないしな。死なないってだけ。でも次は死ぬかも分からない。試すには死ぬしかない……なんだこの矛盾、リスク高すぎだろ。
などと、今更すぎることを考えている内に俺は気が付けば眠っていた……らしい。
「朝だ……」
ぼけーっとした頭で呟く。朝だった。
最後の夜だぜ、きっとエモエモな夢みるんだろうなーなんて思ってたのだけど、何も夢を見なかった。この上ない快眠だった。
ちょっと締まらない“らしさ”に1人思わずほくそ笑みつつ、起き上がり、着替えを済ませる。
スマホは電池切れで死んでいた。けれど、もうこれも必要ない。少し悩んだ末、無印ダンボールに入れ、あらかじめ用意していた殆ど何も入っていないリュックを背負う。
最後にお世話になった部屋に一礼し、俺は我が根城を後にした。




