クリスマス
「もういい。先帰る」
デート中、私は彼を怒らせてしまった。いつもこの程度で怒る人じゃないのに。去っていく彼の背を、呆然と見つめる。元々内気な私に、引き止める言葉は出てこなかった。
特別な日、クリスマス。折角仕事場に無理言ってお互い休みを合わせて。なのに、なのに。私がワガママなんか言ったから、怒らせて。帰っちゃった。
ぐっと込み上げた涙を、どうにか飲み込む。公共の場で泣くなんて、みっともないことをしたくない。しかも、クリスマス。周りにカップルばかりのこの空間で、泣くなんて、絶対に嫌だ。
近くの本屋に寄って、自分を慰めるために小説を一冊買う。最近の本屋は、子どもの頃よりも圧倒的に凄くて、買った本を読めるカフェなんてものが本屋の中にある。私はホットココアを頼んで、席に腰掛けた。
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不意にスマホが振動する。彼からのメッセージが届いたようだった。すっかり冷めたココアの最後一口を飲み、恐る恐るメッセージを確認する。
『いつ帰ってくるつもりなの?』
やばい、今度は帰らないせいで怒らせている。漸く気持ちが落ち着いていたところで、血の気がさっと引いた。まさか、暫く帰らないことに怒られるなんて微塵も考えなかった。
コップを返却し、小説を乱雑に鞄に詰め込むと慌てて店を出た。急いで帰らないと、更に怒らせてしまう。
「――ただいまっ……」
呼吸を荒くして家に帰る。するとリビングから、彼が気怠そうに出迎えてくれた。
「遅い。早く入って」
「あ、うん……ごめん」
怒ってるなぁとヒヤヒヤしながら、リビングに入る。途端、テーブルの上に目を奪われた。
肉厚で濃厚な香りの大きな骨つき肉。2人で食べるには丁度良いサイズの色彩豊かなピザ。それと雪のように白く、可愛らしいサンタと苺が乗ったケーキ。
全てが綺麗に、並べられていた。
「用意して待ってたんだよ」
「えっ……なんで、これ、怒ってたんじゃ……」
「だって一緒に帰ったらサプライズできないし。だから、ごめんね? 怒ってないよ」
もう、と呆れそうで、でもその何倍も嬉しくて。やっぱり彼と過ごすクリスマスは、特別な日だと改めて感じた。
――メリークリスマス。聖なる夜を。




