クズと今カレと私の話
私の元カレはとんでもなくクズで、私の今カレはとんでもなくお人好しだった。それは、びっくりして言葉を失ってしまうほど。
身体でしか私を見ていなかったクズをフると、しばらくの間、何通ものメールを送られた。友達からやり直そうだとか、君の言う通りだったよとか、俺が悪かった、とか。
でも絶対にクズと友達に戻るなんてしたくなかった私は、何の返信もしなかった。唯一した返信は「関わらないで」とだけ。
それからもう3年も付き合いがなく、お互いに新しい恋人を作った頃。クズからの嫌がらせが始まった。
最初は、私がクズの恋人だった時の出来事を友人に広められた。私の嫌がることだとか、私の好きだったことだとか。今更になって何故か広められたことに、計り知れない不快感を覚えた。
次に今カレに対する、私の悪口だった。親友とまではいかずとも、今カレとクズとは友達関係であったから、私の悪いところを次々と告げ口された。幸い、今カレは聞く耳を持たず、すぐに収まった。
そして、最後。今カレは私に、直接手を出してきた。学校の廊下ですれ違いざまに軽く小突かれ、訝しげに振り返った瞬間、全力でビンタをされた。一体何をされたのか、全く理解できなかった。
そこは生憎、人通りの少ないところで、私も集団で行動するようなタチではない。誰かに助けを求める余裕もなく、呆然とクズの顔を見つめていた。すると今度は、お腹に拳を勢いよく入れられた。吐きそうになって堪える。
「何、すんの」
「俺のことフっといて幸せそうに恋人作ってんの、ムカつくんだよね」
ニタニタと気持ちの悪い笑顔で、距離を置いた私に詰め寄ってくる。お腹の痛みと吐き気は即座には治らず、クズから離れられる力が出ない。訳の分からないことを言っているクズに対し、ようやく苛立ちを覚えた頃に、今度は脛をつま先で蹴られた。
思わず脛を押さえてうずくまる。痛い、と言う声は形にならず、視界は涙でゆらゆらと揺れている。なんで、関わりをやめて3年以上経っているのに、こんな目に合わないといけないのか。
「俺の恋人は、全員クズで不幸だっていうのによ」
私と別れてから、クズの恋人は新しく4人。勿論、付き合って数ヶ月で別れるの繰り返しだ。こんな奴の何がよくて付き合ってしまうのか。私にも彼女らにも問いただしたい。
つか、そんなの関係ないって。私は私で、とっくに吹っ切れて新しい恋人作って、今幸せなのに。なんでこいつの不幸の犠牲にならなきゃいけないの、本当に。
溢れかけた涙を拭って、立ち上がる。運良く先生が通り掛かればいいのにと願ったところで、当然そんなことは起きない。逃げないと、またやられる。どこからなら逃げられるか、思考を巡らせた時だった。
「沙耶!!」
私の名前を呼ぶ声は、紛れもなく今カレの声で。それはすぐ側から……私を守るように、私の目の前に立った人間から発せられていた。
「俺の彼女に、何してんのお前」
「関係ねぇだろ、引っ込んでろ」
「俺の彼女だっつってんだろ! 関係あんだよ、手ぇ出してんじゃねぇ!!」
どうやら私達の姿を遠目から見た友人が、今カレに伝えに行ってくれたらしい。ということは、すぐに先生も来るだろう。
クズに向かって声を張り上げる彼の、背中が頼もしくて、かっこよくて。でも先生が来てしまうからと、腕を引っ張った。振り向いた今カレは、不安そうで、今にも泣きそうな顔を私に向けてきた。
「大丈夫か、沙耶。ごめん、すぐに来られなくて」
「大丈夫だよ。迷惑かけて、ごめんね」
私とクズに向ける勢いの差に、思わず苦笑を零す。そんな私達が気に食わないのか、後ろからクズが、今カレの背中を思い切り殴ってきた。苦しそうな呻き声が漏れる。
一拍おいてクズのほうを見、反撃しようと今カレが睨みつけた時。幸か不幸か、何人かの先生が駆けつけてきた。私達の雰囲気を察し、即座にクズとの間に先生が入ると、クズを指導室に。私達を保健室へ連れて行ってくれた。
それからクズは当然、謹慎処分を受けた。今カレも謹慎処分を受けそうになったが、反撃はしていないし理由も理由なので、むしろ褒められることに。
最終的に、それ以降クズとの関わりは完全に絶たれ、私と今カレがどんな関係になったかは…………またいつかのお話。




