蝋燭
「ハッピバースデートゥーユー」
「ハッピバースデー、トゥーユー」
「ハッピバースデー、ディア××××」
「ハッピバースデー、トゥーユー」
「ハッピバースデートゥーユー」
「ハッピバースデー、トゥーユー」
「ハッピバースデー、ディア××××」
「ハッピバースデー……」
頼りない蝋燭の火が、焦点の定まらない瞳に映り込んでいた。
一定の声量と、一定の感情で同じフレーズを一心不乱に歌う。同時に枯れ枝のような手を叩きあわせ、全く曲と合っていないリズムを取っていた。
もう時期、死んでしまうだろう。蝋燭の火が消える頃、一緒に命も消えてしまうのかもしれない。きっとそれも、一興だと思っている。
人は、ここまで壊れるらしい。何の言葉も理解しなくなり、誰も視界に入らなくなる。自分の体の悲鳴は一切遮断され、蝋燭の火の向こうに見える幻想へ、崇拝するように縋っていた。
壊してしまったのは誰か。それは紛れも無く、殺人犯。狂った性癖の殺人犯が、最愛の人を目の前で無残に殺さなければ、こんなことにはならなかった。死にゆく最愛の人の瞳と、目を合わせなければ、きっと。
蝋燭の火だけが灯りとなる部屋の鍵を閉めた。正気であればまだしも、あの状態では、大人しく死ぬか部屋の中で最期にひと暴れして死ぬだろう。部屋から出られることは無い。
自分がここに来ていた、という証拠を残さないように、さりげなく、かつ念入りに辺りを確認して、その場を去った。自分の手が赤黒く染まった日を思い出して、ググッと笑った。




