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AIがある明日へ

バイクのエンジン音が通路に轟き、両側の壁から漏れる微弱な灯りが、流れるように後方へと去っていく。

ヘッドライトの鋭い光が、行く手の闇を白々と照らし出していた。


超高速移動によって、壁に這う無数の配管の影が、ぼやけた一本の線となって視界をかすめる。


「亜依、頼むから無事でいてくれよ……」


セイルはハンドルを強く握り締め、祈るように呟いた。


生まれて初めて、亜依が傍にいない。

その事実が、胸の奥に言いようのない不安と、ぽっかりと穴が空いたような喪失感を刻みつけていた。


フロントのモニターには、地下道が縦横無尽に伸びる複雑なルートマップが表示されている。

あえて地下を選んだ理由は二つ。一つは監視カメラの目が地上より圧倒的に少ないこと。

もう一つは、ここには都市のインフラを維持するための重要設備が密集しているため、敵も周囲を巻き込むような飽和攻撃は仕掛けてこられないはず、という計算だった。


ナビゲーションに従って全速力で突き進むセイルの目に、マップ上に不気味に広がる無数の赤点が飛び込んできた。


「もう追いつかれちまったのかよ!?」


亜依が離脱直前に設定してくれた索敵システムが、高エネルギー反応を鋭く捉えていた。

つまり、表示されている赤点のすべてが敵の戦闘機械ということだ。


「だけど、いくらなんでも多すぎるだろ……っ!」


セイルはさらにスロットルを捻り、加速した。


前方の十字路に差し掛かったその瞬間、側面の通路から強烈な白光が前触れもなく襲いかかってきた。


風を切り裂く轟音とともに、長大な刃がキャビンめがけて振り下ろされる。


「うおっ!?」

九死に一生の瀬戸際、セイルは咄嗟にキャビンを収納し、車体を限界まで倒し込んで滑り込ませた。

バイクのロボットアームが刹那のタイミングで二人を正確に固定したため、セイルとアイはその凄まじい慣性に振り落とされることなく持ち堪えた。


キンと冷たく鋭い光を放つ刀身に、引きつった自分の顔が一瞬だけ映り込む。

刃は壁の寸前でピタリと止まり、ゆっくりと引き戻された。


セイルの前に立ち塞がったのは、全長3メートルに及ぶ六腕の巨躯だった。


「嘘だろ、ナーガかよ!? アマテラスのやつ、専属の警護兵まで繰り出してきやがったな」


『六腕ナーガ』――それは、アマテラス直属の警備用重機甲兵だ。

3メートルを超える鋼鉄の巨体に備えられた6本の手腕は、それぞれが異なる殺戮機能を持っている。

下半身は巨大な大蛇を思わせる蛇形キャタピラになっており、この狭隘な地下道であっても恐るべき速度で移動することが可能だった。


最上部にある重機関銃は、本来なら絨毯爆撃のような掃射を行う兵器だが、周囲のインフラ設備への損壊を避けるためか、今は火を噴く気配はない。


中間にある一対の腕が構えるのは、あらゆる物質を両断する超音波振動刀だ。

先ほどの一撃もこれによるもので、セイルとしても、愛車の装甲がこの刃を耐えられるかどうかを命懸けで試すつもりは毛頭なかった。


そして最下部にある腕は、防護用の大型盾シールドを保持している。

環境への配慮からか、その両腕を広げているだけで、通路の大部分が完全に塞がれていた。


セイルはアクセルを限界まで踏み込み、わずかに残された隙間へと文字通り命がけで突っ込んだ。


ナーガもまた、すぐさま反転して背後から猛追してくる。

重苦しいキャタピラの駆動音が、まるで耳元で囁く亡霊のように執拗に響き渡る。


ナーガ一機だけでも絶望的な状況だというのに、その背後からはさらに海のような数の偵察者が押し寄せていた。


「おいおい、俺を買い被りすぎだろ……っ」


周囲のどのルートを選ぼうと、マップ上の赤点は増える一方だった。

各通路から新たなナーガと偵察者の群れがセイルを包囲せんと現れ、退路を次々と遮断していく。


「クソッ、正面突破しかねえ!」


前方の通路からも一機のナーガが現れ、大型盾で完全に道を塞いだ。

セイルは決死の覚悟でハンドルを切ると、あえて側面の垂直な壁へとバイクを駆け上がらせた。


強引に進路を阻む偵察者たちを撥ね飛ばす。


ナーガが超音波振動刀を振り上げたその瞬間、その巨体がにわかに激しく震え、刃は狙いを大きく外れて地面へと叩きつけられた。


「アイがやってくれたのか? 助かった!」


セイルは辛うじて包囲網を食い破ったものの、地下道全体がすでに追手で埋め盡くされていることを悟り、不本意ながら再び地上へと脱出せざるを得なくなった。


「うわぁ……おいおい、これはマジで大層なご出陣だな」


地上へ飛び出したセイルが見上げた空は、『座天使ソロネ』と呼ばれる空戦機体によって埋め尽くされていた。

球体状の本体を5本のリングが囲むような異様なフォルム。そのリングには、おぞましい数の「眼」に酷似した光束砲が備わっている。


その無数の眼球が一斉にバイクへとロックオンされ、破壊的な高温を孕んだ無数の光線が、まるで豪雨のように降り注いだ。


セイルは車体を激しく蛇行させ、狂気的な光の雨を紙一重でかわしていく。


「やっと……外壁だ!」


背後の敵から一時的に距離を離すことに成功し、セイルは短く息を吐いた。


箱庭都市シェルターの最外周――そこには、外界の過酷な環境を隔絶するための巨大な気密加圧門がそびえ立っていた。

重厚な鋼鉄の門が、冷徹に彼らの行く手を阻んでいる。


「開け、早く開いてくれ……っ!」


セイルはバイクのモニターに映る通行許可証が、エラーメッセージを吐き出し続けているのに気づいた。


「ちくしょう、アラヤのやつ、システムを完全にロックしやがったな!?」


通行許可証が完全に無効化されたことを悟り、セイルはキャビンを開けてロボットアームを制御スクリーンに直接接続させた。

しかし、システムは微動だにしない。


そのとき、バイクの警報がこれまでにない激しさで鳴り響いた。


「不味いっ!!」


セイルは直感的にバイクを真横へと跳ねさせ、回避行動をとった。


直後、彼らがいた地面が、目に見えない巨大な力によって圧搾されたかのように、不自然なほど綺麗な真円を描いて陥没した。


上空の座天使たちが一斉に左右へと文字通り道を譲る。まるで、最高位の絶対的な存在を迎えるために空間を空けるかのように。


「おいおいおい、嘘だろ……。天照アマテラスが直々に来やがったのか? こっちはただの善良な市民だぞ……っ」


セイルは空を見上げ、信じられないものを見たように絶望の声を漏らした。


天空に滞空していたのは、流線型の美しい銀色の人型機体だった。その背後には巨大な黄金の円環が浮かび、周囲にはまるで神の羽衣を思わせる鋼鉄の帯が、生き物のように妖しく、かつ優雅にうねっている。

機械でありながら、その佇まいは畏怖を覚えるほどに神聖で、威厳に満ちていた。


かつて両親が話していたのをセイルは記憶している。

アマテラスは気流を完全に掌握し、先ほどの空気砲を放つだけでなく、大気を歪めて特殊な鏡面を作り出し、

太陽エネルギーを収束させて致命的な熱線兵器へと変えることができるのだと。


アマテラスがその銀の手をかざし、再び不可視の空気砲を放った。

緊急回避を試みたものの、凄まじい衝撃波に煽られてバイクは激しく横転し、

二人の体は激しく地面を転がって、最外周の門へと叩きつけられた。


「ぐっ……っ!」

セイルはアイをその腕で必死にかばいながら、鈍い衝撃に悶絶した。

自分の怪我を省みる余裕もなく、セイルは慌てて腕の中のアイを見つめた。


「アイ、大丈夫か!?」

アイの小さな顔には少し土埃がついていたものの、怪我をしている様子はなかった。

セイルは心の底から安堵したが、再び顔を上げたとき、空も地上もすでに追いついてきた機械の軍勢によって、一寸の隙もなく埋め盡くされているのを目にした。


「……ここまで、か」


セイルは巨大な鋼鉄の門に背を預けたまま、力なく苦笑した。


「あーあ……こんなことなら、あのとき亜依と一緒に残れば良かったな……」


「あうぅ」


そのときだった。

それまでセイルの胸元でおとなしく丸まっていたアイが、不意に小さな手を伸ばし、背後にある冷徹な機械の大門へと、そっと触れた。


刹那、鮮烈な緑色の光が、波紋のように外側へと拡散していった。


ズゥゥゥン……ッ!!


鋼鉄の巨門が地鳴りのような駆動音を響かせ、左右へとゆっくりと開き始めたのだ。


「一体、何が起きてるんだ……?」


内側から外界へと凄まじい強風が吹き荒れ、セイルは目を開けていることすら困難になる。

片手で顔を覆いながら視線を落とすと、アイの瞳が、深く静かな緑色の光を宿して怪しく明滅しているのが見えた。


「アイ……お前がやったのか?」


アイはどこまでも無邪気な微笑みを浮かべ、セイルの指を小さな手でぎゅっと握りしめた。


【エラーを検出。ただちに大門を封鎖――】


アマテラスの背後にある黄金の円環の中央が、大気を歪めながら赤黒く変色していく。

次の瞬間には、すべてを消滅させるほどの熱線が放たれるのは明白だった。


「終わった……」


セイルが覚悟を決めた、その瞬間。


押し寄せていたすべての戦闘機械の動きが、ピタリと完全に停止した。


機械たちのカメラレンズの奥で、電子の光が一瞬だけ灰色に濁り――。

次の瞬間、システムエラーを告げる文字が一斉に掻き消えた。


そして、光が消えた。


一つ、また一つと、世界から駆動音が失われていく。


地上にいた敵は駆動力を完全に失い、その場に物言わぬ鉄の塊として静止した。

上空を舞っていた空戦機体は、まるで叩きつけられる雨粒のように次々と地上へと墜落し、激しい爆発音と破砕音を周囲に響かせた。


セイルは唖然としたが、すぐに何かに突き動かされるように通信機を起動した。


狂ったように叫ぶ。


「亜依、亜依なのか!? ハッキングに成功したんだろ!?」


しかし、レシーバーから返ってくるのは、無機質なノイズだけだった。


「亜依、応えてくれ……っ!」


「亜依!!」


セイルは声を枯らして呼びかけ続けた。


「ここにいますって言えよ……!」



しかし、あの耳慣れた「ここにいます」という優しい声が、二度と響くことはなかった。


ただ、電流の雑音だけが虚しく響いている。


セイルは呆然とその場に立ち尽くした。


まだ別れてから20分も経っていないというのに。

まるで、自分の魂の半分を失ってしまったかのような感覚だった。


セイルは無力感に苛まれ、俯いた。だが、その視線がアイの瞳と真っ正面から交わった瞬間――。


「……そうだ。まだ、絶望してる場合じゃないよな」


これほどの、あまりにも大きすぎる犠牲を払ったのだ。

ここで立ち止まることだけは、絶対に許されない。



セイルはよろめきながらも立ち上がった。

目の前には、物言わぬ屍のように沈黙した機械の残骸がどこまでも広がっている。


彼は振り返り、門の向こうに広がる、どこまでも果てのない荒野を見つめた。


門の外には未知の可能性があり、門の内側には確実な苦難しかない。


セイルは深く息を吸い込み、アイを強く抱きしめた。


そのとき、彼の胸元に掛けられていたカメラから、微かにカチリと機械の駆動音が響いた。


「ん?なんだ……?」


セイルは怪訝そうに胸元を見つめた。ネットワークに一切接続されていないこのカメラが、勝手に起動するはずがないのだ。


液晶画面が静かに点灯した。


【最終確認】


【目標の生存を確認】


【ミッション完了】


画面には、あの整備室で撮影した、三人だけの家族写真が映し出されていた。

そしてその写真は、画面の右下へと吸い込まれるように縮小し、見たこともない新しいフォルダへと格納された。


そのフォルダの名称は――【AI】。


セイルは呆然とそれを見つめ、それから泣き笑いのような表情で、カメラを愛おしそうに強く抱きしめた。


「はは……さすがはお前だな、亜依」


セイルは再びバイクに跨り、スロットルを力強く捻った。

エンジンが、再び命を吹き込まれたかのような力強い咆哮を上げる。


彼は、去りゆく故郷の景色に向けて、静かにシャッターを切った。


カシャッ。


「――じゃあ、行ってくるよ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この物語は、株式会社ビームス代表取締役の設楽洋社長のインタビューで見かけた


「AIより愛」を、この時代に。


という言葉に感銘を受けて書き始めました。

AIが当たり前になりつつある今だからこそ、人と人、人とAIの間に生まれる「愛」とは何なのか。

そんなことを考えながら、この作品を書いています。


そして個人的には、この物語はゲームという形になっても面白いのではないかと思っています。

セイルや亜依、そしてアイと共に旅をしながら、写真を撮り、世界の真実を探していく。

そんな体験ができたら素敵だな、と想像しています。


少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


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