第194話:召喚
召喚獣。
専用の魔法陣で呼び出し、契約をすることで使う事の出来る存在。
契約出来る存在は多岐にわたり、低級の天使や悪魔モドキなんかとも契約できたケースがあるらしい。
低級と名の付いている通りエンジェルや、悪魔モドキで言えばインプみたいな存在だ。
悪魔の方はモドキであり、悪魔みたいに魔界から呼び出しているのではなく、この世界の魔物の亜種みたいなものだ。
ただ、低級でも呼び出されるということは、その逆もあり得る。
召喚は相性プラス運で決まるが、死亡したケースがあるということは、運が悪く身の丈に合わない魔物が召喚されることもあるのだ。
個人的に強制送還の機能を追加しておけと思うのだが、そんな機能をつけられる位頭の良い人材がいないのだろう。
「――それでは召喚を行っていこうと思います。見学の生徒は教師の命令には必ず従って下さい。召喚を行う生徒は、召喚された魔物を見ても取り乱さず、教科書通りに契約を結んでください」
ついに今日、召喚が行われる。
召喚を行う生徒は全部で二十人位であり、見学に来ている生徒もそれくらいだ。
教師は今司会をしているハロルドを始め、他に四人程控えている。
その内二人は知り合い……アンリとエメリナなのだが、この二人を用意するくらいには召喚は危険と見ているのだろう。
危険なのに態々やるのか分からないが、危険に見合ったモノがあると考えているのだろうか?
とりあえずリディスの番は最後みたいだし、気長に楽しむとしよう。
しかし、リディスが召喚について何も疑問を抱かなくて良かった。
悪魔召喚は今使われている魔法陣を改良したものであり、根本的な概念は同じだ。
そして俺とリディスは一応契約しているので、世界の常識的に見ればもうリディスは契約をすることが出来ないのだ。
ついでに契約すれば俺みたいに紋章が現れるのだが、そもそも契約をしていないし、やり方も知らないのでリディスの肌は白いままだ。
椅子に座って犬っぽい魔物やリスっぽい魔物が現れ、召喚した生徒と契約をしているのを眺めていると、左側から服を引っ張られたので、適当にクッキーを渡しておく。
ついでに右側から刺すような視線が飛んでくるので、右側にもクッキーを渡しておく。
例のバターを使ったクッキーだが、風味が既存のバターとは全く違った。
元は安物よりちょい良いを使っていたが、ルシア印のバターは正に高級品といっていいものだ。
シルクや蜂蜜はまだ誤魔化せる範囲だが、このバターは流石に無理そうなので、安物のバターと混ぜて使っている。
まあ俺やヨルムが食べる分や、特別な時は十割使うがな。
因みに左側にはヨルムが座り、右側にはアーシェリアが座っている。
召喚が行われているのは学園にある訓練場の一つであり、観覧席も完備されているのだ。
「やっぱりこの前より美味しいわね……何か変えたの?」
「いつも使っていたバターが切れてしまったので、代わりの物を使っています」
召喚をしている生徒で、リディス以外で知っているのはマフティーとデメテル。それからシャナトリア位か。
既にシャナトリアとデメテルは召喚を終えており、事故も起きていない。
シャナトリアが召喚したのはフレイムバードと呼ばれる魔物であり、名前の通り火の鳥だ。
上手く使役出来れば役に立つだろう。
デメテルはマジックサーペントと呼ばれる蛇型の魔物だが、アクマ曰くテレパシー能力があるらしい。
言語でやり取りできるのはプラスの点だが、デメテルはあまり納得していない様な感じだった。
理由は、魔物としてのランクが低いせいだろう。
マジックサーペントは魔法が使える大蛇って事なのだが、魔法が使える代わりに毒は無く、牙も鋭くないらしい。
外れではないが、デメテルのプライドが恥だと判断したのだろう。
「おお!」
「へー」
「なんと……」
マフティーの番となり召喚を行ったが、これまでで一番の輝きを魔法陣が放つ。
強力な魔物が召喚される……かと思いきや、なにやら雲行きがおかしくなり始める。
白かった光は禍々しい黒へと反転し、より一層強く光る。
その傍らではデメテルが邪悪に笑い、少しずつ外へと向かっていた。
これはあれだな、嵌められたってやつだな。
「生徒達は避難を開始してください!」
事態に気付いたハロルドが直ぐに避難指示を出し、生徒と一部の教師が誘導のために訓練場から逃げていく。
『どうするの?』
(任せます。私は残りますが)
『えぇ……あれ? これって……』
「アーシェリア様」
「守りなさい」
「逃げていただけませんか?」
「嫌よ。こんな面白いものを見逃すなんて絶対にね。ねっ、クルル」
「逃げましょう。アーシェリア様に何かあれば、当主様に顔向けが出来ません」
「大丈夫よ。この場にはあのSランク冒険者も居るのだし、リディスも逃げないみたいよ」
逃げないのではなく、俺が残ると言ったせいで迷った結果、動けなくなっただけだろう。
これまでよりも召喚にも時間が掛かっているが、何が召喚されるのだろうか?
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ハロルドは魔法陣から感じる威圧感に屈せぬように己を保ち、アンリとエメリナを呼んだ。
ハロルドが逃げるように指示を出した後に残ったのは、ハロルドとアンリ達三人の教師と、召喚を行っているために逃げられないマフティー。
次であり、最後の召喚を行う予定だったリディスと、ハルナ達四人組の計九人。
ハロルドには周りを気にする余裕は無いが、アンリとエメリナは残っているハルナ達を見て呆れてはいるものの、心配はしていなかった。
「アンリ先生。エメリナ先生」
「任せてちょうだい。それより、あなたも逃げた方が良いわよ。専門じゃないでしょ」
「逃げるにしても、生徒を残しては逃げられません。隙を見てマフティーさんを連れていきますので、後はよろしくお願いします」
「そう」
ハロルドの気兼ねにアンリは口角を少しだけ上げ、エメリナに目配りをする。
それだけで意図を察したエメリナは、何が起きてもいいように魔法の準備に入る。
禍々しい光が弱まり、魔法陣の上に黒い繭が現れ、上部から解けていく。
そして――死が訓練場を覆った。
いや、あくまでも感覚的なものであり、実際に死んだわけではない。
しかし召喚者であるマフティーや、見守って居たハロルドは召喚された者に勝てないと姿が見えていないのに理解した。
「これは……」
「不味いかもしれませんね……」
マフティー達程ではないが、アンリとエメリナも冷や汗を流すくらいには危険だと理解し、警戒度をマックスまで引き上げる。
「私を呼ぶだなんて――一体何がしたいのかしら?」
繭から現れたのは、大きな大剣を持った少女だった。
濃厚な死の気配を纏い、呼び出したマフティーを睨み付ける。
見た目こそ人に近いが、あまりにも人とは次元の違う存在だと、否が応にも理解するしかなかった。
「――私はマフティーと申します。名を訪ねてもよろしいでしょうか」
逃げたい。吐きたい。死にたくない。
様々な思いをねじ伏せ、マフティーは生きるために言葉を発する。
召喚の終わった今ならば、マフティーは魔法陣の上から離れることが出来る。
しかし、助け出す気であったハロルドは勿論、アンリ達も下手に動かない方が良いと判断した。
相手はあのレッドアイズスタードラゴンと同等の実力がある。
そう判断したから……。
見た目と強さが一致しないことを理解しているからこその選択であり、後衛職である二人では目の前の相手に不利だからだ。
大剣を持っているという事は接近戦が出来るという事であり、自分達が動く前にマフティーの命を奪われる恐れがある。
機会を待つ。
「名前ね。うーん。どうしようかしら。正直今は気分が良いのよね。何も聞かずに立ち去るなら、今回の事は無かった事にしてあげるわ」
死を幻視する程の殺意を撒き散らしながら機嫌が良いと宣うのにか……。
そう思うマフティーだが、マフティーの中では二つの思いが衝突していた。
一つは目の前の少女の言葉通り何も無かった事にして帰ってもらう。
今も尚手を出してこないのだから信じられる言葉だ。
もう一つはこの少女とどうにかして契約を結ぶ。
これだけ禍々しい存在が何なのか分からないマフティーではないが、目の前の力に魅入られていた。
それは奇しくもリディスと似た感情ではあるが、マフティーの場合は嵌められたとはいえ自分の手で掴もうとしている。
どれだけの悪行なのか理性は理解しているが、感情が目の前の禁忌を欲している。
「……どうか、私と契約を結んでもらえないか?」
その言葉を聞いていたハロルドやアンリは何を馬鹿な事と。今直ぐ帰って貰えと言葉を出そうとするが、少女の発する圧がそれを許さない。
「それは私が誰か分かっていてかしら?」
「――いや、分からない」
「なら冥土の土産名乗ってあげるわ。私は魔界の一国を治める憤怒の魔王であるサタンの一子」
少女は大剣を構え、周りに居る有象無象へ殺意を飛ばしながら見渡す。
この場がどこだかは分からないが、何故呼ばれたのかは少女は理解していた。
少女の力が有れば抗う事も出来たが、とある事があった結果、機嫌のいい少女は抗うことなく召喚に応じたのだ。
そして少女が一体誰なのか理解したアンリとエメリナは、少女が攻撃に移る一瞬の隙を逃さない様に武器である杖を強く握りしめる。
そしてマフティーはやはり駄目だったかと生きるのを諦めかけていた。
可能性は低く、禁忌であったとしても、力が入るのならば……。
「我が名はテ………………えっ、ハルナ?」
少女――テレサの纏っていた異質な雰囲気は四散し、生きるのを諦めていたマフティーは膝から崩れ落ちた。
そして名前を呼ばれた当の本人はテレサが呼ばれて直ぐに、色々と諦めていた。
相手が有象無象の悪魔ならば瞬殺するか、アンリ達に協力して終わりだが、残念ながらテレサはそうもいかない。
テレサ本人というよりはラウネとこれからも付き合う以上、ラウネの恩人であるルシアの娘を殺す事は出来ない。
姿を見せずにテレサを連れ去る手段が無い以上、ハルナには逃げの一手しかないのだが、その場合リディスがどうなるか分からない。
テレサは悪魔であり、悪魔である以上殺人について気にも留めない。
ほぼ間違いなく皆殺しの手段を取る。それと、ハルナはアクマとの約束もあるため、逃げることは出来ない。
そしてハルナはテレサが、自分が居る事を知れば、何もしないだろうという確信があった。
テレサと知り合いだと知られるのは非常にまずく、リディスだけならば良い訳が出来るが、この場には他にも人が居る。
どうにか言い訳を考えるが、テレサがハルナの名を呼んだ瞬間、全員の視線がハルナへと突き刺さった。
驚き方は人それぞれだが、今この場にハルナがタダの平民だと思っている者は誰も居ないのは確かだろう。
更に言えば、テレサはハルナをシルヴィーの部下の天使と思っているため、下手な事をハルナは話す事が出来ない。
だが………………テレサに名を呼ばれてしまった以上反応をしなければならない。
困りに困ったハルナだが、それ以上に困っている者が居た。
そう、リディスだ。
既にテレサは自分がヤバイ悪魔だと名乗り、そのヤバイ悪魔が気さくにハルナの名を呼んだ。
流れ次第では、自分が悪魔召喚を行ったことが知られてしまう。
そして知られてしまえば、リディスは死刑となる。
ギリギリ冷静な表情を保って成り行きを見守っているが、本人は今すぐにゲロを吐きたいくらいには参っていた。
「お久しぶりですね。どうしてこちらに?」
「この前会ったばかりじゃない」
それを言うなとハルナは思うが、何も知らないテレサに空気を読めというのは酷な話だろう。
「召喚に応じたのは暇だったからよ。見るからに貧弱だったし、お父様もこれも経験だろうと送り出してくれたわ」
「そうですか。それでは直ぐにお帰り下さい。此処に居ては何が起こるか分かりませんので」
「それよりも、ここって人界でしょ? なんで天使のハルナが居るのよ」
その情報に口には出さないものの、ヨルム以外の全員が驚く。
無論ハルナのついた嘘なのだが、嘘と言えば面倒になるのは明白であり、だからといって頷けばそれはそれで面倒となる。
「所用ですので気にしないで下さい。それよりも、早く帰らなければ気付かれてしまいますよ?」
「討伐隊位問題なく倒せるわ。それに、あれに頼めばどうにかなるでしょ」
ハルナの事はともかく、神の名前を呼ばない程度の配慮はテレサも出来る。
その配慮を自分にもして欲しいとハルナは思うが、悪いのはテレサに噓をついているハルナなので仕方ない。
「そうですが、あなたの力はここでは強すぎるのと、心配されているのではないですか?」
「ふーん。あなたは私に帰って欲しい訳?」
「はい」
これはハルナだけではなく、ほぼ全員が思っている事だ。
武器をしまったテレサはハルナから視線を外し、目の前で膝を着いている男を見る。
テレサとしては興が削がれたので、帰ってしまって構わないのだが、その場合ハルナとはまた会えなくなってしまう。
折角できた友達と別れるのは嫌だ。
「気が変わったわ。契約してあげる」
ガバっとマフティーは顔を上げ、何を馬鹿な事をとハロルドは言葉を出そうとするが、テレサに睨まれて言葉に詰まる。
「……良いのか」
「良いわ。それと、種族はドラゴンニュートって事にしておきなさい。後は私の方でどうにかするわ」
「あっ、ああ」
テレサが手をマフティーへと翳すと、首に召喚紋が現れる。
人型の召喚獣とは珍しいがゼロではないため、テレサの言ったようにすれば怪しまれる事は無い。
相応の言い訳が必要となるが、この場にテレサに逆らえる様な強者は一人しかいない。
その強者もこれ以上問題が起きていないため、黙ったままである。
「これで良いわね。気が向いたら手伝ってあげるけど、私の気分を害さないように気をつけなさい。それと、私の名前はテレサよ。それじゃあ失礼するわ」
テレサは自分で出した黒い渦の中へと姿を消し、再び訓練場を静寂が包み込む。
テレサはハルナに負けたもののその実力は上位であり、そんな悪魔が召喚されて全員無事なのは偉業とも言える。
ただ……。
「説明を貰えるかしら、ハルナ?」
アーシェリアはニッコリと笑い掛け、ハルナの肩に手を置く。
悪魔が召喚された事や、その悪魔とマフティーが契約した事よりも、最終的にハルナに対するなぞだけが深まる事となった。
ハロルドさせ事後処理をしなければならない立場なのだが、ハルナから目を離す事をしない。
「はい」
諦めたハルナは一度頷き、語り始めた。
因みに本来ならば、テレサが召喚された瞬間に天使がすっ飛んでくるのだが、空気を読んだシルヴィーが気を利かせて結界を張り、天使が来ないようにしていたのだった。




