第193話:錦玉羹の作り方
「あ、戻ったのね。それが残りの材料?」
「はい。そちらも準備は出来ていますか?」
「勿論。それじゃあ早速お願いね」
サタンの城の厨房に戻ってくると、ラウネは俺のメモ通りに食材や器具を用意してくれていた。
さて、今回作るに錦玉羹だが、単純な物なら食材を温めてから冷やすだけなので、簡単に作ることが出来る。
しかし、凝ったものを作ろうとした場合、数時間単位での時間が必要となる。
一種の芸術品みたいなものであり、絵を描くのと錦玉羹を作るのはほぼ一緒だ。
「後でレシピを残しますが、作り方自体は簡単なので見ていてください」
「分かったわ」
絵で言うならばキャンパスを作り、その間に絵筆と絵の具を用意する。
キャンパスとは溶かした寒天であり、色が付かないように砂糖やちょっとした果汁を加えて味を調整する。
絵筆は普通専用の物を使うが、俺には鎖があるので、鎖で代用する。
極細までサイズを調整すれば、筆の代わりとなる。
そして絵具とは着色料だ。
元の世界の物とは厳密には違うが、大体一緒の物らしい。
作り方を絵と一緒だと表現したが、難易度は絵を描くよりも高い。
一度ミスをすれば一から作り直さなければならない。
そんな訳でキャンパスの用意が終わったので、型に流しながら絵具で描いていく。
題材は何でも良かったが、折角なので俺と戦っている時のサタンを描いて見る事にした。
ヴィンレットとの戦いが不完全燃焼だったせいか、サタンの事が頭から離れなかったからだ。
ついでに言えば、ラウネにも受けが良いだろうと思ったからだ。
ラウネ自身はルシアを慕っているようだが、生憎俺はそこまでルシアの事を知っているわけではない。
畜産が趣味の一種なのは知っているが、その程度だ。
ちまちまと寒天の層を重ねていき、最後にしっかりと冷やす。
「出来上がったのがこちらになります」
「……凄いけど、これって食べて大丈夫なの?」
「本人もいませんし、味の保証はします」
「いやね、分かるよ? 分かるけど、せめてもう少し手心というか……えっ、切り分けるの?」
「はい」
型から取り出したサタン……じゃなくて錦玉羹を食べやすいサイズに切り分けてライネへ差し出す。
今回描いたのはサタンの最後の、一太刀だ。
シルヴィーに止められてしまったが、生死を賭けた一撃とは美しいものだ。
錦玉羹に描くにあたりデフォルメしたが、見れば分かる程度の仕上がりである。
まあそんなサタンを輪切りにしてライネへ食べさせているわけだが。
「うーん。普通に美味しいけど、なんかこう、驚く程ではないわね……」
「特別なものは何も使っていませんからね。見ての通り、舌よりも目で楽しむデザートです」
「見た目は本当に凄いけど……もっと見惚れる様なものを作れないの? 流石にサタンさまは……ねぇ?」
そう言いながらもラウネはパクパクとサタンを美味しそうに食べる。
これでもデザイナーもやっていたのでそれなりの絵心はあるつもりだが、カッコいい系はパッと思いつくのだが、女性が喜びそうなモノは直ぐに思いつかない。
いかせんここ一年位は血腥い環境にずっと居たせいで、感性がバカになってしまっているのだ。
さて…………適当に紫陽花を作ってみるか。
作って終わりではなく、最後にカットをしなければならないが、サタンよりは簡単に作れる。
「そうですね。違うのを作るので少し待っていて下さい」
「分かったわ」
パパっと溶かして先程とは違う型に流し込み、色付けをしてから裏技で一気に冷やす。
そして型から取り出した後、ドーム状に整えてから角を作るようにカットしていく。
「こんなのでいかがでしょうか?」
「そうそう! こういうのよ! なんで最初にあんなのを作ったのよ……」
「気分的にそんな気分でしたので。例の物はそこに置かれた箱の中ですか?」
「そうよ。纏めておいたから適当に持って帰って良いわ。あっ、そう言えばテレサさまが探していたわよ。良かったら帰る前に会って行ってくれないかしら?」
お漏らしテレサか……そういえば剣を作ってやってから一度も確認していなかったな。
あれも素材が素材なため、しっかりと使えればかなり強力な武器となる。
……まあ神の使徒の素材を使って作った武器なので、魔王の娘が使う武器としてはどうなのかと今更ながら思うが、面影も無いし大丈夫だろう。
「そうですね。帰る前に一度会いに行ってきます」
「ありがとうね。また何か良い食材を探しておくわ」
「今度はメインで使えるものをお願いします」
シルク。蜂蜜。バター。どれも使い勝手は良いが、メインの料理を作ることは出来ない。
肉類や野菜類も出来れば欲しい。
「メインね……何か考えておくわ」
サタンを全て食べたラウネは、紫陽花を食べながら返事をした。
文句を言っておきながらこれなのだから恐れ入る。
厨房を後にした後は、アクマの案内で私室を目指す。
歩きながら窓の外を見ると、訓練場で兵士たちが訓練をしている。
見る限りヴァニタスに勝てそうなのは……一人位か。
訓練をしているのはおそらく一般兵だが、指示を出している兵士はかなり強そうだな。
今度ちょっかいを掛けてみるとしよう。
そんな光景を見ながら、広い城を歩き続けテレサの私室までやって来た。
「誰かしら?」
扉を叩くと、テレサの声が返って来た。
居るのはアクマの探知で分かっていたが、昔居留守を使われた事があったので、少し安心した。
さて、なんて声を掛けるか……適当で良いか。メイドの姿だけどメイドじゃないし。
「私です」
そう答えると、中から何かが倒れた様な音がした。
しばらくガタガタと色々な音がした後、ゆっくりと扉が開かれた。
「ひ、久しぶりね。今日はどうかしたのかしら?」
「ラウネさんに用がありまして。その後にテレサさんが会いたいとの事で来ました」
「そう……お茶を入れるから、中に入って。時間はあるかしら?」
「はい」
部屋に入ってソファーに座っていると、テレサが紅茶を用意し、お菓子と一緒にテーブルに置く。
そう言えば、もう此処には来ないとか言っていたな。
ああ、だからあんなに驚いたという事か。
俺も来る気は無かったが、魔界の食は良い物ばかりであり、倫理や世界観的にも俺の元の世界に似ているので、結構馴染んでいる。
一般人だった頃はたまにある魔物の襲撃以外は平和な物だったが、魔法少女になってからは血腥い日々しか送っていない。
休むためにこの世界へ来ている訳だが、十年もあれば流石にリセットされるだろう。
「剣の使い心地はどうですか?」
「とても良いわ。お父様も腕を認めてくれるくらいにはね。剣については少し嫌がっていたけれど」
クスクスと笑うが、まあサタンがそう思うのも仕方ない。
倒して手に入れた素材で作ったとかならまだしも、敵の知り合いが持って来た武器を娘が使っているのだ。
親として複雑な心境だろうな。
「それは良かったです。サタン様はお元気で?」
「元気よ。最近はいつも朝から訓練をしているわ。確か今日はアスモデウス様の所に出掛けているわ」
なんだ城には居ないのか。
帰る前に軽く手合わせをとも思ったが、いないなら仕方ない。
フユネで剣を使ったせいか、戻ってからレイティブアークがいじけてしまっている。
これだから意思のある武器は面倒くさいが、武器としての性能は破格だ。
問題があるとすれば俺の身体が剣士には向いてないって事だろう。
まあダンジョンに行く時位は装備してやろう。
早々使う事はないだろうが、鎖だけでは流石に怒られてしまうだろうからな。
「アスモデウス様ですか。会った事は無いですが、どんな方ですか?」
「うーん。私も一度しかないけど、自意識過剰なお母様って感じかしら? 嫌な感じではないけど、少し大変だったわ」
「なるほど。賑やかな方みたいですね。私ともあまり合わなさそうです」
「悪い人ではないのよ。なんなら血も繋がっているし、良くして貰っているわ。けど、なんであんなにちがうのかしら?」
苦々しい表情をテレサはし、それから肩を竦める。
どの世界にも突然変異は居るので、同じ種族でも陰と陽みたいに正反対な事も起こり得る。
とりあえずアスモデウスの所には、行くにしても最後になりそうだな。
俺も陽キャは苦手だし。
それからしばらくテレサと適当に会話をして、夕飯の準備の為に寂しそうにするテレサを無視してリディスの居る屋敷へと帰る。
良質なバターを手に入れたことだし、何を作ったものか……。




