第192話:死鳳鳥の卵
「さて、こちらの紙に書かれている物を用意できますか?」
かえでとペットのさくらについては一旦おいておき、メモをメーテルに渡す。
今回買うものは食品用の色素。ようは着色料だ。
これがなければ、錦玉羹はただの甘い寒天と同じだ。
「……これでしたら直ぐに用意出来ますね。因みにですが魔石は?」
「今回は持ってきてないですね。お金も残っていますし」
「そうですが……依頼をするので、取ってきて貰ったり……なんて出来ますか?」
京都弁ではなくなったものの、言い回しが妙に気になるが……依頼か……。
ライネに伝えた三時間だが、時間的にはかなりの余裕がある。
転移をしているせいだが、厨房を出てから三十分も経っていない。
特に断る理由も無いが……。
「構いませんが、弱い相手の場合は断らせて頂きます」
「大丈夫よ。本当は数が欲しいのだけど、今回依頼したいのは私の部下では倒せなかった悪魔よ。名前はヴァニタス。とある悪魔が変異した存在よ。詳細はこれを見てちょうだい」
メーテルが指を鳴らすと、資料を持った店員が部屋に入って来て、資料を置いて下がる。
テーブルに置かれた資料を軽く流し読みすると、どうやらヴァニタスは既に数十人メーテルの部下を殺し、他にも冒険者や騎士なども殺している様だ。
魔界風で表すならば魔王クラスではないが、四天王に近い強さがあるようだ。
街や都市の近くに現れたならば直ぐに討伐対象となるが、生憎目撃されている場所は山奥となる。
メーテルとしては、国が動く前に手に入れたいってところか。
資料に書かれているヴァニタスの姿は、闇を纏った様な姿であり、見た目は人型の影みたいになっている。
近接と遠距離のどちらも出来るのと、素早さもあるせいか、殿なしでの撤退は不可能。
「……どうです? 倒す事は出来そうですか?」
「おそらくは倒せるかと。詳しい場所の地図はありますか?」
「地図を見せる前に、契約を先にしても?」
「構いません」
アクマに探して貰うにしても、大体の位置が分かってからの方が早く発見できるし、地図の価値を考えれば、見る前に契約を先にしろと言われるのは当たり前なので問題無い。
契約の内容はこの依頼について他言しない事と、魔石については適正価格の二割増しでの買い取り。
それから俺についての情報を、メーテル側は一切漏らさない。
つまり、終わった後はお互いに知らぬ存ぜぬを貫こうって事だ。
俺としては一向に構わないので、サインしてから地図を貰った。
まあ見たところで俺にはサッパリなので、アクマに任せるだけなのだが。
(大丈夫か?)
『勿論さ。後は転移してから一番魔力の高い反応を捉えれば良いだけさ』
(なら良かった)
「……地図は良いの?」
「覚えたので問題ありません。距離も……手がありますので。一時間以内に戻ってきますので、準備しておいてくださいね。それでは」
資料と地図をメーテルに返し、飛びついて来たさくらを鎖でかえでに打ち返して万事屋を出る。
結局戦う事になったわけだが、どう戦うか……。
強いと言ってもヨルムやクシナヘナスよりは下であり、倒す事自体はとても簡単だ。
(殺るか?)
『譲ってくれるのはありがたいけど、人以外だとねぇ。あまり高まらないのよ』
(一応人型だし、資料を見た限りは人と大差ないさ。別に嫌なら構わないが)
そこまでストレスが溜まっていないせいか、フユネの反応は芳しくない。
感覚で言えば、冬のこたつから出たくない位の反応だ。
『殺らないとは言ってないわ。貰えるものは貰う主義なの』
(分かった。アクマ)
『はいはい。転移するよー』
人気の無い道に入ると同時に、街から森の中に移動する。
『うーん。真っ直ぐ南東に進めば出会えそうだね。動きもないみたいだよ』
(了解)
ヴァニタスの位置も分かったので、フユネを解放する。
「……重いな」
この状態ではアルカナであるアクマ達と会話が出来ないので、独り言が出てしまった。
前回魔界に来た時と違い、意識は持っていかれていないものの、身体が重く感じる。
ただの魔物とは違い悪魔は一応ストレス発散にはなるが、フユネが憎悪を向けるべき相手ではないため、殺せるなら殺せば良いや程度の感覚だ。
まあこの状態でもしっかりと殺意は高ぶっているし、身体が重いと言っても動く事に支障はない。
森の中をそのまま歩くのは面倒なため、障壁を足場にして空を歩く。
しばらくすると森が途切れて大きく開けた荒地が広がり始め、その荒地の真ん中には黒い影が見えた。
動いていないようだが、死んでいる訳ではないのだろう。
自分から積極的に動くのではなく、待ち伏せ型か。
二本の剣を持ち、荒野へと降りると――目の前に黒い影が腕を振り上げていた。
速い……って訳ではないな。ただ速いだけならば俺が見逃すはずもないので、魔法で移動しているのだろう。
魔女みたいに時間を止めるなんてチートは出来ないだろうし、空間に魔法による揺らぎも無いのを見るに、影を伝っての移動か。
これでは逃げたくても逃げられないだろう。
振り下ろされた腕を弾き、蹴って吹き飛ばすが、地面へと衝突するとそのまま消えた。
瞬きすらする間もなく後ろにヴァニタスが現れ、魔法を放たれたので障壁で防ぐ。
「厄介ですが、威力が今一ですわね」
自分が出した障壁ごとヴァニタスの魔法を斬撃で吹き飛ばす。
「断空・ホークスラッシュ」
ヴァニタスが影に触れると面倒なので、吹き飛ばされている間に無数の斬撃を飛ばして細切れにする。
防御力も薄く、斬られても再生しようとするが、それよりも俺の斬撃で削られる割合の方が早い。
最後は頭と胴体だけになり、地上に触れる前に近付き、真っ二つにすると魔石だけが残された。
多少強いと言えば強いが、並を越える程では無かったな。
比べる相手が悪いかもしれないが、サタンの方が数倍戦っていた楽しかった。
せめてヴァニタスにもっと知性があれば別だったかもしれないが、駆け引きも無い力の押し付け合いでは、戦いというよりはタダの駆除にしかならない。
(どうだった?)
『四十点位かしらね。獣は所詮獣ってことね。微妙だったし、私は寝るわ』
フユネが解け、メイド服に戻る。
『あっ、終わってるね。どうだった?』
(弱くは無かったが、ただの獣だったな。さっさと帰ろう)
鎖で魔石を拾い上げ、軽く眺める。
魔界ではこれまでで一番大きいが、どうせ売り払うので興味はないが、このくらいの悪魔でこの大きさならば、サタンとかはどれくらいの大きさになるのだろうか?
『ふーん。了解』
また街に戻ってきて、そのまま万事屋に真っ直ぐ向かう。
持っているものが持っているものなので周りがざわつくが、無視して通り過ぎる。
金ならばかえでみたいなスリが寄ってくる可能性があるが、これだけの魔石を盗めば直ぐにばれるので、スリは寄って来ない。
万事屋に着いて二階に上がり、驚いて固まっている店員を素通りしてメーテルの待つ部屋に入る。
「……早かったですね。それがあれの魔石ですか?」
「ヒッ!」
「はい。中々面白い魔法を使っていましたが、耐久力はほとんどなかったみたいです。おかげで早く帰って来られました」
テーブルの上に魔石を置くと、流石のメーテルもしばし固まり、お茶を持ってきたかえではお茶をひっくり返したので、零れる前に鎖で助けておく。
「思っていたよりも見事ですが……本当に契約通りで良いのですか?」
「私の労力はそこまで無かったので問題ありません。もしも恩に着て頂けたなら、何か珍しい食材も追加で準備して頂ければ」
「食材?」
「はい。趣味で料理をしているのですが、それに伴って珍しい食材を探しているのです。物次第では、また魔石や討伐の依頼を受けるかも知れませんね」
消化不良とはいえ、ヴァニタスは他に比べれば強い部類であった。
ああいった悪魔のと戦えるなら、メーテルの依頼を受けるのも悪くない。
メーテルはしばらく悩み、それから一言告げてから席を外した。
「これなんていかがでしょうか?」
「これは……卵ですか」
「はい。死鳳鳥の卵となります。味は勿論の事滑らかさも極上のものとなっています。大きさも見ての通りですので、使い方は色々とあるかと」
メーテルが持ってきた大きな箱の中には、本やゲーム位でしかお目に掛かれない大きな卵が入っていた。
俺の顔よりもでかいな……。
鶏の卵何個分あるんだろうか?
「見事ですね。いくつありますか?」
「これを含めて三つですね。一個は報酬として、残り二個は魔石の売値から天引きでどうでしょうか?」
三つか……一つは味見用に使うとして、味が良ければ来週のクシナヘナス達とのお茶会で使うのもあるな。
残りの一つは予備として取っておけばいい。
「それでお願いします」
「分かりました。かえで、用意しておいたものと一緒に持ってきなさい」
「承知しました」
さくらと一緒に部屋を出て行ったかえでは、卵を二個と頼んでおいた着色料を数往復して持ってきた。
結構重いと思うが、人よりも悪魔の方が多分肉体的に強いので問題無いのか。
多分前の状態の俺なら、この死鳳鳥の卵を持つことは出来なかっただろうな。
元が死体であり、修正力のせいとはいえ、筋力が糞雑魚過ぎだった。
かえでが準備をしている間、メーテルは魔石の鑑定と清算をして来るとの事でまた席を外し、かえでが用意した物はアイテムボックスへと放り込んだ。
無論かえでとさくらには黙っているようにと脅した。
そして戻って来たメーテルが眉を顰めるも、さっさと金を貰い、今度はリーネ達にも会いに来ると言ってから万事屋を出る。
良い暇潰しになったし、ラウネの所に戻るとしよう。




