第164話:生産性の弊害
「……全員居ますね。それでは出発しますので、馬車に乗り込んで下さい」
軽く本を読んでから仮眠を取り、時間になったので馬車まで戻って来た。
「な、なんとか間に合ったぁ……」
俺の隣では足をガクガクと震わせているストロノフが居るが、ギリギリ……普通に向かっていたら間に合っていなかった事情のせいである。
軽く本を読みながら時間を潰す予定だったのだが、あまりにも良い陽気だったせいで、寝落ちしてしまったのだ。
これが俺だけならばまだ良かったのだが、ストロノフも一緒になって寝てしまったため、工場から響いてきた午後の始業の音で目が覚めた。
アクマに起すように頼んでおけば良かったのだが、ガチ寝落ちだったため後の祭りだった。
言わなければやらないのがアクマであり、他二名は我関せずだ。
今にも泣きだしそうなストロノフを鎖で簀巻きにし、鎖で自分を飛ばしたのが二分前の事である。
ストロノフがいなければ転移でこっそり戻って来ていただろうが、まあちょっとしたお遊びも出来たので良しとしよう。
おかげで一部の人間以外には、文字通り飛んできたことがバレていない。
ついでにストロノフがテレサの様に漏らさなくて良かった。
「ギリギリだったわね。最後のあれってまた新しい魔法?」
「一応既存の魔法の改良版ですね」
馬車へと乗りながら、アンリとこっそりと話す。
今回使用した魔法は、いつもの鎖の魔法と光学迷彩の魔法となる。
光を屈折させ、自分の姿を周りの風景と同化させる。
色々と制約があり、アンリの様な実力のある魔法使いにはバレてしまうので、戦いでは使用できないものの、一発芸としては使える魔法だ。
「ふーん…………もしかして、中級魔法のライトカーテン?」
「そうです。元は防御用の魔法ですが、光を曲げる事だけに特化させ、姿を見えない様にした感じですね」
足を震わせて馬車へ乗り込めないストロノフを鎖で釣り上げ、アンリの隣に座らせる。
「なるほど。そんな使い方も出来るのね」
「アンリさんがリリアさんとの戦いに使用した魔法を見て、構想を得ました。室内では効力が下がるのと、感知しようとすれば感知出来てしまうので、簿妙な所ですけどね」
七割位嘘だが、戦いで使用する意味は全くない魔法だ。
格下相手ならば使い道はあるかもしれないが、こんな魔法を使う位ならば、範囲魔法で一網打尽にした方が、効率が良い。
何より、こんな魔法の癖に結構魔力消費が大きいのだ。
鎖よりはマシだが、俺だけの魔力量なら一時間が限度ってところだ。
「ふ、ふぅ……やっと落ち着いてきました。本当に怖かったぁ……」
「……突然現れたけど、どうやって来たの?」
震えがようやく取れたストロフを、アンリは不憫そうに見てから俺に振り向く。
「これで飛んできました」
袖から鎖をアンリへと見せる。
飛ぶ……まあ跳ぶと表した方が近いが、パチンコの要領で自分を射出し、空中で数度加速させたのだ。
最後は舗装されていない地面へと鎖を突き刺し、上手く衝撃を殺して着地した。
高速の世界に慣れている俺とは違い、馬車よりも速いものを知らないストロフは、案の定の結果となったのだ。
「本当に便利よね。エメリナは常識的では無いっていってたけど、私も練習してみようかしら」
「概念自体は闇と光ならば同じですからね。覚える事だけならば可能かと」
エメリナの評価が少々気になるが、聞かなかったことにしよう。
さて、結局ほとんど読む事が出来なかったし、今の内に読み進めておくとしよう。
……そう言えばシャナトリア達が妙に静かだと思ったら、完全にグロッキー状態だな。
昼飯を食べ過ぎたのだろうか?
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次の都市までは三十分程で着き、再び馬車から降りた後は工場へと案内された。
製粉工場の時と同じ様に、一人の男が入り口で待っており、製粉工場の時とは違い神経質そうだ。
「本日は宜しくお願いします」
「いえいえ、私共としても、学園の方にお越し頂くのを楽しみにしていたので、そう硬くならないで下さい」
メーテルとはまた違った嫌な感じの笑みだが、まあ学園が選んでいるのだし安心……は出来ない奴だな。色々と派閥やラ叛乱やらある訳だし。
……ふむ、よく見ると耳が少し長いな。
ストロフやリリアみたいにあからさまではないが、おそらくハーフエルフなのだろう。
「みなさんこんにちは。私はエルサルと申します。見ての通りハーフエルフですが、この会社を経営させて頂いてます。まあ、あまり大きなものではないですがね」
確かにあの製粉工場に比べれば、目の前の建物はこぢんまりとしている。
保管用の倉庫らしき物も見えないし、荷馬車の数も多くなさそうだ。
「午前中は他社を見学してきたと思いますが、おそらく大きな工場を見てきた事でしょう。知っている方は多いと思いますが、都市により役割が存在しており、作物等を育て加工する一次産業を主に担っていたのが、皆さんが見て来た都市です。この都市はその加工された物を更に加工したり、ちょっとした再加工を行っています」
俺達が見てきたは製粉工場はパンも作っていたが、あくまでも大まかな分担であり、それ以外をしてはならないなんて事はない。
レストランや雑貨店などもあったらしいし。
ギルドは無いものの、一応騎士団の詰所が衛星都市にも配備されてるとか。
「さて、長話もつまらないでしょうから、中にご案内しましょう。少し刺激が強いと思うので、体調が悪くなった方は申し出て下さい」
まるで脅すような言葉をその顔で言われると、中々インパクトがあるな。
怯えている生徒もいるので、この世界の人にとってもこの顔は怖いらしい。
そのまま後に続いて建物の中に入ると、中は薄暗く何とも言えない匂いが漂っている。
まるで研究室の様な内装になっており、中々良い雰囲気だ。
ふと隣に居るストロノフを見ると、特に怖がるとか、臭いに嫌顔をしたりしていない。
……なるほど、ここで何を作っているのか、おおよその見当がついた。
「結構臭いがするでしょう? これでも換気や消臭には気を付けているんですが、完全に消す事も出来ないのですみません。それでは、何を作っているのかお見せしましょう」
通路を進み、エルサルは大きな扉を開ける。
そこでは何かの抽出作業や、香草と思われるものを炒っていたりと、見るからに匂いが出そうな作業をしている。
一応各作業ごとに区切られてはいるが、これらの匂いが混ざってこんな臭いになっているのだろう。
「ここでは主に香辛料や、香水等を作っています。単体の物や、混ぜ合わせた物。それから精製方法を変えた物。どちらかと言えば研究がメインとなっていますが、それなりの生産量となっています」
なるほど。大量生産をするための場所ではなく、より良い製品を作るための研究所って事か。
それならば、この程度の大きさの建物の理由も分かる。
ここで研究をした製品が、他の所で大量生産されるって流れなのだろう。
生産性の向上という意味では良い会社だが……これだけ王都の近くで完結していると、領地持ち貴族との摩擦が凄そうだ。
だからこそ、騎士団から人を送り込んでいるのだろうが、王族に改善する気はそこまでないのだろう。
反旗を翻されたとしても、どうにかなる。
そう慢心しているのだろう。
叛乱の賛同者なんて基本的に数を揃えられないのが普通だろうが、鬱憤が溜まっていれば忠誠心なんて簡単に崩れ去る。
まあそんな事はおいといて、この会社がある意味王国の飯が不味い元凶の一つだろう。
「ここで作られたものの一部は学園にも卸しており、皆さんの食事に使われています。香辛料を作るのはとても繊細な作業となっていまして、基礎となる調合では一グラム以内の誤差に抑えなければなりません。見ての通り大変な仕事ですが、王国の為になる仕事と言えるでしょう」
この仕事も電子天秤ないし、電子はかりがあればかなり楽になるのだろうが、技術的に神から駄目と言われそうだな。
仕事の効率化だけで済めば良いが、数字が扱いやすくなればそれだけで科学も進歩していくものだ。
仮に火薬なんて代物が開発されてしまえば、そこからはとんとん拍子で世界が破滅へと向かって行くだろう。
作っている物が物のため、ここでは直営販売をしていないらしく、三十分程で会社の説明が終わり、自由時間となる。
製粉工場に比べるとかなりあっさりとした感じだったが、今回の目的は王国かどんな感じなのかを知る事なので、こんな物でも良いのだろう。
知識については学園で学べるし、一度行った事がある所というのは、案外足を運びやすくなる。
貴族の子息達がどう思っているか分からないが、休日に見て回ってみようという気持ちに、なったりしているかもしれない。




