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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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閑話 メラニーのデート(前編・メラニー視点)

 休日で賑わう王都ゾネンヴァーゲンの町(なか)、オペラハウスから二人の男女が他の観客に交じって出てくるところだった。

 亜麻色の髪にシャープな顔立ちの男性は背が高く、がっしりとした体格を燕尾服とその下に着たウェストコートに包んでいる。

 ディートシウスの護衛隊長、クラウス・フォン・ナウマンだ。


 クラウスにエスコートされている、ローブデコルテを着たチェリーブラウンの髪に琥珀色の瞳の少女、メラニー・フォン・ヴィンクラーは先ほど観たオペラの感想を彼と語り合いながら歩く。


「ポーツァルの歌声は、やはり素晴らしいですね。クライマックスでは胸の奥底が揺さぶられるようでした」

「ええ、わたしも同感です。それにしても、メラニーさんの感想は詩的でいいですね。わたしは感想を言っても味気ないと言われることが多いので、羨ましいです」

「ええ!? そうですか? どうしてでしょう……あ! もしかして、お嬢さまと観劇をご一緒したときに、感想を述べるからかもしれません。もっとも、わたしはお嬢さまほど演劇には詳しくないので、子どもみたいな感想ばかりですけれど」


 クラウスは少し笑った。


「そんなことはありませんよ。芸術に対する感想は、その人の飾らない一面ですから」


 彼が時折見せる何気ない笑顔。メラニーは興奮で頭が爆発しそうになった。


(いやー! 好きー!!)


 心の中で絶叫したところで、メラニーはハッとする。


(ダメよ! 大人なクラウスさまにふさわしいのは淑女よ淑女。子どもっぽい女だと思われないようにしないと)


 現在、メラニーはクラウスと「歳の離れた友人」として付き合いを続けている。二人とも音楽好きなので、こうしてオペラを観たり、演奏会に行ったり、食事やお茶をしたり、と二、三週間に一度は一緒にどこかに出掛けるといった現状だ。


 しかも、今のメラニーはカルリアナ付の侍女としてシュテルンバール公爵邸で起居しているので、ほぼ毎日クラウスと会える。はっきりいって、毎日が幸せだ。


 幸せなのだが、悩みもある。

 彼との関係が、なかなか進展しないことだ。


(お嬢さまはディートシウス殿下から熱烈なアプローチをお受けになって婚約に至ったのに……確かにわたしには、お嬢さまほどの魅力はないけど……)


 もんもんとしながら、メラニーはクラウスとともに彼が予約しておいてくれたレストランに入った。


(こうしてレストランに入ると、初めてクラウスさまとお話ししたときのことを思い出すなあ……)


 あのときの自分は、まだ少しディートシウスに警戒心を抱いていたので、その護衛隊長であるクラウスにもつい構えてしまっていた。そんな自分を、クラウスは「間接的にしろ、殿下と接するとなると何かと大変でしょう?」と気遣ってくれたのだ。


 しかも、お互いに音楽鑑賞が趣味だと知って話が盛り上がった(クラウスは淡々としていたが)。クラウスがチェロを弾けると知り、「ぜひ聴きたいです!」と勢いのままに言ってしまったことも、今では懐かしい思い出だ。


 カルリアナのとりなしでこうして二人で会うことになって、デート(?)には行くようになったけれど、本当に進展がない。


(もしかして、クラウスさまは女性に興味がないとか……え、だとすれば誰がお好きなのかしら……まさか、ディートシウス殿下!?)


〝ないない〟と思いながら席に着き、メニューを眺める。クラウスとともにウェイターに注文を伝えると、食前酒と炭酸水が運ばれてきた。メラニーは炭酸水、クラウスは食前酒のグラスを手に、会話を始める。


「先日、ディートシウス殿下が、『俺ってカルリアナに叱られるのが好きみたいなんだよね。快感が走るっていうか……』とわたしにいらぬ告白をしてきましたよ。アレな方に好かれた伯爵も大変だ、と心から同情しました。メラニーさんも殿下のことでお困りのことがあれば、遠慮なくおっしゃってください。できるだけ善処します」


 クラウスがこちらを気遣ってくれているのがわかり、メラニーは黄色い声を上げたくなった。


(本当にクラウスさまは素敵……け、結婚するなら、クラウスさま以外考えられないくらい)


 クラウスは今現在、結婚を考えているのだろうか。いったん考え始めると、どうしても気になってしまう。メラニーは悩んだ末に水を向けることにした。


「そういえば、シュノッル准将のご婚約者とはお会いになりましたか?」


 ゲーアハルトは家族に恋人との交際が認められたあと、順調に両家の顔合わせをし、すでに婚約を済ませたということだった。

 カルリアナとディートシウスが介入してからはトントン拍子に話が進んだため、準備が必要な婚約式は数か月後に行われるそうだが、それも友人知己を招いてのささやかなものになる予定らしい。


(羨ましいなあ……)


 フィロメーラはエーフィを連れて何度かシュテルンバール公爵邸を訪れたことがあるものの、メラニーはあくまで侍女なのできちんと話したことはない。

 それでも、苦難の結婚生活と離婚を経て、誰もが認める素晴らしい相手と相思相愛の末に結婚するのだ。同じ女性として羨望に値する。


 クラウスはうなずく。


「ええ、紹介していただきました。誠実そうな方で何よりです。お子さんも可愛らしいお嬢さんで、准将もすっかり父親の顔をしていましたね」


 そこまで話すと、クラウスはいったん口を閉じた。食前酒を一口飲んでから問う。


「……やはりこういう話題は、女性として気になりますか?」

(こういうときは、はっきり意思表示しないと!)


 メラニーは首を縦に振る。


「は、はい。お嬢さまもご婚約中ですし、わたしもいずれ……」

「そうですか。そうでしょうね」


 クラウスはそう言ったきり、黙り込んでしまった。


(話していた内容が内容だけに、ものすごく気まずい……)


 メラニーはこの気まずい沈黙を打破しようと、脳をフル稼働させて話題を探した。


「あ! そういえば、ずっと不思議に思っていたことがあるのです! クラウスさまは、どうしてディートシウス殿下の護衛隊長をなさっているのですか? こういうことを申し上げるのはどうかと思うのですが……クラウスさまは殿下が少し苦手でいらっしゃるようなので……異動願いを出そうとは思われなかったのですか?」


 クラウスは顎に手を当て、考え込んだ。


「そうですね……殿下とは進路がたまたま同じで、入隊したあとも腐れ縁のように思っていましたが、それが変わったのがクリューゲとの戦争でした」

「あ……あの戦争が終わってから、もう二年もたつのですね。父も補給のためではありましたが、出征したので当時をよく覚えています」

「そうだったのですね。都市部は戦場にならずに済みましたが、開戦当初のクリューゲの勢いはすさまじく……わたしは前線に送られたので常に死を覚悟していました」


 しばらく海戦にはならないと聞いていたから、海軍軍人の父を持つメラニーは幾分か気が楽だったが、当時のクラウスはそれほど大変な状況に置かれていたのだ。申し訳なさでメラニーの胸はきゅっと締めつけられた。


 クラウスは続ける。


「当時、ディートシウス殿下はまだ中将で、少佐だったシュノッル准将とともに後方に回されていました。なぜだかわかりますか?」

「……王弟殿下だからですか?」

「それもありますが、殿下は当時の上官に当たる陸軍総司令官に嫌われていたのですよ。まあ、扱いにくい王族であるうえにあの性格ですから、仕方ありません。殿下が後方でくすぶっている間に、戦況は日増しに悪くなり……総司令官は戦死。その日、わたしは『本当に死ぬのだな。国も守れず、今までの人生はなんだったのだろう』とある意味ではのんきなことを考えていました。敵と戦いながら、よくいう走馬灯のように」


 メラニーはぎゅっとグラスのステムを握りながら、話に耳を傾けていた。


「ですが、奇跡が起きました。ディートシウス殿下がシュノッル准将の幻神げんしんの背に乗って現れたのです。もちろん、幻神は複数いたうえ巨大で、できるだけ多くの将兵が乗っていました。他にも、大量の人員を転移できる幻神もいたようでしてね。心ならずも温存されていた殿下の部隊は、幻神たちとともにクリューゲ軍を押し返し……形勢はその日を境に逆転しました。国王陛下の勅令により陸軍総司令官代理を務めた殿下によって、クリューゲの侵略は終わりました。わたしはその日、正真正銘の【軍神】を目の当たりにしたのです」


 絶望的な状況の中、ディートシウスの部隊に助けられたクラウスと兵たちの歓喜が目に浮かぶようで、メラニーの胸は熱くなった。


 クラウスはグラスに口をつけ、静かに言った。


「わたしは戦争を経験して、軍人などという職業はなければそれに越したことはない、と思うようになりましたし、それは今でも変わりません。ですが、戦場でわたしを見つけて駆け寄ってきてくださった殿下を見て、思ったのです。『わたしの命は殿下によって救われた。ならば、残りの人生をこの方のために使おう』と。それが、わたしが殿下にお仕えする理由です」

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