閑話 メラニーのデート(中編・メラニー視点)
語り終えたクラウスは、珍しく少し焦ったような顔をした。
「すみません。わたしばかり長々と話してしまって」
メラニーは首を横に振る。
「いいえ。わたし、お話を聞いてクラウスさまのことが前よりよくわかったような気がします。そんなに大切なお話をわたしにしてくださって、ありがとうございます」
「そうですか……それはよかった。まあ、国を救った英雄であり【軍神】であるとはいっても、普段はあのふざけ具合ですから。正直、殿下のああいう軽薄なところは今でも好きになれません」
そう言いながらも、クラウスは変わらずディートシウスに忠誠を尽くしている。
(きっとクラウスさまも、わたしがお嬢さまを想うのと同じくらい……いえ、それ以上に殿下のことを大切に思っていらっしゃるのだわ)
そう思うと、不思議と胸が温かくなった。
運ばれてきた前菜を食べながら、メラニーは思った。
(決めた! 今日中にクラウスさまに告白しよう)
さすがにプロポーズはまだできないが、こちらが真剣であることも伝えなければ。
メインディッシュの子牛のカツレツ、シュニッツェルを食べ終え、デザートの完食を前にしながら、メラニーは勇気を総動員した。
「あのっ、クラウスさま」
「はい?」
クラウスが首を傾けた瞬間、轟音が耳をつんざいた。客たちがざわめき始める。
強盗が現れた、とかならともかく、下手に動くのは余計に危ないので、メラニーは素早くデザートを食べ終えた。もちろん、一世一代の告白を中断させられたことはとても悔しい。
窓外の様子を見ていたクラウスが険しい顔で、「先ほどの轟音……爆発でしょうか。どうやら外で何かが起きているのは間違いないようです」と言う。
確かに、闇に包まれ、魔道灯に照らされた窓の外では、多くの人々が逃げ惑っている。クラウスが席を立った。
「わたしが様子を見てきます。メラニーさんはここで待っていてください」
メラニーは即答する。
「いいえ! わたしも一緒に参ります。こう見えても、腕力には自信がありますので」
クラウスはしばらく考え込んでいたが、ため息をついた。
「……仕方ありませんね。ですが、くれぐれもわたしから離れないように」
(「わたしから離れないように!」)
クラウスの言葉を反芻しながら、メラニーは会計を支払うクラウスの後について店の外に出た。
クラウスはいつも「楽しませていただいたのはこちらですから」と言っておごってくれる。
あまりにスマートすぎて断るのも気が引けるので、メラニーはおごってもらう代わりに、あとで何かしらの贈り物をするようにしている。そうすれば、彼と話す貴重な機会にもなるし。
「ありがとうございます! 今回もおいしかったです!」
元気よくお礼を言いながら、クラウスの隣を歩く。彼は「いえ、お構いなく」と軽くうなずきながらも、辺りを見回している。大通りを挟んでレストランの向かいにある銀行から黒煙が立ち上り、建物の一階が大きく破壊されていた。
「爆発だって!」
「魔法か?」
「わからない。魔道具かもしれないって」
「泣いてないで避難しよう!」
周囲は騒然としている。多くの人々は一方向に移動し、こんなときのためにあるシェルターに避難しようとしているようだ。
「こうしていても埒が明きませんね。わたしたちも避難しましょう」
クラウスにそう促され、メラニーは首を縦に振りかけた。
(その前に……)
もう一度辺りの様子を確認しておこうと、視線を投げたときだった。爆発現場と見られる、破壊された建物に群がる野次馬に紛れ、一人の男がたたずんでいる。
問題はその男の表情だ。こんなときにニヤニヤと笑っている。
メラニーは直感的に走り出していた。
(あの男は何か知ってる!)
「メラニーさん!」
クラウスの声がしたが、今は説明している暇はない。走って走って走りながら、男に呼びかける。
「そこの方! お話を聞かせていただけますか?」
野次馬たちは顔を見合わせたが、その男だけはぎょっとした顔をし、こちらに背を向け裏通りに走り込もうとする。
(間違いない!)
男の挙動に彼が犯行に関与していることを確信したメラニーは、速度を上げて後を追う。
(ああ、もう! もっと短いスカートで来ればよかった! オペラ鑑賞の日だから無理だけど!)
舌打ちしたい気持ちで裏通りを走る男を追いかける。びっくりした猫が逆方向に逃げていく。
突然立ち止まった男が、くるりと振り向いた。
「しつけぇんだよ!」
そう叫んだあとで短く呪文を詠唱し、風魔法の大玉をこちらに繰り出してくる。
魔法が使えないメラニーは腕で顔を覆った。
(悔しい! 魔法が使えない相手なら、拳でなんとかできるのに……! こんなことなら、玉砕覚悟でクラウスさまに告白しておけばよかった……)
そう思いながら、風魔法をぶつけられたときに感じるであろう衝撃と痛みが訪れるのを待つ。クラウスの笑顔が脳裏に浮かんだ。
が、痛みはいつまで待っても訪れない。
メラニーが恐る恐る顔を守っていた腕を下ろすと、目の前に背の高い、亜麻色の髪を後ろで束ねた男性が立っていた。
「あ! クラウスさま!」
「ようやく追いつきましたよ」
クラウスの前で、先ほど男が撃った風魔法の大玉が止まっている。クラウスが右腕を動かすと、吸い寄せられるように大玉が彼の手のひらの上に浮く。
「わたしの固有魔法は【魔法反射】。この固有魔法を使っている間、魔法はわたしの身体には絶対に当たりません。しかも、ただ反射するだけではなく、こうして身の回りにプールしておくこともできる。これが、どういうことだかわかりますか?」
クラウスの静かな覇気に圧倒されたように、男は引きつった顔で答える。
「し、知らねぇよ!」
「こういうことです」
クラウスは服の中から短剣を取り出すと、鞘をつけたまま風魔法の大玉の前に構える。
ごく無造作に、クラウスはそのまま短剣を振るい、風魔法を跳ね返した。
風魔法が男に命中し、彼は置いてあったゴミ箱の中に叩き込まれてしまった。
メラニーは感嘆の声を上げる。
「すごい……! ただ反射するだけではなくて、ご自分で反射するタイミングを決められるのですね!」
「単に護衛向きの固有魔法というだけの話です。……それより、メラニーさん」
よからぬ雰囲気にメラニーは慌てる。
「は、はい」
「こういうときは一声かけてください。あなたに何かあったら、わたしは伯爵に顔向けできません。それに」
「それに?」
「心配しすぎて心臓が潰れるかと思いましたよ。わたしのためにもやめてください」
クラウスの灰色の目はこの上なく真剣で、ひどく心配そうだった。
メラニーはあまりの破壊力に悶絶しそうになった。




