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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第65話 親になる覚悟(ディートシウス視点)

 その日の夕刻、陸軍総司令部での仕事を終えたディートシウスは、そろそろ帰り支度を始めていた。従卒を呼べば全部やってくれるのだが、今日は不思議と人任せにする気分にはなれなかった。


 すでにカルリアナは帰宅済みだ。今夜、カルリアナとギュスターヴとともに食卓を囲みながら、どんな話をしようか無意識のうちに考えている自分に気づき、ディートシウスは苦笑した。


(柄じゃないなあ)


 だが、こんな日々が当たり前になろうとしていることも事実だ。ギュスターヴはいずれシェジュに帰ってしまうのに……。


 そう考えるとつらかった。

 自分でさえそうなのだから、カルリアナはどれほど苦しい思いをしているのだろう。時折そう考えてしまうたび、ディートシウスは心配になる。


(いや、ごちゃごちゃ言うことでギュスと距離を置こうとしている俺も……十分苦しいのかもな)


 ギュスターヴを失っても痛手にならないように考えてしまっている。


 今ならよくわかる。病弱な母を持った自分は、物心ついたころから母を失うことを常に恐れていた。だから、大切な人を失うことを過剰に恐れ、兄とも距離を置いていたのだ。


 カルリアナのことは絶対に失いたくない、と思えるようになった今でも、そう考える癖が残ってしまっている。

 子どもを持つことに前向きでなかった理由も根は同じなのかもしれない。

 父のことうんぬんよりも、愛する人との間に出来た子どもを何らかの理由で失ってしまうかもしれないという恐怖に、予防線を張っていただけで。


(かっこ悪いよなあ、ほんと)


 帰り支度を終えたちょうどそのとき、ノックの音が響いた。「はーい」と応えながら自ら扉を開けると、ゲーアハルトが立っていた。彼はちょっと目を丸くしたあとで笑う。


「殿下直々に扉を開けていただけるとは思わなかったな。これから帰るところだよね? 用事がなければバーに行かないか? おごるよ」


 ディートシウスは少し迷った。ギュスターヴとの時間が限られているのなら、断ってでも早く帰るべきではないだろうか。

 だが、自分の弱さを自覚した状態で食卓に着いても、いつもどおりには振る舞えないような気がした。

 結局、ディートシウスは首を縦に振った。


「わかった。誘われてあげるよ」


   ***


 ディートシウスはすぐに護衛隊員の一人を使いに出した。「今夜は夕食を外でるので帰りが遅くなる」とカルリアナや屋敷の者たちに伝えるためだ。


 それから、ゲーアハルトとともに陸軍総司令部内にある高級将校用のダイニングバーに向かった。軍服姿で飲んでいても市民から好奇の目で見られずに済む、行きつけの場所だ。

 二人席に座り、ビールと一緒に料理を頼む。ゲーアハルトがくつろいだ表情で言った。


「急にすまないね。屋敷では伯爵とライオンの殿下が待っているんだろう?」

「お前だって近々婚約するんだろ? 彼女たちの家に行かなくていいのか?」

「そのことで、君にお礼を言いたくてさ。子どもの面倒を見ている伯爵を酒の席に誘うのはどうかと思ったから、伯爵へのお礼はこの前送っておいたけど」

「ああ、屋敷に届いた高級フルーツティー詰め合わせね。彼女、喜んでいたよ」

「わたしも直接お礼を言われたよ。あの贈り物はフィロメーラの案だったから、喜んでもらえてうれしいな」

「なんか……今、お前とこういう話をしているって、一年前だったら考えられなかったよな」

「ほんとにねえ。君もわたしも、好きな相手すらいなかったのに」

「お前は結婚すれば即子持ちになるしねー」


 ディートシウスはふと、ある質問を思いつく。どうしようかしばし逡巡したあげく、声に出して続ける。


「変なこと聞くけどさ。親になる覚悟をするって、どんな感じ? どんなことがきっかけで覚悟を決めたの?」


 ゲーアハルトは笑った。


「別に変なことじゃないだろう。君らしくないな。……そうだな、怖くもあるが、誇らしい気持ちだよ。もし、将来エーフィに弟か妹が出来ても、親として彼女を守っていこうと思えるような。それから、わたしの場合、覚悟して父親になることを決めたわけじゃないよ。自然に、『この子とだったら、きっと親子になれるだろうな』って思えたんだ」


 聞き入っていたディートシウスは、思わず息をついていた。


「……お前、やっぱすごいわ。俺はギュスターヴと一緒にいても、そうは思えないもん。カルリアナはもうすっかり母親、って感じだけど。何度()いたことか」

「わたしの目から見ると、君だって君なりに殿下の面倒を見ているように思えるけどね。今は武術も教えているんだろう?」

「そうだけどさ、あれで面倒を見ていることになるのかどうか……」

「ディートは難しく考え過ぎなんじゃないか? 今だってギュスターヴ殿下は、君にとって十分に特別な子だろう?」


 ディートシウスはハッとした。もし、この先カルリアナとの間に実の子が生まれたとしたら、自分はギュスターヴのことを忘れてしまうのだろうか?


(そんなことはない)


 今は失われた家族のことだって、忘れられないのだ。きっと何があっても覚えている。

 ディートシウスは口元が緩むのを感じた。


「……俺、今日お前と話せてよかったよ」

「それはどういたしまして。何かつかめたみたいだね」


 運ばれてきた料理を食べながら、ディートシウスは今、自分がギュスターヴに何をしてあげられるのかを考え始めた。


   ***


 帰宅したディートシウスは、ギュスターヴがすでに眠ったことを確認したあとで、就寝前のカルリアナを訪ねて、彼女の部屋に入った。

 入浴後にネグリジェをまとい、ダークブロンドの髪を下ろしたカルリアナは、やはりものすごく可愛い。用事がなければ、今すぐにでも抱き締めたいところだ。


 婚前旅行でお互いのプライベートな姿を目にすることも多かったためか、カルリアナは驚きはしなかった。読みさしの本にしおりを挟み、机の上に置く。眼鏡は掛けたままなのが、また可愛い。


「あら、ディート、お帰りなさい。お食事は楽しめましたか?」

「うん。ねえ、次の休日に出掛けない? もちろん、ギュスと三人でさ。俺がいれば、暗殺者におびえる必要もないし」


 突然の提案だったからだろう。カルリアナは翡翠ひすい色の目をみはった。


「ギュスは喜ぶと思いますよ。最近はずっと屋敷にいましたからね」

「カルリアナはうれしくない?」

「いいえ、うれしいですよ。三人で出掛けるなんて、シュノッル准将のご実家にお邪魔して以来ですから」

「じゃあ、決まりだ」

「それにしても、突然どうなさったのですか?」


 カルリアナに問われ、ディートシウスは頬をかいた。


「うーん、なんていうか……ギュスにたくさん思い出を作ってあげたくてさ」

「そうですか……」


 カルリアナはびっくりしたような顔をしていたが、やがて柔らかくほほえんだ。こちらが見とれてしまうくらい美しく。

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