第64話 ギュスターヴのお願い
ギュスターヴが襲撃されたことをディートシウスから聞いたカルリアナは、全身が冷たくなったような気がした。
目の前にいるギュスターヴがちゃんと生きているか確かめるために、今回ばかりは彼をぎゅっと抱き締める。
よかった。温かい。心臓の鼓動も伝わってくる。
「カ、カルリアナ……恥ずかしいよ……」
慌てたようなギュスターヴの声が耳元で聞こえる。
カルリアナは仕方なくギュスターヴから身体を離す。ギュスターヴは顔を真っ赤にしている。ほほえんで彼の頭をなでると、視線を感じた。
頭上を仰ぐ。ディートシウスが羨ましそうな、それを必死でこらえているような目でこちらを見ていた。かわいそうになってディートシウスの手を握ると、彼の顔がパッと輝く。
その様子を可愛いと思いながらも、カルリアナの気持ちは沈んだ。
今回はディートシウスが駆けつけてくれたからよかったようなものの、もし間に合わなかったら……そう思うだけで心底恐ろしかった。
「わたしのわがままでギュスを連れ回したせいですね……すみません」
「いや、カルリアナのせいじゃないよ。そうだよな、ギュス?」
「うん、マルクは僕のにおいをたどってきたんだろう、って言ってた。そういうことが得意な暗殺者を雇ったんだって。それに馬車で移動すると、においってたどりにくくなるんだよ。カルリアナのせいじゃないよ」
ディートシウスの心遣いもだが、ギュスターヴの優しさが特にうれしく、カルリアナは目に涙がにじみそうになった。
「二人とも、お気遣いありがとうございます。……それでも、ギュスの居場所が先方にわかってしまったことに代わりはありません。国内のどこかにギュスを隠したほうがよろしいのでは?」
ギュスターヴと離れることはつらいが、最も重要なのは彼を守り抜くことだ。意を決して言ったカルリアナに、ギュスターヴがわずかに上気した顔でふるふると首を振ってみせた。
「ディートシウスがいれば大丈夫だよ」
「ですが、いくらディートが強いからといって、四六時中ギュスと一緒にいるわけには……」
「護衛を増やしてもらって、朝はディートシウスに稽古をつけてもらうよ。僕も強くなる」
ディートシウスが即座に突っ込みを入れる。
「いや、護衛を増やすのは当然として、なんでわたしがギュスを教えるんだ!?」
「だって、一番強い人に教えてもらったほうが、武術も上達しやすいでしょ?」
「いや、必ずしもそういうわけじゃないよ。武術の腕はそこそこでも、教えるのがうまい人がいい指導者なんだよ。わたしは昔から人に教えると不評の嵐で……」
「ああ、天才は感覚的にその道を極めているから、人に説明するのが不得手と言いますものね」
カルリアナが助け船を出すと、ディートシウスは「そうそう、わたしは天才だから」とうなずいた。
「それでもいい。僕はディートシウスに教えてほしいんだ。動作を見せてくれるだけでもいいから」
ギュスターヴはまっすぐにディートシウスを見つめながら訴えた。断りにくい、真剣な目だ。
ディートシウスはホワイトブロンドの頭髪をかき回した。
「……何事もそうだけど、仮にわたしが教えたところで、すぐに強くなれるってわけじゃない。ギュスが強くなって、自分だけじゃなく大切な人たちを守れるようになるためには、何年もかかるかもしれない。それでもいいのか?」
(そうでした……ギュスには「家族を守る」という使命があるのでしたね)
ギュスターヴには本当の家族がいる。そう思うと、カルリアナの胸はずきりと傷んだ。遅かれ早かれ、ギュスターヴとはいずれ別れなければならない。
ギュスターヴは迷いのない瞳で答える。
「それでもいい。焦る気持ちはあるけど、ケルツェンで一番強いディートシウスに教わるのが、多分、早道だから」
ディートシウスはまた頭をかき、観念したように応えた。
「……しょうがないな。わかったよ。明日から教える。言っとくけど、わたしの朝は早いよ?」
「うん! お願いします!」
ギュスターヴはうれしそうだ。そんな彼の様子を見たディートシウスは、まんざらでもなさそうな顔をしたあとで、ふと思いついたように言った。
「あ、それとカルリアナ」
「はい、ディート、なんでしょう?」
「ギュスに稽古をつけることになったからってわけじゃないけど、彼には引き続きこの屋敷にいてもらって問題ないと思う。考えてもみなよ。バルテレミー公爵はケルツェン王弟の屋敷にギュスが匿われている、って知ることになるわけだからさ」
「あ……確かにそうですね。わたしとしたことが」
「え、どういうこと?」
ギュスターヴの疑問にカルリアナは微笑しながら答える。
「他国の王弟の屋敷に匿われているシェジュの王子を害せばどうなるか……おそらく、バルテレミー公爵は真っ先に考えるはずです。シェジュと違い、ケルツェンの王弟は王位継承順位の高い、れっきとした王族ですから」
「そうそう。国際問題になっちゃうからね。ケルツェンと事を構えたいならともかく、国内の権力を掌握するのに忙しいバルテレミー公爵には無理な話なんだよ。そのうちこちらには、正式な手続きを踏んで何か言ってくると思う。そのときを待てばいい」
ギュスターヴは尊敬のまなざしでカルリアナとディートシウスを見上げた。
「二人ともすごい……。ディートシウスって一見アホそうなのに、頭もいいんだね!」
「……アホは余計だよ」
ギュスターヴに迫る危険は、当面心配ないだろうという結論に落ち着いたが、ディートシウスはギュスターヴの護衛を増員し、しばらく街への外出は控えるよう諭した。
そして、翌朝。
(……目が、覚めてしまいましたね)
今日はディートシウスによるギュスターヴの稽古初日ということで、自然と早朝に起きてしまった。
まだ侍女たちも起床していない時刻なので、カルリアナは自分で身支度を整え、そのままトレーニングルームへと向かった。ディートシウスだけでなく、屋敷の者なら誰でも利用可能な運動施設だ。カルリアナもメラニーから護身術を習うために利用している。
(ディートはちゃんとギュスに教えられているでしょうか。ギュスはちゃんとやれているでしょうか)
期待と不安を抱きつつ、恐る恐る室内に入る。
ディートシウスの声が聞こえてきた。
「そう、それでいい。まずは足さばきから覚えることが重要だ。剣を構えるのはそのあとで」
部屋の真ん中で、ディートシウスがギュスターヴの脇に立ち、指示を出している。
想像していたよりもまともそうな教え方だ。今までの失敗に鑑みて、ディートシウスなりに考えたのだろう。ギュスターヴも不平そうにするでもなく、ディートシウスに言われたとおりに身体を動かしている。
「うん、そうだね。基礎を学んでいるだけあって、ギュスは筋がいいよ」
「本当!?」
自分から教えを請うただけあって、ギュスターヴは褒められると顔を綻ばせる。ディートシウスも心なしか表情が明るく、時折優しい顔すら見せていた。
カルリアナはそんな二人の姿に胸がじんとしてしまい、こっそりと部屋から去った。




