第63話 狙われたギュスターヴ(ギュスターヴ視点)
ギュスターヴは就寝前に夜の中庭に出て、昼間、武術の授業で学んだことを思い出しながら身体を動かしていた。父から「武術は型の繰り返しが基本だ」と言われていたからだ。
もちろん、カルリアナには内緒だ。「こんな夜に激しく身体を動かしたら、怪我をしてしまいますよ」とたしなめられてしまうだろうから。
ライオン族であるため、夜目が利くギュスターヴにはあまり関係のない話だ。さらに今は、護衛に復帰したマルクもそばで見守ってくれている。
それに、カルリアナに話せば、「では、早朝にディートと一緒に鍛錬してはどうでしょう」と勧められるような気がする。
(ディートシウスのことは嫌いじゃないけど……アホっぽいからなあ……)
前に通行人から助けてくれたときや、「君を守るよ」と言ってくれたときはかっこよく見えたけれど、やはり、父のほうがずっと大人の男だ。
それに、カルリアナに叱られる回数も自分より多いし。
(そりゃあ、カルリアナのことで変に対抗してくることもなくなったし、前よりはこっちを気にしてくれているみたいだけど……)
そんなことよりも今は武術に専念しなければ。
(父上とセリーヌを捜し出して、母上を助けられるようにならなきゃ。ケルツェンも動いてくれているらしいけど、父上たちも僕が迎えに行ったほうが安心するに決まってる)
その一心がギュスターヴを突き動かしていた。家族を助けるためには、魔法が使えない自分は武術を鍛えるしかないのだ。
この国で初めて出来た友達のエーフィは、新しい父親を迎えることになった。自分も家族を取り戻したい。
ギュスターヴはエーフィのように、物心がついたころから、本を読んだり音楽を聴いたりするほうが好きだった。
でも、それはシェジュの王族男子としては許されない傾向だ。いずれ臣籍降下して、王の下、国と王室を守る立場になる王子は武に秀でていなければならない。
カルリアナやエーフィと話していると、「文化的なこと」っていいな、とついつい思ってしまうけれど、シェジュに帰ったらきっぱり諦めよう。
そう考えながら雑念を振り払うように木剣を振る。ギュスターヴは不意に悪寒を覚えた。
暴風のような殺気が自分に向けられている。
ギュスターヴはライオン族の本能で、とっさに身をかわした。今し方、自分が立っていた地面に、ナイフが突き刺さる。
ゾッとしながらも相手の姿を探す。いた。おそらく三人以上。その一人が暗灰色のフードをかぶり、獣人族のように軽やかな身のこなしで武器を突き出してくる。速すぎて武器の種類もわからない。
「殿下、お逃げください!」
中庭の端でギュスターヴを見守っていたマルクが、素早くこちらと武器の間に割り込む。彼は剣を手に、しなやかな動作で相手の刃を受け止めた。鍔迫り合いを始めた二人をよそに、今度は複数の人影がギュスターヴのもとに迫る。
ギュスターヴは見る間に囲まれてしまった。
一つだけでも恐ろしいのに、複数の白刃がギュスターヴに向け繰り出された。木剣ではとても防げそうにない。
マルクが叫ぶ。
「殿下!!」
(このままじゃ……!)
自分の死を予感した瞬間。
「ぎゃっ!」
暗殺者の一人が突然吹き飛んだ。ギュスターヴを今まさに仕留めようとしていた二人の暗殺者たちも、動揺したのか一瞬だけ動きを止める。
その隙だけで十分だった。闇の中、長身が踊るように動くと暗殺者の刃が紙のように両断された。何が起こったのかギュスターヴは理解できなかったが、同じように身体を硬直させたもう一人の暗殺者が持つ短剣も、瞬時に真っ二つになる。
「ギュス! こっちへ!!」
こちらを振り向きながら呼びかけたのは、どこからどう見てもディートシウスだ。
ギュスターヴはあまりに安堵したため、足の力が抜けそうになったが、自分を叱咤してディートシウスに駆け寄る。
ギュスターヴをかばいながら、ディートシウスが短く詠唱する。
次の瞬間、さっきディートシウスに吹き飛ばされ、こちらに戻ってこようとしていた暗殺者を含め、三人の敵の両腕が氷に包まれた。
両腕を封じられた彼らは予備の武器を振るうこともできず、足を止めた。
ディートシウスがあおるように言葉を紡ぐ。
「すぐに身体を温めないと、凍傷に苦しむことになるよ? それとも、全身を凍らせてほしいか?」
暗殺者たちはディートシウスの隙を見てギュスターヴを仕留める算段がつかなかったのか、素早い動きで逃げ去っていった。マルクと戦っていた暗殺者も攻防をやめ、彼らに続く。
ディートシウスが彼らを見送りながらぼやく。
「んー、一人くらい捕まえて情報を吐かせたかったけど、仕方ないか。ギュス、怪我はない?」
多分、ディートシウスは暗殺者たちを捕まえることより、ギュスターヴへの攻撃を防ぐことを優先して、敵の足ではなく両腕を凍らせたのだ。
彼は自分が可愛げのない言動をしていたころから、一貫して守ってくれる。
そう理解できたギュスターヴは、戸惑いながらディートシウスを見上げた。
「……大丈夫」
マルクが走り寄ってくる。
「殿下! ご無事ですか!?」
「大丈夫だよ。ディートシウスが助けてくれた」
「ディートシウス殿下、誠にありがとう存じます」
「いや、いいよ。本当はもうちょっと早く、助けに入りたかったんだけどね」
「ディートシウスは、どうしてここにいたの?」
先ほどから不思議に思っていたことをギュスターヴが聞くと、ディートシウスは気まずそうに頬をかいた。
「あー、最近、ギュスが夜にここで稽古していることを知ったんだけど、それからなんとなく気になってさ……こっそり見守ってた、っていうか? ほら、暗くなると危険だし。あ、カルリアナには稽古のことを言っていないから安心してよ。彼女にはあとで今回の件を報告しなきゃならないけど、ギュスが自主的に稽古していることは引き続き黙っておくから」
「あ……」
ディートシウスは、「君を守るよ」という約束を守ってくれたのだ。しかも、カルリアナに稽古のことを黙っていた自分の意思を慮ってくれている。
もちろん、彼の強さにも驚いた。でも、ギュスターヴは何よりディートシウスが自分の危機に駆けつけてくれたことがうれしかった。気恥ずかしくて、本音は言えなかったけれど。
「ディートシウスって……強いんだね。ケルツェンで一番強いって、嘘かと思ってた」
ディートシウスは複雑そうな顔をしている。マルクが苦笑しながら口を挟んだ。
「ギュスターヴ殿下、ディートシウス殿下はケルツェンでは【軍神】と呼ばれるお方でいらっしゃいますよ。王陛下も『わたしではディートシウス王子の足元にも及ばないだろう』とおっしゃっておいででした」
ギュスターヴはびっくりして口を大きく開けた。
「父上が……?」
「マルクは空気が読めるねー。……王陛下にそうおっしゃっていただけて光栄だよ。シェジュが元通りになったら、手合わせ願いたいものだね。それにしても、奴らはどうやってギュスの居場所を突き止めたんだろう?」
マルクは沈んだ顔をした。
「おそらくは、ギュスターヴ殿下のにおいをたどってきたのでしょう。獣人族は鼻が利く者が多いですから。バルテレミー公爵は、対象を捜す能力に長けた暗殺者を雇っているかと存じます」
ディートシウスも真剣な顔で応じる。
「いずれにしろ、奴らはここにギュスがいることを知った。バルテレミー公爵に情報が渡るのも、時間の問題だな」




