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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第47話 ……決めました

 カルリアナたちが急ぎ、州都テルマッセに建つシュテルンバール城に戻った日の夜。


「シェジュでクーデターが起こった?」


 ディートシウスにそう確認された中年の家令は、重々しくうなずく。


「はい。シェジュに駐在している大使からの報告なので間違いございません。まだ新聞には載っておりませんが、数日前からテルマッセ市民の間ではその話題で持ちきりのようです」

「クーデターを起こしたのは誰だ?」

「現女王陛下の従兄に当たる、ヴァランタン・ド・バルテレミー公爵だそうです」

「国王夫妻とその子どもたちはどうなった?」

「王陛下とお子さま方は王宮から脱出なさったようです。女王陛下お一人が捕まり、幽閉されていらっしゃる由にございます」

「そうか……。報告ありがとう。下がってくれ」


 家令は一礼ののち、退室した。

 カルリアナは広い居間で、ディートシウスの向かいのソファに座っていた。


(最も悪い予想が当たってしまいましたね……)

 

ディートシウスは腕を組みながら、彼にしては珍しくぽつりとつぶやく。


「クーデターがはやっているみたいだね。王族としてはそんなもの、はやってほしくないけど」

「全くです」

「ギュスの正体はギュスターヴ王子でほぼ確定かな」

「そうでしょうね。おそらく、マルクはシェジュとケルツェンの国境を超えるときに、王子を守るためシェジュ兵と戦った結果、大怪我(けが)を負ったのでしょう」

「あの怪我で子ども一人を守りながら国境の山を超えたんだから、大したものだよ。多分、人族だったら、途中で力尽きていただろうね」


 レモンティーで喉を潤したあとで、カルリアナはうなずく。


「ええ。ギュスはよい臣下を持ちましたね。マルクの命が助かって、本当によかった。ところで、ディート」

「何?」

「ギュスを保護したことで、いずれわたしたちはシェジュの問題に巻き込まれることになるかもしれません」

「そうだね、バルテレミー公爵がギュスの居場所を知った場合、下手をすれば国際問題になる。今から手を打っておいたほうがいいだろうね」


 ここからが本番だ。

 ディートシウスは身近な者には優しいし、決して冷たい人ではないが、兄王を支えるケルツェン王族として、国益を損なうかもしれないようなことには手を出さないだろう。


 だからこそ、これからカルリアナが何を言うかによって、ギュスターヴの命運が決まってしまうかもしれない。それだけに、慎重を期して発言する必要がある。


「ディート、約束していただけますか? ギュスをバルテレミー公爵支配下のシェジュには帰さないと」


 ディートシウスは目を丸くしたあとで、すねたように聞く。


「……カルリアナにとって、俺のイメージって何? 冷酷な殺戮さつりくの天使?」

「少なくとも、敵には容赦しない人だとは思っておりますよ」


 カルリアナが真顔で返すと、ディートシウスもまっすぐにこちらと目を合わせる。


「さすがの俺でも、あんなに小さな子どもを死地には送らないって。シェジュ王室にはえっぐいしきたりがあるでしょ?」

「はい。おそらく、バルテレミー公爵は王権を完全に我が物とするために、女王陛下との結婚をもくろむはずです。ですが、それを実現させるためにはギュスと王陛下、王女殿下は邪魔な存在ですからね。もしギュスをシェジュに帰せば、しきたりどおりにまず間違いなく処刑されてしまうでしょう」

「だよね。マルクを助けようと決めたのは俺だし、最後まで二人の面倒を見るつもりではいるよ。最悪の事態になったら、胸くそ悪いもん。兄にも事情を説明する手紙を送っておくよ」


 カルリアナはいざというときは頼りになる婚約者に、心からのお礼を言った。


「ありがとうございます、ディート」

「お礼を言うなら、ほら」


 ディートシウスがポンポンとソファを叩いた。つまり、彼の隣に座れということらしい。この部屋には他に誰もいないことを思い起こし、カルリアナは「仕方ありませんね……」と応える。

 席を立ち、ディートシウスの隣に座ると、ディートシウスが肩を抱き寄せてきた。


「カルリアナ、柔らかい……」

「変なところは触らないでくださいよ」


 カルリアナはそう言いつつも、ディートシウスの肩に頭をもたせかけ、少し甘えるような声音を出す。


「ディート、ありがとうございます。……これでよろしいですか?」

「うん、十分」


 ディートシウスの様子は、猫が満足してゴロゴロと喉を鳴らしているようだった。そんな彼を可愛く思うと同時に、カルリアナはあることを思いつく。


「ねえ、ディート」

「ん?」

「わたしたちがギュスを王子として扱ったうえでかくまうと、彼が窮屈に感じてしまうかもしれません。王族扱いをされなければ嫌だ、という方もいるでしょうけれど、ギュスはそういうタイプでもないようですし。あまり刺激して、彼に家族と別れたつらさや寂しさを思い出させたくないのです」

「確かにそうかもね。使用人たちにも、できるだけ彼の前ではクーデターの話をしないよう徹底させるよ。まあ、マルクの意識が戻ったら、彼らの素性に触れないわけにはいかないだろうけど、そのときまでは」

「ありがとうございます。わたしは……」

「何?」

「ディートと婚約できてよかったです」


 照れながら正直にそう告白すると、ディートシウスは「俺もカルリアナと婚約できて幸せだよ」と言いながら頭をなでてくれた。

 父以外に頭をなでられるなんて、以前だったら、されたその場で怒りだしても仕方がないくらい考えられないことだったが、ディートシウスにそうされるのは不思議とうれしかった。


   ***


 翌朝、自分用の寝室で目を覚ましたカルリアナは、メラニーたち侍女に着替えさせてもらうと、朝食前にギュスターヴが泊まっている部屋に向かった。


 彼の世話係を担当している使用人の話では、ギュスターヴは起きて着替えた直後にマルクの様子を見に行ったそうだ。ちなみに彼の着替えは、城勤めをしている獣人族の使用人から借りた、その子どものお古だ。

 カルリアナは使用人に案内され、マルクが眠っているはずの部屋に足を向けた。


「あちらです」


 使用人が手で指し示した扉が、ちょうど開いた。中から現れたのはギュスターヴだった。カルリアナに気づくと、困ったような顔をして足を止める。

 カルリアナは彼に呼びかけた。


「おはようございます、ギュス。マルクの様子はどうでしたか?」

「……まだ眠ってる」


 カルリアナは距離を詰め過ぎないように気をつけながら、ギュスターヴに近づいていく。獣人族は人族よりもパーソナルスペースが広い傾向にあるからだ。

 警戒されてはいないようだったので、程よい距離を保ってカルリアナは立ち止まった。


「よかったら、一緒に朝食をりませんか? 昨日同じ馬車に乗っていた彼も同席しますけれど」

「……どうして」

「え?」

「どうして、僕とマルクを助けてくれたうえに、そこまでしてくれるの? 僕たちはシェジュ人で……獣人族なのに」


 ギュスターヴは王子でありながら、他人に助けられることを当たり前だとは思っていないのだ。そういうところはディートシウスと似ている。カルリアナは自然とほほえんだ。


「ですが、行くところがなくて困っているのでしょう? それに、マルクはまだ安静にしていなければなりません」


 問い返されたギュスターヴはうつむいた。


「そうだけど……獣人族は人族に差別されている、って聞いていたから。僕たちの文化が野蛮に見えるんだって」


 この子は卑屈なわけではなく、逆に誇り高いのだろう。だから、自国の民がどう見られているかに敏感なのだ。

 カルリアナはギュスターヴと目線を合わせるためにかがんだ。


「そういう人もいるというだけです。すべての人族がそうだとは限りません。獣人族の文化は知れば知るほど面白いですし、わたしは好きですよ」


 ギュスターヴは目をまばたかせ、照れたように笑った。金色の目があどけなく細められる。ライオンのような丸い瞳孔の瞳が、とても人懐っこく感じられた。しかも、タッセルのような尾をピンと立てている。うれしいときに猫がする仕草だ。


 カルリアナは矢で心臓を打ち抜かれたようにキュンとした。


(え!? なんですか、今のは!?)


 もちろん恋とは違うし、一般的な子どもに感じる気持ちとも違う。ただ、この笑顔を守りたいと思ってしまった。


 なぜか幼いころに亡くした母のことを思い出したが、その記憶はあまりにも薄ぼんやりとしていたため、なんの参考にもならなかった。

 カルリアナは未知の感情に遭遇したのだ。

 不測の事態に、脳が焼き切れそうになる。


 やがてカルリアナの脳は、この未知の感情を過去や膨大な知識から探し出そうとすることを断念した。その代わり、理性的にこの事象を処理しようと回転し始める。

 カルリアナは結論を出した。


(どうやら、わたしはこの子のことが嫌いではないようです。どうせしばらくは預かることになるのだし、将来のために今から子どもに慣れておくのも悪くありません。率先して面倒を見ようではありませんか)


 それに、ディートシウスもそんなカルリアナを通して、子どもを持つことに抵抗がなくなっていくかもしれない。

〝そうです。そうしましょう〟とカルリアナは密かに決心したのだった。


 黙り込んでいるカルリアナを見て、ギュスターヴが可愛らしく小首をかしげた。

 カルリアナが思わず彼を抱き締めたくなったのは言うまでもない。

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