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追手

維心達が必死に足場の悪い森の中を走り抜けているその前に、大きな光が落ちて来て、辺りの木の葉や木々が一瞬の内に吹き飛んで大穴が開いた。咄嗟に身を翻した四人は、森の柔らかい地面の上を転がって、サッと立ち上がった。

「…逃げ足だけは速い。」

聞き慣れた声が聞こえて来た。皆一斉に声の方角を見上げた…そこには、聖が浮いていた。

「追いつかれたか。」

維心が、苦々しげに言う。聖は、不敵に笑った。

「逃げ出した主らを追って、どうにもならねば殺しても良いと言われて参った。」そうして、聖は刀を抜いた。「元より、我は主らを生きて帰すつもりなどない。いくら大きな気を持っておっても、それを奪われたらただの人と変わらぬ。我の前にひれ伏して、許しを乞えば気が変わるやもしれぬぞ?」

維心は、じっと聖を睨みつけて言った。

「生憎、己より格下の者に頭を下げるよう躾けられてはおらぬからの。」と、側の枝を掴むと、それを勢い良く折った。「来るが良いわ。人としても、我は主より劣っておるなど思わぬ。積年の恨みを晴らせる機よな。」

聖は、見る見る顔を真っ赤にしたかと思うと、刀を振り上げて維心に向かって飛び降りて来た。

「よう言うたわ!」

維心は、自分の持つ枝に向かって何かの呪を唱えた。それは、神が使うそれではなく、将維も維明も、箔翔も知らない呪だった。しかし、その枝は一瞬光り輝き、そうして飛び込んで来た聖の刀を、維心はその枝で受けた。

「な…!?」

聖が、驚いて後ろへ飛んで下がった。枝は、木肌を散らすこともなく、まだ維心の手にあった。

維心は、フッと笑った。

「おお、まだ仙術は使えたか。元は人が仙人となって編み出した術。気を抑えられておろうとも、我は神。これぐらいの術は使えるのだの。良い学びになった。」と、側の枝に次々と呪を唱えた。「さあ!主らも!」

将維が、すぐに枝の一つを拾って構えた。維明も箔翔も、慌てて将維に倣って維心の術が掛かった枝を拾い上げる。聖が、唸り声を上げた。

「…そのような術で、我の刀を散らせると思うてか!」

維心は、ふんと鼻を鳴らした。

「我一人でも充分であるが、あやつらにも身を守る術を持たせようと思うての。こやつらには、手を出させぬわ。」と、余裕を持った構えをして、聖を見た。「来るが良い。我が相手をしてやるなど、なかなかにないことであるぞ?光栄に思うが良い。」

聖は、激昂して維心に向かって行った。

「主だけは…絶対に滅してくれようぞ!!」

維心はその姿にニッと笑ったかと思うと、すっとその刀を枝で捌いて聖を弾き飛ばした。聖は、慌てて起き上がるとまた浮き上がって構える。将維は、それを見て隣の維明に言った。

「…話にならぬ。やはり、気や道具ではない、技術ぞ。恐らく維心殿は聖を殺すつもりはあるまい。力の差を見せ付けて撤退させようと思うておると思われる。」

維明は、黙って頷いた。そうして、気も使わず飛ぶことも叶わない状態で、聖を軽々と枝で凌いでは転がす維心を見ていて、何かを思い出そうとしていた…父上。我がどうしても追いつけなかった父上。何度精一杯向かって行っても、その場を微動だにせずに軽々と受けては凌いでしまわれた。むきになって何度でも立ち合いをと無理を言い、それでも苦笑しながらそれを受けてくれていた父上…そしてぼろぼろになった我を優しく迎えてくれた母上。ああ、我は維明。龍の宮の第一皇子。あれは父上。最強の龍王と謳われた我が父上維心だ!

維明は、ふらついた。記憶の封が一気に解けて、それに翻弄されたからだ。

両脇に居た将維と箔翔が、同時に維明を支えようと手を出した。しかし、維明は首を振った。

「…思い出し申した。」維明は、言った。「あれは、我が父上。この世最強と言われた龍王。我が母上は、維月。なぜに忘れてしもうておったのか…将維殿は、我の祖父であり申す。」

将維は、驚いた顔をした。だが、我も維心殿が父だという記憶があるのに。

「どういうことぞ。維心殿が、我の息子だと申すか。」

維明は、頷いた。

「詳しいことはまた後ほど。」と、維心の方へと目を移した。「どうやら父上が、終らせようとしておる様子。」

将維と箔翔もそちらを見た。維心は、ふらふらになってもまだ向かって来る聖に業を煮やし、飛び込んで来た聖の横っ面を手にある棒で軽く打った。

当身のような感じか…と三人が思って見ていたのにも関わらず、聖はふらふらとよろけたかと思うと、目を見開いた。

「あ…あ、我は…我は…!」

「聖?!」

維心も驚いて聖を見た。聖は、すがるような目で維心を見たかと思うと、その場にばったりと倒れた。

「そのような…ただの当身ぞ!曲がりなりにも神が、そんなもので?!」

箔翔が驚いて言う。それは、他の三人も同じ気持ちだった。すると倒れた聖の体は、見る見る内に草の葉へと変貌し、そうして、吹き抜ける風に散らされて辺りに舞った。

維心が、舞い散る草の葉を見上げながら言った。

「そうか…あれは人形か。草の葉から作った、ただの人型であったのだ。それに、恐らくは碧黎が記憶を吹き込み、ああして動くようにしておったのだろう。」と、舞い散る草の葉の一枚を、掴んだ。「哀れなこと。聖は最後の瞬間に、それを悟ったのだろうの。先に知っておったなら、助けることも出来たやもしれぬのに。」

維明が、維心の側に膝をついた。

「父上。」

維心は、それを見下ろした。

「維明。思い出したか。」

維明は、頷いて維心を見上げた。

「はい。あの瞬間に、聖に我は己を見ました。父上が、我の幼い頃から稽古をつけてくださった時のこと。そこから一気に、封が解けましてございます。」

維心は、頷いた。

「元より主は、我と同じ命のようなもの。誰より早く思い出して然るべきよな。」と、将維を見た。「将維、主とて我の前世の子であるから、己の力でその封を解くことが出来るはず。もう、龍の領地は目と鼻の先ぞ。それまでに、記憶を戻してみせよ。」

将維は、頷いた。

「は。仰せの通りに。」

そうして、四人は再び龍の領地を目指した。


その少し前、おそらくは維心の時と同じ瞬間に、炎嘉達にも聖は追いついていた。同じように気弾を降らされて足止めを食った炎嘉は、激しい目で聖を睨んだ…聖は、余裕の表情で炎嘉を見た。

「武器も持たず飛ぶことも出来ぬような主らが、我に勝とうなどと思わぬことぞ。案ずるでない、一思いに殺してしまってやるゆえ。苦しむことはないぞ。」

炎嘉は、じっと聖を睨んだ。確かに、このままでは人と変わらぬ自分は滅しられてしまうだろう。だが、切り抜ける手段はあるはず。そう、人であっても、その知恵を持って危機を脱してしまうのだから、神の自分に出来ぬはずはない。

炎嘉は、聖を睨んでいた表情を、フッと緩めた。

「…何を笑っておる。」

聖が、不機嫌に眉を寄せた。炎嘉達が、自分にひれ伏して許しを乞うのを期待していたらしい。炎嘉は、首を振った。

「いや…主のことよ。」炎嘉は、頭をフル回転させて考えた。こやつに、何か隙はなかったか?「やはり、あのようなこと、聞くのではなかったの。」

久島と志心が、怪訝な顔をして炎嘉を見た。何を言っている…あのようなこととはなんだ?

しかし、何も言わずに炎嘉を見ている。聖が、戸惑ったように炎嘉を見た。

「あのようなこと?主、何を聞いたと申す。」

炎嘉は、わざと苦笑して手を振った。

「いや…しかし敵であるのだから。我も甘いの。良い、かかって来るが良い。本気で相手をせねば、我とて後悔するやもしれぬ。」

浮き上がっていた聖は、地面に降り立った。そして、炎嘉を睨んだ…だが、その瞳には、迷いがあった。

「何を聞いた?まさか…碧黎様からか。」

炎嘉は、やはり何かあると思い、精一杯の同情の表情をして聖を見つめた。聖は、それを見てショックを受けたような顔をしたが、呟くように言った。

「やはり…我も病を。」

炎嘉は、それで聖も記憶が混乱している所があるのだと咄嗟に悟った。そして、聖を見た。

「いや、主はそうではない。維月が嫁いでおったろう…あれから、話を聞いておっての。聖…主、自分がおかしいと思うた時はなかったか?例えば、己の出自であるとか。」

聖は、もはや刀も下ろしたまま頷いて炎嘉を見た。

「ああ。実は細かいところが思い出せぬでな。ここへ来たのも、どうであったか…最初の記憶は、ここの部屋で目覚めたところから。どうしてここに居るのかは、碧黎様から聞いた。どうも記憶の混乱があるようだ、と、記憶を整理してもろうてやっと、己の元居た宮のことも思い出したぐらいで。」

炎嘉は、内心驚いていた。それは、つまりは碧黎は、恐らく我ら同様に、こやつにも新しい記憶を植え付けたのではないか。維心が、これの命が軽いとか言っていなかったか。つまりは、これは人形。碧黎の思うように作られた、我らを乱すための人形なのでは?!

炎嘉は、今度は心底同情した顔をした。では、この性質はこれのせいではない。碧黎が作ったものだからだ。

炎嘉は、一つ息をつくと、言った。

「聖。我は主を哀れに思うぞ。維月から真実を聞いてから、主を恨めなくなってしもうての。主が、ただ碧黎殿に操られておるだけで、本来は気立ての良い神だったのだと聞いてから、それを主に言うても信じてもらえぬだろうと、それは思い悩んで…。」

久島と志心は、びっくりして炎嘉を見た。聖は、同じように目を見開いて炎嘉を見た。

「主…それで、部屋へ篭って出てこなんだのか。」

炎嘉は、重々しく頷いた。

「そうよ。どうやったら主を助けてやれるのかと考え抜いての。しかし、我らは居候であるし、主とはあのように言い争ってしもうておったし…」

久島と志心は、呆気に取られた。あれは維月を聖にやるのがどうのと、憤っていたからではなかったのか。しかし、聖は目を潤ませた。

「すまぬ。我はそのような…主はあのように短気な神だと思うておったし、聞く耳など、確かに持たなかったであろうの。」

炎嘉は、頷いた。

「我こそ謝らねばならぬ。主を見ているのがあまりに辛くて、こうして逃げることを選んだのであるから。碧黎殿も、秘密を知っている我を殺してしまいたかったであろう…だがむしろ、この方が良かったのやもの。」と、炎嘉は、手を上げた。「主とて、立場があろう。我はこのように今、力の無いただの人。己の責務をまっとうすれば良いぞ。」

聖は、身を震わせた。聖なりに、必死に己の利と良心との間で戦っているようだった。久島と志心は、固唾を飲んで見守った…確かに、昔から炎嘉はこういったことに長けていた。ような気がする…記憶が、浮かびかがって来るようだ。

その時、炎嘉が少し、頭を抑えるような仕草をして、そして言った。

「…聖。最後に申すが、碧黎殿は死なぬぞ。」聖が、驚いた顔をした。久島も志心も仰天した顔をした。炎嘉は、続けた。「思い出した。あれは、地の化身。不死よ。誠の月の宮の王は、蒼。主は、ただ利用されておっただけぞ。願わくば、我を滅したら主もすぐに逃げよ。用が済めば、主とてただでは済むまいからの。」

聖は、見る見る表情を変えた。赤く顔を上気させている。久島と志心は、それを見て覚悟した。気を使えぬ今、炎嘉を助ける術はない。

しかし、聖は炎嘉に歩み寄った。

「…炎嘉よ。我は主らと共に行く。」久島と志心が、顔を上げた。聖は、炎嘉に手を差し出している。「ずっと思うておった…時に、ぽっかりと抜け落ちる記憶の謎。あの大きな気の碧黎様が、あのような小さな宮に甘んじておるという不思議。そうして、月の宮といいながら、碧黎様の力の源は地から湧き上がっているのが感じられ…ずっと、我は疑問に思うておったのだ。主が、我に答えをくれた。共に逃れよう。龍の宮まで、送る。」

「聖…。」

炎嘉は、言いながらホッとしていた。そして、戻って来た記憶の中で、自分が何度もこうしてはったりをかまして危機を乗り越えて来た事実を思い出し、密かに苦笑した…維心の記憶も戻っているだろう。言えばきっと、呆れられるに違いない。

そうして、聖も加わって四人になった炎嘉達は、龍の領地へと急いだのだった。

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