当日
蒼は、次々と集まって来る各宮の王族達の挨拶を受けていた。
実際に参加する宮の王族に限って挨拶を受けるということにしたので、観覧席に向かうただ観戦に来ただけの王族達とは接しなくて良かったので、ホッとした…何しろ、そんなたくさんの宮の挨拶を受けていたら、日が暮れてしまう。
今回、組は四つに分かれていた。青、赤、白、紫だ。それぞれの組には、その中には、格が高い宮が一つ入っていて、そこのカラーに合わせてあった。ジャージは、もちろん同じ組は同じ色だ。見分けがつかないと、困るからだ。
そして、その四つの宮にその下の宮々を配置するという形でクジを引いた。なので、維心と久島は同じ組になるはずはなかった。
一つの組に七つの宮が集まる形で、一つの宮に五人の選手なので、参加人数は全てで35人掛ける4組で140人だった。
そして観客は、制限したにも関わらず満員御礼だった。あの円形のコロシアムにいっぱいの観客の中、皆は緊張した面持ちで、各組の色のジャージ姿でその土を踏んだ。
途端に、一斉に歓声が上がる。あまりに大きな歓声に、慣れない下位の宮の王とその軍神達は戸惑った。こんな中で、あんな競技が本当に出来るのだろうか。
まだ、開始まで時間があるにも関わらず、観客はもう珍しいものが見れる嬉しさで大変な盛り上がりようだった。
維月は、そんな騒ぎの中、参加宮の王族用に設えられた席に居た。そこは幾分静かで、恐らく自分の宮の者達がこんな所で戦うということに、不安を感じているらしかった。本当は上のボックス席にと言われたのだが、維月はそんな気取った感じがあまり好きではなかった。なので、こうして他の宮々と同じ席に座っていたのだ。
維月は、何気なく隣りに座る美しい栗色の髪の女神に声を掛けた。
「ごきげんよう。あなたは、どちらからいらしたの?」
その女神は、こちらを振り返った。隣りに座る、どうも臣下らしい男もこちらを見た。
「はい、私は王、麗鎖の宮の、王の妹、麗羅でございまする。」
維月は、手元のプログラムを見た。
「麗鎖様は、赤組でいらっしゃるわね。」
麗羅は、維月を見て小首をかしげた。
「あなた様は?」
維月は、頷いて答えた。
「私は、陰の月の維月と申しまする。」
それを聞いた隣の臣下は、驚いた顔をした。
「い、維月様?!龍王妃であられる?!」
維月は、苦笑して頷いた。龍王妃と言うと、みんな退くからあえて言わなかったのに。
「ええ。でも、月の宮の王の蒼は、私の前世の息子ですし、それに将維もそう。なので、どこの組を応援しておるとか、ないのですわ。赤は、維心様のご友人の炎嘉様の組ですし。」
麗羅は、維月があまりに高位だったので、逆に実感が湧かずに居た。なので、ただただ頷いた。そんな麗羅の代わりに、臣下の男が言った。
「しかし維月様、なぜにこのようなところに?格が上の王の妃達は、皆、上の貴賓席に居りまするのに。」
維月は、困ったように言った。
「だって…あのように気取った場所は、あまり好かないのですわ。ここの方が、皆の様子も見れるし、私は良いの。」
そこで、何人かのジャージ姿の者達が出て来て、またコロシアムは大騒ぎになった。麗羅が、呟いた。
「…お隣の、崎様だわ。」
維月も、下を覗いた。そこには、青いジャージ姿の維心と龍の宮の面々、そして緊張気味に最後尾に、見慣れない神が居た。あれが、きっと崎という神。
「大丈夫よ。少し熱くなるけど、維心様はそんなに無理をおっしゃることはないから。崎様は、何の競技に出られるの?」
麗羅は、首を振った。
「存じませぬわ。宮が違いまするし。お兄様は、炎嘉様の組であられたので、事前にいくつか出る競技をお教えいただいておりましたけれど、龍王様からはそのような打診はなかったのではありませぬか?」
維月は、そういえば、と思った。皆の能力が分からぬから、当日振り分けるとかなんとか…。
「まあ。では、不安でしょうね。それとも、もう話し合いで出る競技は決まっておるのかもしれないけれど。」
麗羅は、うなずいた。
「はい。」と、別の方を見た。「あ、お兄様だわ。」
深紅のジャージに身を包んだ一団が、出て来ていた。向こうは、炎嘉を中に何かを話し、時に笑いながら歩いて行く。その姿に、炎嘉の性格を見て維月は微笑んだ。炎嘉様…やはり人好きのするご性格であること。
麗羅は、ほっと肩を下ろした。
「良かったこと。お兄様は、炎嘉様と一緒であられるから。崎様が、心配ですわ。」
維月は、また青いジャージの方を見た。確かに…でも、維心様に炎嘉様の社交性を望むのはなあ。
そうしていると、翔馬が現れて、皆に向かって叫んだ。
「静粛に!では、これより競技を開始致します!」
維心は、皆に競技の振り分けをした。先に皆の100メートルのタイムを義心が計り、そして得意なのは何かを聞き、それで判断したのだ。
最初の玉入れは、10人出るように決められている。なので、気弾を打つのがうまいと聞いている崎、それにその宮の軍神達、そして龍の宮の五人と決まっていた。
しかし、崎はかなり緊張していた…うまいとは言っても、龍に敵うはずはない。
すると、同じ組の、白虎の宮の王、志心が崎にそっと言った。
「崎、これは遊びよ。何も賭かっておらぬ。それに、主は炎嘉殿の宮でも大層うまく玉を投げ入れたと聞いたぞ。気は関係なくなるのだから、皆条件は同じよ。そのように硬くなるでない。」
崎は、志心を見て、頷いた。
「はい。ありがとうございまする、志心殿。」
志心は、微笑んだ。アイスブルーの瞳が、大変に美しい。そんな様を、維心は恨めしげに見た。前世、維月があれほどに褒めた優しく気遣いの出来る志心。我は、他の神の緊張など、思いもしなかった。自分が、緊張などしないから…。
すると、翔馬が叫んだ。
「静粛に!では、これより競技を開始致します!」
それぞれの控えの席についている四色の組の神々は、一斉にそちらを見た。コロシアムも、途端にシンと静まり返る。維心は、そこに久島が確かに居るのを見て取った…そして、維心と目が合うと、不敵にフッと笑った。維心は、同じようににたりと笑い、そして、宙に浮かぶ翔馬を見上げた。
「事前にお知らせしましたので、此度は見本をお見せすることはありませぬ!では、これより陽の月が、コロシアムに下りている選手達の気が使えぬように制限致します!」
十六夜の声が降って来た。
《オレの出番だな。じゃあ、皆、頑張ってくれや。》
すると、その言葉と共に、ジャージの面々の体がグッと重くなった。箔翔が、戸惑った顔をした。
「…これが、気が使えなくなった瞬間か?」
その、誰にともなく言った言葉を聞き取った維明が、頷いた。
「そのようよ。父上がおっしゃったように、体が鉛のように感じる。確かに、これで走るのは難しいの。」
箔翔は、例に気を発してみた。しかし、何も出なかった。
「本当に、気が使えぬ。このような経験、初めてよな。」
翔馬が、続けた。
「さて、そう致しましたら、競技に移りまする。最初は、玉入れでございます。」
既に、駆け出して来た月の宮の軍神達が、目の前に籠を二つ準備していた。それは、龍の宮で練習に使っていたのと、全く同じものだった。あの説明書通りに、間違いなく細工の龍は作っていたのだ。
「以前のものとは違い、神が使うのだからと入れづらい籠に変わり、高さも変わってございます!手前の籠は赤と白、あちらの籠は、青と紫の選手が使いまする。では、最初の組、赤と、青の選手は、前に出て位置についてください!」
蒼は、白の控えの席で言った。
「炎嘉様の組と維心様の組の対決か。どっちが勝つと思う?」
将維が、うーんと唸った。
「そうよのう…父上かの。炎嘉様は、あまり勝敗にこだわっておらぬようよ。赤の席を見よ。それは楽しげであろうが。他の組があれほどに緊張感漂っておるにも関わらず。」
蒼は、ちらと炎嘉を見た。炎嘉の瞳は、薄っすら赤く光っていた。
「…いや、やっぱり軍神だから。勝負なら、負けたくはないんじゃないか?」
嘉韻が、位置につく軍神達を見て、言った。
「…父上が。」
蒼は、その言葉にそちらを見た。そこには、嘉韻に良く似た金髪の鳥、嘉楠が居た。嘉韻もたいがい美しい顔をしていたが、嘉楠も然りだった。そして、やはり老いが止まって人で言う50代ぐらいの外見だった。
「へえ、久しぶりに見たよ。嘉韻と同じように、やはり老いが止まっているのか。」
嘉韻は、頷いた。
「父上は、もう900歳ぐらいにおなりのはず。本来なら、このような場に出られるはずもないのです。我とて、本来もう、かなりの老いた姿であろうに。」
嘉韻も、もう600歳にはなろうとしていた。それなのに、人の40歳ぐらいで止まっているのだ。
すると、将維がおもしろくなさげに言った。
「どうせ、維月と離れたくないとか何とか思っておって、そのせいで老いぬのではないのか。それは主の執念よ。もう良いぞ、我が後は引き受けるゆえ。」
嘉韻は、将維を睨んだ。
「まだまだ譲らぬぞ。とは言うて、主は前世の息子ではないか。無理を言うて側に居ると聞いた。我は、短い時間とは言うても一応夫であるからの。任せるなど出来るはずはないではないか。」
将維は、険しい顔をした。
「また、我がどれほどに…」
「ストップ。」蒼がうんざりしたように言った。「いい加減にしろ。そんなことを言い合う場じゃないだろう。力を合わせて、ひとつぐらいは勝利を掴みたいんだからな。開催宮のチームなのに。」
嘉韻が、黙って蒼に頭を下げた。将維は、フンと横を向いた。
「なぜに我がこやつと同じ組か。無理がある。」
蒼は、将維を見て軽く睨んだ。
「将維、いい加減にしろ。母さんに呆れられるぞ。それでなくても、維心様も最近お子様だなんだって、大変なのに。大人にならなきゃ、母さんが寄り付かなくなるんだからな。将維はとっくに大人なんだと思ってたのに、母さんが絡むと子供に戻るんだから。とにかく、今は我慢だ。」
将維は、不機嫌に黙った。蒼の言う通りだからだ。
そんなことを話している間に、気が付けば開始のピストルの音が響いていた。
一斉に、玉が籠目掛けて飛んで行った。




