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当選

「お、お、王!」

その宮の筆頭重臣である、(さい)が転がるように居間へと入って来た。王である麗鎖(れいさ)は、眉を寄せた。

「何ぞ?采、主はほんに落ち着きがないの。」

麗鎖は、美しい眉をスッと寄せて言った。采は、麗鎖の前に膝を付いて言った。

「も、申し訳ございませぬ!あの、月の宮より書状が参りましてございます!」

麗鎖は、驚いて立ち上がった。あの、遥か格上の宮がいったい、何を?

「なぜに月の宮から?」と、采からその書状をひったくった。「…何と?運動会?」

采は、頷いて深々と頭を下げた。

「申し訳ございませぬ。あの、月の宮で神の王族が集まって、その宮の軍神などと共に競う、人の世の体を使ってする競技の大会でありまして。こちらの宮と同じ格であれば、皆抽選で参加の可否を決められるとのこと、我はまさか、まさか一度で当選するなどと思いもしませんで、申し込みをしておきましたところ、当選したのでございます!」

麗鎖は、仰天した。月の宮での催しは、誰しも順を待ってでも参加したいと望むもの。しかし格上の宮でも滅多に招かれることがないと聞いておるのに、此度我が宮が当選したと。

どちらにしても、当選したと言って来ているのに、断ることなど出来なかった。麗鎖は、仕方なく頷いた。

「…当選したのなら、参加しようぞ。左様あちらへお返事を。して、その運動会とは具体的に何をするのだ。」

采は、頷いて巻物をもう一つ出した。

「こちらでございまする。その競技の内容が具体的に書いてございまして、当日までに準備をと。」

麗鎖はそれを見て、眉を寄せた。読んだだけでは、おおよそ予想も付かないようなことが書いてある。これは何ぞ?

「…見たこともないが。」

采は、大きく頷いた。

「はい。しかし大きな宮々では、既に経験のある競技が多いらしゅうございまする。数百年前までは、月の宮では定期的にこの運動会を行なっておったのだと聞いておりまするから。」

麗鎖は、それを手に唸った。出るとは言ったが、あちらへ行って、これが出来るという自信がない。

すると、そこへ麗鎖によく似た透き通った緑の瞳の、栗色の髪の女が入って来た。

「お兄様?いったい、何の騒ぎでありまするか?侍女達が、月の宮がどうの、と騒いでおりまするけれど。」

麗鎖は、難しい顔のまま振り返った。

麗羅(れいら)。我が宮が、月の宮の運動会という催しに参加することになった。」

麗羅は、びっくりしたように口元を押さえた。

「ええ?!いったい…どのようなつてを使って、そのようなことが出来たのでございまするか?!」

麗鎖は、首を振った。

「何も。ただクジで引き当てられただけぞ。しかし一向に、我はこのようなことに経験もないし、参加出来る自信もないのだ。」

麗羅は、首をかしげた。

「そうですわね…では、お隣の宮の、崎様にご相談されたら?崎様は、炎嘉様と話したこともおありだと聞いておりまするし、きっと何かご存知ではありませんか?」

麗鎖は、おお、と思い出したように手を打った。

「そうよな!主はほんに頭の良い女ぞ。では、行って参る。」

麗鎖は、立ち上がった。崎とは、幼い頃から飛び回って遊んだ仲なので、気心が知れている。いつも、こうして突然に行き来しているのだ。

麗羅は、頭を下げた。

「はい。行っていらっしゃいませ。」

麗羅が美しく頭を下げるか下げないかのところで、聞き慣れた声が割り込んだ。

「麗鎖!見よ、これを!」

そこに居た三人がびっくりして窓を見ると、そこから崎が巻物を手に飛び込んで来るところだった。下位の宮々は近い…そして、龍の宮など格上の宮々とは違い、礼儀がどうのということにも、それほどうるさくはなかった。なので、日常的に、隣りの宮の王が勝手に出入りしていることなどが起こっていた。

なので、麗鎖も怒るどころか喜んで崎に駆け寄った。

「おお崎!我も行こうと思うておったところよ!」と、崎が差し出している巻物を見た。「主、何を持っておる。」

崎は、必死の表情で頷いた。

「軽い気持ちで応募した、月の宮の運動会に、当選したのだ!もうびっくりしてしもうて…ここらでは、他に当選した宮はないか?主、聞いておらぬか?」

麗鎖は、慌てて自分も巻物をぐいと崎の方へと突き出した。

「我が宮ぞ!我もどうしたらよいか分からぬで、主に聞きに参ろうと思うておったところであったのだ!」

崎は、びっくりしてその巻物と、自分の持ってきた巻物を見比べた。そして、麗鎖の手を握った。

「麗鎖!主、この競技がどうすれば良いのか、これを読んで分かったのか?」

麗鎖は、ぶんぶんと首を振った。

「全く分からぬ。生まれて初めて見る。」

崎は、それを聞いて力が抜けたように側の椅子へと座った。

「…どうしたら良いのだ。こんなもの、知らぬで済まされぬ。当日に行なわれる組み分けで、もし格上の宮と同じ組になって、我らが足を引っ張りでもしたら…考えただけでも恐ろしいわ。」

麗羅が、慌てて侍女に茶を準備するように申し付けてから、言った。

「崎様、炎嘉様は?炎嘉様にお尋ねすることは出来ませぬのですか?」

崎は、麗羅を見た。

「しかし…あちらも参加の準備で忙しくなされておるだろうし…。」

しかし、采が横から言った。

「炎嘉様なら大丈夫でございまする。あのお方は、まだ鳥の王であられた時から大変に話の分かるかたでいらしたのですから。とにかく、一度書状を遣わせてご覧になって。話はそれからでございます。」

崎は、侍女に入れられた茶を啜ると、少し表情を明るくしてから、頷いた。

「そうよの。あのかたなら、きっと聞いて下さるはず。では、書状を遣わそうぞ。」

麗鎖が、頷いて侍女に頷き掛けた。侍女が、すぐに紙と硯を持って入って来る。

本来、王は自分の宮から書状を遣わせるものだが、下位の宮々ではそういうことにもこだわりはなく、他人の宮から自分の名でそこの軍神などを借りて送ることもしょっちゅうだった。崎は、麗鎖と麗羅、それに采に見守られながら、一生懸命炎嘉に向けて書状を書いた。どうか、我らを助けてくださいませ…。


炎嘉は、それを見て眉を寄せて手を下ろした。

「…また、困ったことを。維心が言い出したのだと聞いたぞ。あやつは人騒がせにもほどがある。」

すると、側に控えていた軍神の嘉楠が顔を上げた。

「はい。しかしながら、とどのつまりは月が言い出したと聞いておりまする。龍王は、最初それほど気が進まぬようであったとか。」

炎嘉は、ふんと鼻を鳴らした。

「しかし今は維月と二人で庭を走っておるとか聞いておるぞ。結局は楽しんでおるのだろうが。我とてその競技に出たことはあるが、二度ほどぞ。かなり昔。」と、また書状をちらと見た。「…ま、しかしこやつらよりは知っておるわな。仕方のない。蒼に問い合わせて、他に下位の宮でどこが当選しておるのか知らせるように申せ。まだ、この日までひと月はある。我が皆ここへ呼んで、皆に指南しようぞ。あれらの不安も分かるゆえな。」

嘉楠は、頭を下げた。

「は!」

炎嘉は、ため息を付いてその背を見送ると、窓から空を見上げた。それにしても、毎度面倒なことを思いつきよってからに…。

しかし、炎嘉はその生来の世話好きであるゆえに、困っている者を見て放って置けなかった。昔から、なので炎嘉の回りには、宮の格など関係なく、神の王達が集って笑いに溢れていたのだ。ずっと炎嘉に付いて来た嘉楠は、それを知っていた。そんな王に、ずっと命が尽きるまで仕えたいと望み、こうして使えることが出来ている喜びを、嘉楠は感じながら月の宮へと急いでいた。

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