子供
蒼は、会合の途中でいきなり維月に会いたくなったと出て行った十六夜が、急に戻って来て会合に場に割り込んで来たのに機嫌を悪くしていた。こっちは仕事してるってのに、ふらふらと相変わらず自分のいいようにしかしない十六夜に、腹が立っていたのだ。
臣下一同がためらいながらそんな不機嫌な王の顔色を伺っているのに、十六夜は何処吹く風で続けた。
「それでよ、運動会はどうかってことになったんだが、どうだ?」
蒼は、じっと十六夜を睨んでいたが、口を開いた。
「あのな十六夜、政務が面倒だっていきなり出てって、また帰って来てたいがい話の腰を折られたってのに、自分のしたいことだけ通ると思ってたら大間違いだぞ!確かにこの間そんな話はしてたが、宮の催しは今日の議題には入ってないんだ!いい加減にしろ!」
十六夜は、ふんと横を向いた。
「そんなもの、今議題に加えたらいいじゃねぇか。そもそも、月があっての月の宮だろうが。オレがいいんじゃねぇかって言ってるんだよ。オレが今言わなくても、そのうち維心が言って来るっての。その時議題に入れて、それで決めるのか?神世ってのは、そういうのがまどろっこしい。維心なんか、自分がいいと決めたら何でも押し通すじゃねぇか。」
蒼は、腹が立ったが、確かにそうだった。神の王は、何でも思い通りにしてしまう。自分は、まだ臣下達の声を聞いて無理のないように決める方だ。なので、負担になるようなことはしたくなかった。自分が王だが、本当なら十六夜が王だ。月の力を使うが月ではない蒼とは違って、月そのものだからだ。だが、生来のこの落ち着かない性格で、王には向かないと自他共に認めていた…なので、蒼が王なのだった。
蒼は、ため息を付いた。
「…仕方がない。維心様がそうおっしゃるのなら、こちらも開かなきゃならないな。」と、側に控える重臣筆頭の翔馬を見た。「それで、催しに時間は空けられそうか?」
翔馬は、頷いた。
「はい。ここのところ、こちらではそんな催しがついぞありませんでしたので、皆も楽しみに集まることでありましょう。ただ、準備にお時間が掛かりましょう。運動会となると、数百年前までは毎年ほど行なっておりましたが、最近は全くでありまするし、参加の有無を問い合わせなければなりませぬ。それから、組み分けを致しまして、参加人数に合わせて、観客の規制もしなければなりませぬ。トレーニングウェアや商品の準備のありまするし、いくら急いでもふた月は頂かぬことには。」
蒼は、考え込んだ。ふた月後…11月の終わり頃か。正月の準備の前だし、それならいいかな。
蒼は、頷いた。
「では、それで準備を進めよ。11月下旬で日を調整し、大まかなことを決めて報告を。それから、他の宮へと告示する。」
翔馬は、頭を下げた。
「は!それでは、失礼致しまして重臣皆で会合を。本日はこれで、王へのご報告は終わりましたので。」
蒼は、また頷いて苦笑した。
「いつも急ですまないな、翔馬。」
翔馬は、微笑んだ。
「いいえ。王の御ためでございまするので。それに、久しぶりの催しでございます。皆退屈しておりましたから、喜びましょう。」
そういえば、軍神達も最近は休みが増えて退屈しているらしいと筆頭軍神の嘉韻が言っていたっけ。調度いいか。
蒼は、微笑み返して翔馬、他臣下達が立ち上がるのを見て、自分も立ち上がった。そして、皆が頭を下げる中、十六夜と共に会合の間を出て居間へと戻って行った。
その道すがら、十六夜がさっきの蒼の不機嫌さなど気にも留めていないように言った。
「11月か。あっちも暇な時期だろうから、良かったじゃねぇか。」
蒼は、十六夜をひと睨みした。
「十六夜、何でも言う通りになると思ったら大間違いだからな。今度は、ちょうど良かったから聞いたけど、これからはそうは行かないから。やることをきちんとやってこそ、発言権もあるってもんだ。会合はきちんと出るようにしろよ。出ないなら出ない、出るなら出るってね。途中で飽きたからって出てったら、臣下達だっていいように思わないだろうが。月だからって、何でも許されるわけじゃないんだ。」
それを聞いて、十六夜が眉を寄せた。
「なんでぇ。オレは月なんだぞ?だから…」
「…己の勝手にしても良いてか?違うぞ、十六夜。主は維心に子供などと言えぬわ。」
後ろから、いきなりに声が聞こえて、慌てて蒼も十六夜も振り返った。もう、蒼の居間の前まで到着していて、戸を開けようとしたところだった。
「親父。急に出て来るな。」
十六夜が、不機嫌に言う。碧黎は、笑って手を振った。
「聞いておったから仕方がない。我も、月の宮の会合は出ておらぬが聞いてはおるからの。主とは違って、感心のない事柄であっても、一応は心に留めておるのだ。我とて、一応王であるからの。」
十六夜は、不機嫌になって横を向いた。蒼が、居間の戸を開けて中へと促した。
「では、碧黎様も。中へ。」
碧黎は頷いて、そこへ足を踏み入れた。十六夜も、碧黎が出て来ると仕方なく従って歩いて入って来る…いつもなら、自分に面倒なことなら、月へ帰って同席したりしないのだ。
蒼が定位置に座ると、碧黎と十六夜はその前の椅子に分かれて座った。碧黎が口を開いた。
「蒼はよう成長しておる。神の王として、主はもう一人前であるの。しかし十六夜、主は前世より全く成長しておらぬ。いつまで経っても気ままではないか。維心に偉そうに言うておったが、主とて子供よ。維心は、維月に対してだけあのように子供であるが、主はこういう政務に対しては子供のままぞ。維心は政務に対しては、前世とあまり変わりないぞ。少し短気ではあるが、維月が居るゆえ緩和されておるしの。主は維月に対しては大変に落ち着いておって良い対応であるが、こういうことはからっきしよな。我らのような命、本来そうではあるし、我とて気ままであるが、それでも責務だけは忘れぬようにしておる。主はそこが押さえ切れておらぬ。しっかりせよ。今生は我が育てたゆえ、少しは良いようになったと思うておったのに。主にとっては、前世の記憶がそのように悪いように出ておるようよの。」
十六夜は、碧黎を睨んで言った。
「オレだって、ちょっとは皆がいいようになるように考えてはいるんだよ。だから、こうして世話焼いてるんじゃねぇか。」
碧黎は、首を振った。
「それはの、己の気が向いた時に気が付いたことだけであろう?王とは、全て常に見ておらねばならぬ。蒼とてそうよ。個人だけを見ておるのではないぞ。己の民全てを良いようにせねばならぬから、しょっちゅう気を遣っておるのだ。維心など、あの大勢の臣下を動かしておるのだぞ。そのうえ、全ての宮を監視しておるのだ。それを好きでやっておると思うのか?違うであろうが。維心なら、許されるなら、ずっと維月と一緒に戯れておるだろうよ。だがそうせぬのは、責務を分かっておるからよ。十六夜、少しこの宮の運営を任されてみよ。さすれば分かる。気が向いた時に気が向いたことだけするのなら、誰しもそうするわ。」
蒼は、さすがに十六夜を庇った。
「碧黎様、別にそこまで関わって欲しいのではないのです。ただ、皆への対面もあるから、一度参加したら最後まで参加して欲しいとか、そういったことだけで。確かに軍の面倒も見てもらってるし、十六夜にはいろいろしてもらっているから。」
碧黎は、フッと息を付いた。
「それも、気が向いた時だけであろう?」と、十六夜を見た。「まあ良い。蒼が王であって、主はゆえに王ではない。だが、蒼を煩わせることだけはするでないぞ。此度のことは、良い。皆が喜んでおったゆえ、迷惑でもないようだったしの。しかしこれからは時と場所を考えて蒼に提案せよ。王の責務を邪魔してはならぬ。」
十六夜は、何か言いたそうだったが、それでも言わずに横を向いて、頷いた。
「分かった。」
碧黎は、そんな十六夜を困ったような表情で笑った。
「…ほんになあ。まあ、まだ前世今生あわせて2千年も生きてはおらぬから。仕方がないことよ、我が子と言うて。」
蒼は、そんな二人を見て、思っていた。二千年って、単位が違うんですけど。オレだって、まだ四百年ぐらいしか生きてないし。まあ維心様は、前世を合わせたら二千年ぐらいにはなるかもしれないけど。
そんな蒼の気持ちも知らず、同じ種類の命の二人はじっとそのまま黙って座っていた。




