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親友

箔翔は、その日も維明と共に行動していた。

維明は、今日は領地の見回りと、宮の外へと飛んでいた。そうは言っても、軍神達が付いて来ているわけでもなく、時間が空いたからと散歩のようなものだった。高く飛んでいると、いくつかの別宮が見えたが、その中でも、まるで隠れるようにある宮を箔翔は見つけた。どうしてあんな風に建っているのかと気になった箔翔は、維明に言った。

「あの宮は?」

維明は、箔翔が指す先を見て、言った。

「ああ、あれは父上の別宮の中でも、北の宮と言われている場所での。普段は無人であるが、時によく母上と共に出掛けられる場よ。何でも、前世の父が生まれた場とかで、前世からよくお二人で出掛けておられたそうだ。」

箔翔は、頷いた。維明は、そちらへ向かってすーっと下りた。

「行ってみるか?誰も居らぬがの。」

箔翔が答えない間に、維明はそちらへ下りていた。箔翔も、興味が湧いてそのまま維明について行った。


そこは、静かな宮だった。

山深く、側に川が流れているのが、上から見渡せる。そして、露天風呂もついていた。無人ではあったが、綺麗に掃除されて保たれていた。維明が、そこへ降り立って箔翔を振り返った。

「小さな宮であるが、落ち着くであろう?母もそう言っておった…父との、思い出の場だと言って。」

箔翔は、維月の気が残っていないか無意識に探す自分に驚いた。そして、慌てて首を振ってそれを振り払うと、維明は不思議そうに箔翔の顔を覗き込んだ。

「…主、最近おかしいの。なんと申すか、気がよく変化する。急に大きくなったり、元へ戻ったり。いったい、どうした。何かあったか。」

維明は、本当に分からないようで、他意はない素直な瞳でじっとこちらを見ている。それを見た箔翔は、維明に隠し事はしまい、と思った。共にあの太陽風と戦ってから、維明とはとても仲良くなっていた。同じ立場の、同じ神で、本当の友というものが出来たのは、初めてのことだったからだ。箔翔は、維明を見返して言った。

「…言おうと思っておったのだ。主の…母のことぞ。」

維明は、一気に眉を跳ね上げた。まさか、母のことが出て来るとは思わなかったらしい。

「母上?それがどうした。」と、ちょっと小首をかしげた。「確かに母は、元は人の記憶があるゆえ、どうしても神の女とは違っておるがの。それが、主の勘に障るとかなのか?ならば申し訳ないの。」

箔炎を知っている維明には、箔翔もおそらくそうだろうという思いがあるらしく、王妃でありながら乳母に任せず、その上成人している息子を未だに甲斐甲斐しく世話しに来る維月を、鬱陶しく思っているのだと思ったらしい。

箔翔は、首を振った。

「そうではない。主の母は、まだ若いであろう?」

維明は、頷いた。

「我を早ようにお生みになったからの。その上、月であるから歳を取らぬ。ま、父も老いが止まっておるから変わらぬが。」そこまで言って、維明はハッとしたように箔翔を見た。「まさか…主、母上を?」

箔翔は身を固くしたが、渋々頷いた。

「最初、主の部屋で会うた時は何も思わなんだ。なぜに父上が、あれほどに執心なさるのかも、理解出来なんだものよ。あの時は、気を遮断する膜を被っておったから。」

維明は、唖然として言葉が出ずに、ただ頷いた。箔翔は続けた。

「それが、地に連れられて戻った時、その気に一目で魅せられてしもうた…それで、理解した。あれが、世の王を尽く惹きつけて止まぬという気なのかと。なので…それから、主の母の前では、平静ではおれぬのだ。」

維明は、しばらく黙った。箔翔は、ただじっと何を言われるのかと下を向いていた。すると、維明はとっくりと5分は黙っていたかと思うと、口を開いた。

「…主の気持ち、分かる。」箔翔が、驚いて顔を上げると、維明は続けた。「我と母は、実際には血の繋がりはない。産んでは頂いたが、月であるし。月の命が苗床になっただけで、何と言うか…遺伝子的には他人であるそうだ。ほとんどが父であるのが我で。なので、我とてあの気に飲まれそうになることもあるし、それに母はあれほどに我を大切にしてくださるゆえ、慕わしゅう感じることも一度や二度ではない。それでも、母であるし。我は母を望もうとは思っておらぬ。だが、主のように他人であったなら…恐らく主と同じように望んだであろうよ。」

箔翔は、維明をじっと見つめた。

「維明…我を疎ましく思わぬのか。」

維明は、微笑んで首を振った。

「なぜに?主は我にそれを打ち明けてくれたのであろう。だがの、諦めよとしか言えぬ。主も知っての通り、主の父王でさえ母を娶ることは叶わなんだ。我が父が最強であるから…父は、死んでも母を手放さぬ。そして月も、母を手放さぬ。なので、主が母を想い続けてもつらいだけなのだ。」

箔翔は、頷いた。

「分かっておる。父ですら無理だったこと、我に出来るなどとは思ってはおらぬ。しかし、どうしたら良いのか分からぬのだ…維明よ、こういう想いというのは、どうすれば消すことが出来ようか。」

維明は、困ったように顔をしかめたが、空を見た。

「我には経験がないゆえ…しかし、他のことで気を紛らわせる他無いのではないか?もしくは、他に想う女が現れるとか。我には、それしか言いようがないの。」

箔翔は、その龍王にそっくりの維明の横顔を見た。維明は大変に美しい。自分とは対極の、黒髪に深い青い色の瞳。龍王に代々受け継がれるというその色は、維月がいつも誉めそやしているもの。

箔翔は、自分の中に芽生えてしまったこの気持ちを、どうしたものかと持て余していたのだった。



居間から出て行こうとする維月を、維心がとめた。

「維月?また何処へ参る。我も共に。」

維月は、苦笑して維心に歩み寄った。

「まあ維心様、維明の所でありまするわ。先ほど維心様にお持ちしましたシュークリームが、いくつか余りましたので持って行ってやろうかと思いまして。」

維心は、維月を抱き寄せて首を振った。

「ではそれは侍女にさせよ。主は我から離れ過ぎであるのだ。先ほど戻ったばかりであるのに。」

維月は、困って維心を見上げた。

「それは、維心様にシュークリームを作って差し上げておったからですわ。ちょっと行って参るだけでありまするのに。」

維心は、断固として腕を離すつもりはないようだ。じっと維月を抱きしめたまま、そのまま黙った。

維月は、ため息を付いた…こうなると、どうあっても維心は離してはくれないからだ。これ以上言うと、怒らせてしまう。なので、仕方なく侍女を呼んで、言った。

「これを、維明に。あ、箔翔が居たら、そちらにもあげるように申して。」

侍女は、頷いてうやうやしくその、シュークリームには不似合いな塗りの箱を受け取ると、そこを出て行った。維心は、やっと落ち着いたように維月の手を取ると、自分の椅子へと維月をいざなった。

「主は我の妃であるのに…。我の側に居るのが責務ぞ。そのようにふらふらと出て参ってはならぬ。」

維月は、仕方なく頷いた。わがままではあるが、それでも神の決まりと照らし合わせると大概自由にさせてはもらっているのだ。なので、こういう時は譲歩しようと思っていた。

なので、おとなしく隣りに座っていると、十六夜の声が不意にした。

「あーよく我慢してるな、維月。相変わらずわがまま放題じゃねぇか。いくら今生では若いったって、ほどがあるぞ。将維にしとけ、将維に。あっちの方が前世の維心に近い。」

すると、維月が弾かれたように立ち上がった。

「十六夜!ああ、久しぶりね、もう実体化しても疲れない?」

駆け寄って来る維月を抱きしめて、十六夜は笑った。

「ああ、もう大丈夫だ。月の宮ではもう、こうして降りて来てたんだよ。だが、こっちへなかなか来れなくて。」と、不機嫌に顔をしかめて座っている維心を見た。「なんだよ。お前だけの嫁じゃねぇだろ。お前にとっちゃ嫁なだけ、オレにとっては嫁であり妹なんだぞ?」

そう、今生ではよちよち歩きの時でも手を繋いでいた。一緒に育ったからだ。維心は、言った。

「それも苛々するが、将維にしておけとはなんぞ。あれは我の複製のようなものよ。ようは、我なのだからの。」

十六夜は、維月を伴って側の椅子に座った。

「だが、中身のことを言ってるんだ。お前って、子供なんでぇ。前世の維心はここまで子供じゃなかった。維月に甘えることはあっても、もう少し遠慮ってのがあったからな。それがなんだ。今じゃ将維の方が大人じゃねぇか。あのな、忘れるな。維月が好きになったのは、前世のお前。今のお前じゃねぇよ。あんまり我がまま放題だったら、愛想つかされるぞ。」

さすがに維月が、割り込んだ。

「十六夜…言い過ぎよ。維心様も、今成長なさっておるのだし。そのうちに、元の記憶に追いついて戻られるわ。私もそれまでお待ちするつもりだから。」

維心は、それを聞いて逆にショックを受けた…待つと。それは、つまり今の我では…。

「…維月。主も我が子供だと思うておったのか。」

維月は、ハッとして慌てて口ごもった。

「え、あの…いえ、確かに前世の維心様と雰囲気が違う時がおありになるとは思うておりましたが、それでも…今生の記憶の方が強くなって参りまするから。その、今生はお心も健やかにお育ちであられて、前世のようにご苦労もありませぬし。私も、今生父に甘やかされて育ったので、少し変わっておりまするし、あの、お互いにそれでよろしいかと。」

苦しい感じだった。十六夜が、面倒だという風に手を振った。

「ああ、気にしたって仕方がねぇよな。お前がそんなんだしよ。今、あっちの次元の維心が居るし、維月もこっちに居る時だけ我慢してりゃいいから、いいんじゃねぇか?そんなことを話に来たんじゃねぇんだけど。」

十六夜が、先を続けようとしていたが、維心はまだ立ち直っていなかった。一度、若いせいで我がままだと言われて、少し気にするようにはしていた。なので、マシにはなっていたはずなのに、最近あまり考えずにいたら、またその我に戻っておったと申すか。しかも、維月はこの我を一番に思うておるのではなく、あちらの次元の維心や、将維を心の拠り所に…。

「維心?おい、だから、オレは他のことを話しに来たんだっての。維心?」

維心は、ただ呆然としていて、十六夜の声も耳に入っていなかった。

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