身近な文献
王の許可を貰い扉が開く。中には声があったようにトストン王、アスナが向かい合うように大きなソファーに座っている。アスナ側のソファーの後ろにフィノアが控えていて、王の後ろにもメイドさんが控えていた。
部屋は宰相であるサイシャが執務室として使用していた部屋とほぼ変わらない。多少広いくらいだろうか?奥にあるシンプルであり立派な机には書類が鎮座している。いいのかトストン。
「早かったな。もういいのか?」
「はい。私の話は済みましたので」
にこやかに交わされる主従の会話。私の顔は思わず引きつってしまう。明らかに行動計算されてたよね。なんかもうサイシャから王様に私が泣いてた経緯も伝えられてそう。
今はでも関係ない。今回はカレーの件でいるんだし!
サイシャに促され皆の所へ行く。自然とアスナの横に腰かけたわけだが、何故か動揺したように彼の体が揺れた。
えっ座っちゃダメだった?!そういえば目上の人と話す時は許可を貰ってから座るんだっけか…。
うん、座っちゃったもんは座っちゃったから気にしない。正面にいる王様に真っ直ぐ目を向ければ、特に気にした様子もなく机の上に何かを広げた。その横にはサイシャがいつの間にかいたりする。
「さて、異世界の娘よ。約束通りの文献だ。存分に確かめるがいい」
そう言われたら見るしかない。机の上のものを見ようと身を乗り出す。持ってもいいのか不安になるほど、その文献と呼ばれる紙切れは風化していたから。
「………は?」
「どうした?」
思わず私の口から出たマヌケな声にいち早く反応したアスナが問いかけてくる。しかしそれに答える余裕がない。
だ、だって文献?文献って…
広告チラシ!!
え、だって、何処からどう見てもチラシだよね?だいぶ古いのか風化しちゃってるのか所々色褪せてるけどチラシだよね?!
「お前の知っているカレーとは違うのか?」
カレー。確かにカレーと思わしき物体がチラシの真ん中にドンと載っている。いや、色がハゲハゲすぎて形状でしか分かりにくいけど確かにカレーライスだ。こりゃ日本のチラシだなぁ…。880円か。何処かのファミレスっぽい。
…確かラスナグがカレーって神々が食べるもんだって言ってたよね?神様=異世界人?未知の食べ物だから?この世界の常識って…。
「あのー…」
「なんだ」
「確かにカレーのチラ…文献ですけど、何でこれを今回の条件に作らせようと思ったんですか?というより何処でこれ手に入れたんです?」
私の疑問にああ、と答えてくれたのはサイシャだった。
「これの他にも文献は存在しますが、これほど大きく描かれた食べ物は珍しいんです。しかもこの世界には存在しない辛いもの、というのが解読されました」
あーうん。辛さは自由自在とか謳い文句書いてあるわ。
「因みにこの文献は我がトストンが所有している遺跡から発見されたものです。世界各所にある遺跡は次元が不安定でして、たまにこうした『神々』のものが紛れ込む事があります」
神々…ねぇ。
成る程。このチラシで私がこの世界に来る切っ掛けになったわけか。でも何で食べ物にしたんだろうか。チラシに食べ物が大きく載ってるのが珍しいから、っていうのは分かったけど…。
国のトップも食べるんだよね?口に入れるものをホイホイ関係ない異世界人に作らせるのは…普通ならあり得ないと思う。
「…カレーを今回の条件にしたのは、トストン王ですか?」
「そうだ。ワシが決めた」
「神々の食べ物と言っても、私が作るものです。何故信用の置けない者が作るものを、今回の条件に起用したんでしょうか?」
私の言葉にアスナが苦い表情を作る。大丈夫、泣いたりしないよ。これはビジネス方面の話だからね。
すると突然王様が俯いてしまった。ど、どうしたんだろう?質問だらけで嫌気がさしたとか?それとも私の言葉遣いおかしかった?
「…ふ、…は…はっはっはっは!!」
そして今度は顔を上げて大きく笑い声を上げた。な、なんだ?やっぱり言葉遣いおかしかった?
意味が分からなくて困ったようにサイシャを見れば満足そうに頷かれた。だから意味が分からんて。
「くっくっくっ…これ程まで己が不利になる事を正直に事前確認する者をワシは知らん。異世界の人間とやらは、お前のような者ばかりなのか?」
「いやぁ、人間ですから色んな性格のがいますね」
「成る程。お前がとびきりマヌケなだけか」
喧嘩?喧嘩売られてるの?
思わず握り拳を作ったらアスナにその手を上から押さえ付けられた。やだなぁ、殴らないよ仮にも権力者トップよ?はっはっは。
「気に入った」
ニッと王様は今まで見せなかった顔で笑ってみせた。なんというか…近所の子供を叱りつけた後素直に謝ってきたので褒めるみたいな…分かりにくい?
「カレーに決めたのは『辛い』食べ物に興味があったからだ。勿論、ワシは食すつもりはなかったがな。適当な者に食わせ反応を見るつもりでいた。…それ以前に、出来上がることもないと思っていたがな」
食べるつもりもなく作れると思ってなかった?ははは、拳が震えてきちゃったよ。アスナってばそんなに強く押さえ付けなくても殴りかかったりしないってば。殴りたいのは山々だが。
「食べてみたい。ハナの作るカレーとやらを」
ハッキリと告げられた言葉。
どういう風の吹き回しなのか。そもそも…
「私がカレーを作ってしまえば、女王陛下を娶ることが出来なくなりますよ?」
カレーを作ってみせれば、もう王様はレナーガルに手を出さないうんねんの約束だったはず。
私の疑問に彼はやっぱり笑って告げた。
「諦めるとは言っておらん」
…ほんと。早くくっついてくれないかなーバカップル。
読んでくださりありがとうございます。