異世界人と召喚術
翌朝。
私は皆に断りを入れてとある執務室に訪れていた。
「昨日はドーモ」
「わざわざ、それだけの為に早朝からお越しくださったのですか?」
ふ。朝からそっちも腹黒全開ね。
私が訪れたのは宰相殿の執務室。すんなりと通された事に若干拍子抜けだったり。書類とか積んであるけど、これ国家機密とかじゃないのか?
まぁ興味はないけど。
「そうね。わざわざ私の後をつけてアスナを煽るような真似して退散したあなたの真意を知りたいわ」
「貴女のそういった正直な所、好きですよ」
「あなたのそうやって回りくどくする所、嫌い」
いちいち面倒なんです。言葉遊びは上の特権かもしれないけど、私は一般市民なんで。
何故か楽しそうに笑う男に若干イラつく。質問に答えんかい。
「そうですね…最初は貴女を陥落させて此方側に有利なよう運ぶ予定でしたが…」
「正直だね」
「回りくどいのは嫌いなのでしょう?女神様が落としにくいのもありましたが…リヒル殿に借りを作っておいた方が得策かと思いまして」
いかん。矛先がズレたわけか。
つまりこの腹黒宰相殿は私達より優位に立つよう虎視眈々と狙っていて、ちょうどいい具合に私が泣いていたので利用したと。
アスナはタイミング悪かったなぁ…いや、隙を見せた私が悪いのか。ごめん、アスナ。心の中で謝っておく。
「レナーガルとトストンは良好な関係を築いてるって聞いてるけど?」
「友好国であったとしても、権力のある者の弱味は握っておいても損はないですよ。ところでハナ様。ピアス、とてもお似合いですね」
ははは。大変綺麗な微笑みを浮かべますこと。
現在私の左耳には昨日と同じく赤いピアスが付けられている。あんな風に付けられたらなんかもう外して歩けなくてね…。ラスナグのは、まだだけど。
「そのように魔石の贈り物をするとなると、リヒル殿はハナ様を大事にしているのですね」
「色んな意味で大事にしてもらってる自覚はある。なに、やけにアスナに突っ掛かるね」
なんかあるのか?首を傾げれば彼は席を立つとゆっくりと私の前に来る。
背が高い…そんなに近付かれると首が痛いんですけど。
「彼は、貴女側の人間ですから」
「は?」
「今は…違いますけどね」
とっておきの秘密を洩らしたかのようにサイシャの口が弧を描く。私側の人間?そりゃアスナはレナーガル所属だからね。今は違うって言った?意味が分からん。
笑みを浮かべる相手とは真逆で、不快な顔をして私は睨み付ける。
「謎かけみたいに言われても私には分からないってーの。それにこれ以上サイシャの手の上で踊らされるのは嫌」
「ふふふ、そうですか」
特に反論もなく、この話は終わりだというように距離が離れた。何処に行くのかと見ていれば、振り返る。
「陛下の元へ行きましょう。カレーの文献は既に用意させてあります。他の方々も、案内がいますので」
後は私達が行くだけですよと扉を開いて私が出るのを待っている。案内っていつの間に。この男、朝から私が来るの計算してたんじゃなかろうか。
尋ねたとしても誤魔化されるだけだろう。見せつけるようにため息だけ溢すと扉を潜った。
朝早いせいかすれ違う使用人も数少ない。サイシャと並んで歩きながら、簡単な世間話をしてみた。
「トストン王って即位されたのは早いんだよね?サイシャも同時期に宰相になったの?」
「いいえ。その時期はまだ私も学ぶ身でしたので…父が前国王の側近でして、昔から陛下とは畏れ多くも付き合いがありました。その後、有難い事に今の役職を頂きまして現在に至ります」
「へぇ、優秀なんだね」
「学ぶべき事を学んだだけですよ」
謙遜してるんだか他の人を馬鹿にしてるのか微妙な返答だな。
「トストンはレナーガルと比べて国の歴史は浅いですが、他国と繋がりの強い貿易を主体としています。今回ハナ様が召喚された事はいち早く国に伝えられているでしょう」
「げ。なんで?」
「異世界人を召喚など何百年ぶりですからね。恩恵を受ける為、ハナ様に一目会おうとする者が増えるでしょう」
迷惑な。
恩恵って言われても特に伝えられる技術もないし目上の人を捌くほど話術に長けてもないし…まぁいざとなったら女王陛下が上手くやってくれるだろう。政の手腕は過去最高だってアスナが自慢してたし。
「召喚術って珍しいの?」
「大抵は無機物。若しくは意志疎通の出来ない小動物を召喚することは珍しくありません。しかし召喚術は多種多様の精霊を従え行う大規模な魔術。そう頻繁には出来ませんし、普通は呼び出すものの把握。場所の計算が基本。しかも生物であるならそれに伴う知識も必要です。異世界であり人形であり知識を共有出来るものの召喚が、どれだけ特別なものか分かりますか?」
うへぇ。そんな凄いもので召喚されたのか私は。
だからあやふやな条件の召喚で異世界の人間である自分が来た時の反応が異常だったのか。イオン君の言う神様の条件ともまた面倒に絡んでくるなぁ…。
「私は世界が違うだけの一般人です」
「それは貴女の評価でしかない。事実、カレーの作り方を知り尚且つ私達の知らない知識を所有している。それだけでも、十分に価値があるんです」
「それを生かすも殺すも私の自由じゃない?」
「そうですね。貴女は非力な女性であり、魔力もない。知識を盾としなさい。そうでなければ…」
「痛い目にあう?」
忠告なんだか脅しなんだか。
私の言葉に彼はニッコリ微笑んだ。
「守って貰う、という手段もありますよ?貴女でしたら、私が直々に御守りしてもいいと思えますから引く手あまたでしょう」
ヒロインポジションですか。
何気に自分を売り込んでくるのが流石というべきか…。異世界の知識ってそんなに価値あるものなんかね?
「そりゃどうも」
「おや、振られてしまいましたか」
楽しそうに笑っているこんな腹黒の恋人はいらん。どうせなら頼りになるような優しい人がいいなぁ…。
ふと脳裏に過ったのは、空の色。急に顔が熱くなった気がして首を振る。
い、今のは違うぞ!ただ正反対の人物像を考えただけで…!
「…誰に言い訳してるんだか…」
虚しくなって小さく呟く。視線を感じたので恐らくサイシャは聞こえたようだけど、スルーしてもらえた。繋がりのない言葉だったからかもしれない。
なんだかんだで辿り着いた場所。初めて訪れる大きな扉の前でサイシャが足を止めた。同時に私も足を止める。
「サイシャルーアです。ハナ=ミズキ様をお連れしました」
その声に中から「入れ」と王の強い声がかかった。
サイシャの呼び方が女神様だったりハナ様だったり。楽しそうです。
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