誕生日
神流剥製工房:吉野川に注ぐ清流に面して、ぽつんと建っている。元は木こりの宿泊施設。正面に小さな吊り橋。辺りは原始林。1キロ西に「山田動物霊園」がある。
神流 聖:31才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):生まれつき心臓に重い障害があり、聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。アルビノのヨウムの剥製に憑いている。元は幽霊。のちに山の女神と合体したらしい。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:31才。聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。山田動物霊園のオーナー。美形だが、常に派手すぎるファッション。喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
桜木悠斗:山田動物霊園の住み込みスタッフ。元ホストでイケメン。
トラ:悠斗の飼い犬。秋田犬。
鈴森甲太郎:35才。養豚所経営者。大男で顔は可愛らしい。時々精神感応してしまう。(自分でコントロールできない)。愛称は「熊さん」
2月28日土曜。
午前6時
神流聖は
携帯電話の着信音に起こされた。
ぴぽん、ぴぽん、ぴぽん、ぴぽん。
続けさまに4回鳴った。
携帯を手に取れば
(誕生日やねん)
と表示。
結月薫からのラインだった。
(悠斗にシロちゃんのお泊まりは頼んでる)
↑
(ペンション予約した)
↑
(仙人温泉連れて行って)
「仙人温泉?」
聞いたことはある。
どこかのスーパー温泉だっけ?
なんでペンション?
眠りから覚めきらぬままに、とりあえず検索。
「熊野大社の手前って……和歌山じゃん」
車で2時間半の距離。
国道を、ひたすら南下。わかりやすい一本道。
ただし、カーブしかない。
「シロ、俺、全然行きたくない」
顔を舐めにきた愛犬に愚痴る。
クネクネ道を運転したくない。
確かG駅前からバスが出ていたような……。
あ、でも(連れて行って)ってコトは、バスは除外か。
有名な観光地……人が大勢で嫌。
川の温泉。巨大露天風呂につき水着を着用……。面倒くさい。
山のペンション……山に住んでるのに、魅力無いでしょ。
「クワン」
シロが携帯電話に向かって短く吠えた。
再びラインに目を通す。
(誕生日やねん)
最後のメッセージが重い。
誕生日の<おねだり>なら断れない。
今日が薫の誕生日と忘れていた。
いや、元々誕生日を知らない。
(G駅まで迎えに行く)
とラインを送った。
(G駅15時着)
即、返信。
「昼から行くの? そっか。余裕あるじゃん」
聖は寝直した。
「えげつない、ぐにゃぐにゃ道やんか。国道のくせに」
薫は、ナビを見て驚いている。
「車酔いするかもしれん」
言葉通り10分も経たぬうちに、気分が悪いと言い出した。
結果、運転を替わった。
「不思議なモンやな、ハンドル握ってたら、絶対酔わんな」
「うん。……安全運転だね」
制限速度を守っている。
性分に合わない。
「しゃーないやん。おまわりさんやもん。車の運転、好きちゃうねん。二輪は体感でスピード分かるから楽や。しやからセイに連れて行って貰おうと……」
と、ブツブツ。
6時前に<仙人温泉>に到着。
陽が落ち始めていた。
壮大な景色が忽然と現れる。
思い描いていたより
大きな川だった。
絶え間なく蒸気が上がっている。
あたり一面、霧が掛かったよう。
そこに夕焼けのオレンジの光が落ちている。
ありきたりでない美しい眺めだった。
聖は、気分が上がってきた。
「なんていうか……幻想的。異世界にきたみたい」
「うん。動画見て心惹かれたんや」
川の南側は山。
北側にホテルや旅館が立ち並んでいる。
「メジャーな観光地なんだ」
脱衣所らしきテント周りに人が並んでいる。
<川湯>のなかは混み合った海水浴場のよう。
「でっかい川やな。ほんまに千人入れるな」
<仙人>の名称は千人が由来の説がある。
薫は川沿いの道を進み
一番奥のペンション<TUGE >の駐車場に入った。
3階建。白壁でサファイアブルーの三角屋根。
北欧風の建物だ。
1階がレストランになっている。
「セイ、先に晩ご飯やで。陽が落ちてから湯に入るねん。ビールは後やで。酒酔い入浴禁止やからな」
レストランのフロントでチェッイン。
長身で口ひげが似合ってる中年男性が応対。
店内に居た若い男性スタッフに(ツムギ、ご案内)と声を掛けた。
案内されたのは3階の部屋だった。
インテリアも北欧風だ。
壁はアイボリー。絨毯はグレー。
カーテンはモスグリーンで
かわいらしい木、家、花の図柄。
両脇にベッド。
それぞれのサイドテーブルにキノコ型のルームライト。
「うわー。感じいいじゃん。俺こんなとこ初めてだ」
聖はさらに気分が上がってきた。
「お食事は、何時から、……食べますか?」
ツムギが聞く。
間近で見ると、高校生くらい。
「すぐ食べたい」
時計を見て薫が答えた。
1階レストランは、
4人テーブルが、4つ、2人テーブルが2つで、ほぼ満席。
窓際の二人席に案内された。
隣の4人テーブルとの間隔が狭い。
着席した時から、
女3人喋っているのが、まる聞こえ。
テーブルの上にはコーヒーカップ。
食後のコーヒータイムらしい。
(オーメンは最初のが怖いですね)
(着信も、そうやね)
話題はホラー映画らしい。
エビフライに、ハンバーグ。ポテトサラダとオムライス……。
盛りだくさんのプレートが運ばれた。
「へえ。大きな皿に全部載ってるんだ。賑やかでいいじゃん」
「セイ。気に入ったか? 楽しいか? 人が多いけどな。心配せんでええ。湯に入るのは夜やから。灯籠の明かりと月明かりだけやからな」
親が子供に言うような口調。
「うん」
薫の気遣いが嬉しい。
人混みが怖いのを知っていて、
夜なら大丈夫と言ってるのだ。
「すっごいサプライズだよ。ありがとう」
薫の誕生日企画だと忘れてる。
二人黙って食べ始めると
隣席の会話を聞いてしまう状況になった。
「……それでね、階段を降りてきた『ウサギ男』が言ったんです、『お母ちゃんに喋ったらお前は死ぬんやで。お母ちゃんが誰かに喋ったら、お母ちゃんも死ぬんやで』って」
語っているのは、(4人テーブルの)聖に近い席に座っている女。
20代前半、色白で小柄。
前髪カール。耳の横からの三つ編み。
ベルベットのふんわりしたワンピース。
レース編みの白襟が目立つ。
……映画かアニメの話だと聞き流した。
だが、続く会話には……聞き入ってしまった。
「ウサギ男?……なにそれ」
薰に近い席の茶髪の女が問う。
30代後半。
襟元と袖口がヒラヒラの深紅のワンピース。
「ウサギの着ぐるみを着た男です。水色のウサギ」
「『ウサギ男』は団地の階段を降りてきたんやね……エスターはキミ子ちゃんと踊り場におった。……一体何を『喋ったら』アカンの? わからんわ」
「あの、パールさん、自分を見たと喋ってはいけない、そういう意味ではないですか?」
遠慮がちに、<エスター>の隣席の女が言った。
ふっくらした体型で50才くらい。
濃い茶色のセミロングは緩やかなウエーブ。
黄土色のセーターに焦げ茶色のエプロンドレス。
年相応の落ち着いた雰囲気。
「ウサギ男を見たコトを? アニーさん、それ、ホラーやんか。なあエスター、他になんか憶えてない?」
パールは面白がっている。
「まだ私、1年生やったから、よく憶えてないんです……あの日、母の車で団地に、キミ子ちゃんの家に行ったのは確かです。なんで行ったのか、その時は知らなかった。後になってね、キミ子ちゃんは不登校で母はPTAの役員やから様子を見に行ったと、分かりました」
「そうか。キミ子ちゃんは不登校か……エスターの友達では無かったんや」
「ええ。話した事も無かったと思います。でもあのとき、キミ子ちゃんは嬉しそうでした。駅が見えると言ってね、階段の窓のところに、連れて行ってくれたんです」
「そこにウサギ男が現れたんか。……キミ子ちゃんは、どういう反応してた?」
「何か言ってたような『怪我してるん』みたいな言葉を……あやふやな記憶ですけど」
「怪我?……謎やね。……他には? なんか憶えてないの?」
「もう止めませんか?……エスターさんは憶えてないんですから」
50才位の女はパールを諭すように言った。
「でもな、アニーさん、これほんまに怖い話かも。……なあエスター、キミ子ちゃんは、その後すぐ、団地の窓から落ちて死んだ、それは間違い無いんやろ?」
「はい。テレビのニュースを母が見てました。学校でも大騒ぎやったん、憶えています」
「キミ子ちゃんは『ウサギ男を見た』と誰かに喋ってしまって、それで、死んだんちゃうん?……うわ。めっちゃ怖い」
怖いと言いながら、パールは笑っている。
「パールさん、私たちはエスターさんからこの話は聞かなかった。エスターさんは『ウサギ男を見た』と誰にも喋っていない。そういうコトにしましょう。喋った方も聞いた方も記憶から消すんです。でないと……ね?」
アニーが言う。低い作り声がちょっと不気味。
「ひゃあ、アニーさん、さすがやね。今のコメントが一番怖い」
パールは大げさに身体を震わせた。
「アニーさんは、私を心配してくれたんですか? 喋ってしまったから、死んでしまうとでも?……フフ、フフフ」
エスタ-は笑いだした。
「ちょっと、なんでアンタが笑うの? あ、……ああ、そうか。わかった。作り話か」
パールはエスターの肩を叩く。
「ウケましたよ。本当にあった怖い話、でしたよ」
アニーはクスリと笑う。
そして
「そろそろ部屋に戻りましょうか」
と腰を上げた。
……エスターが、先を行く二人の背中に呟いた。
「あの時、喋ったんですよ。『ウサギ男』を見たと。でもこの通り生きてます。24まで無事に生きてます」
パールとエスターには届くはずのない小さな声だった。
でも、聖には聞こえた。
3人が去るのを見届けた後、
薫はボヤき始めた。
「なんや、アレ。せっかくのセイと二人のデイナーを邪魔しよって」
「面白い話だったよ。カオルも聞いてたんだろ」
「つい聞いてしまうような話やから、邪魔やんか」
「事件性が有るかも知れないとか、考えちゃうもんね」
「今の話は、事件性は無いで」
「『ウサギ男』はホラーだけど」
「あれも創作や、言うてたやんか」
(それは違う、エスターは作り話と言ってなかった)
と、口に出すのは止めた。
「そうだね……あの人たち、どういう仲間なんだろ?」
「エスターとパールとアニーやで。ホラーマニアの集まりやんか」
「やっぱそうか。エスターとパールでそうかなと。服が寄せてたし。けど一人は普通のオバサンだったよ。アニーって呼ばれていた人」
「アニーは『ミザリー』の怖いオバハンやんか。3人の中で一番再現度高かったで」
「あ、あれか」
有名な映画のサイコパスではないか。
「さすがカオル、ホラー映画には詳しいね」
「ここ1年ほどはな、ホラーもスプラッターも観る気がせえへん。途中で嫌になるねん。なまじリアルな死体を知ってるからかな。『臭い』を感じた気がするんや」
本当に臭いを感じたなら、それは<幻臭>。
精神疾患の症状だ。
そうなるのが不安だという。
「それは……辛いね」
聖は責任を感じた。
血なまぐさい事件を呼び寄せているのは自分だと。
「そんでな。俺に必要なんは『禊ぎ』やと閃いたんや。たまたま『仙人温泉』の動画見て、この川で、記憶に染みついた死臭やらの邪気をな、払ったるねんと」
2月28日、薰の誕生日は土曜で非番。
そして『仙人温泉』は今期の最終日だった。
「そうか。入れるのは冬の間だけなんだ。明日は入れないんだ」
「そうやで。今夜が千秋楽やで。力の入った禊ぎを期待してるねん」
「力の入った禊ぎ? 俺、大丈夫かな。『あやかし』って言われたコトあるし。邪気と一緒に祓われたりして」
「溶けたりしてな。ところてんみたいに」
「えーっつ。それ酷くない?」
薰は笑う。
聖も笑う。
本日中に
またもや死体を見るとは
思ってもいない。




