22話 教師の視線
旅行を終えて、今日は久しぶりの学校だ。お土産を持っていくので、先生に渡さないといけない。登校してからのことを考えると、今からため息をつきたいくらいだ。
「ふふっ、はると君。準備はできたかなー?」
心底楽しくてしかたないというように、こよみは体を傾けながら俺を見てくる。
このままじゃ、先生に生暖かい目で見られてしまう。そして、生徒たちの噂になってしまうことも間違いない。おそろいのお土産なんて、格好の餌だ。
だが、お土産を買って渡さないというのも違う。そんなことをしたら、買った意味がないのだから。
あんまり日持ちはしないお菓子なので、露骨に日付を開けるという手段も取れない。一日二日ずらしたところで、焼け石に水だ。
結局、僕は覚悟を決めるしかないんだ。どうせ選ぶ道なら、笑顔で突き進んでやるさ。僕は深呼吸して、こよみに頷いた。
「もう、大丈夫だよ。でも、こよみさんは良かったの? 変な噂になって、困ったりしない?」
「ふふっ、はると君ってば。優しいのは好きだけど、あまあまだねー。あっ、もしかして……」
そんな事を言って、こよみは黙る。何を思いついたのだろうか。言い回しからして、僕が何かを見落としているような反応。どんな落とし穴が、僕に待っているというんだ。
くっ、何も思いつかない。こよみが策を用意しているということだけ、分かってしまう。
せめて抵抗しようにも、お土産を渡すしかないのだし。いっそ、思いっきり腕を組みながら渡すか?
いや、ダメだ。バカップルと思われて終わるだけ。僕どころか、こよみにまでダメージが行くだろう。
仕方ない。負けを認めてでも、こよみに尋ねるべきだ。もはや、僕はまな板の上の魚。せめて痛くないように、さばいてもらうしかないんだ。
「えっと、どういうこと……?」
「ふふっ。はると君は、私たちの関係をどう思っているのかな……?」
「そりゃあ、大事な幼馴染だけど。今の質問に、何か関係があるの?」
「私は答えを言っているんだよー? 分からないのなら、仕方ないねー」
笑顔を崩さないまま、こよみは会話を切り上げた。そして、歩き出す。
僕は頭に疑問符を浮かべたまま、ただ着いていくだけ。結局、なんだったんだ。僕たちの関係の、何が答えなんだろう。まるで分からない。迷宮入りする事件を追いかける刑事は、こんな気分なんだろうか。
空を見ても地面を見ても、何も書いていない。僕はただ、通学路という制限時間を使い果たしていく。
最後まで分からないまま、学校にたどり着いた。ホームルームが始まる前に、先生にお土産を渡しに行く。
担任の先生は、なんというかパッと見は堅物の女教師って感じ。そんな先生は、僕たちを見てうっすらと笑みを浮かべた。
僕たちはカバンからお土産を出して、先生に差し出す。
「白雪先生。これ、旅行に行った時のお土産です。人数分と少しあるので、クラスのみんなで配ってください」
「私からも、これを。あまり日持ちしないので、できれば今日渡してもらえればと思います」
「同じタイミングで渡してくるあたり、一緒に旅行か? ふたりきりで行ったりしていないだろうな?」
ちょっとだけ目を細めて、白雪先生は問いかけてくる。僕は両手を前に出してパタパタと振りながら、誤解を否定していく。
「いえ、僕たちの母たちも一緒です。間違っても、そんな危ないことはしませんよ」
「そうか。別に付き合うのは構わないが、節度は守れよ? 秋雨と霧島なら、大丈夫だとは思うが」
まさか、もうとっくに付き合っていると思われていたのか? 僕の抵抗は、最初から無意味だったのか? つまるところ、僕とこよみの関係ってヒントは、そういうことだったのか?
そ、そんな……。王手がかかっているどころか詰んでいることに気づかず、まだ挽回の手段があると踊っていただけなのか……?
なんて、こと……。僕は、愚かだった……。
けど、これだけは言っておかないと。僕たちの関係は、まだ幼馴染なんだ。
「いえ、付き合っているわけでは……。幼馴染としては、仲が良いと思いますけど……」
「霧島は、もう少し感情の隠し方を覚えた方が良いかもな。その顔なら、丸わかりだぞ」
ちょっとだけ、先生はジトッとした目をしてくる。いったい僕は、どんな顔をしているというんだろうか。感情が丸わかりというあたり、情けない顔なのかもしれない。
こよみはどう思っているのだろうかと顔を見ると、優しい表情でこちらを見ていた。
「そっか……。はると君の気持ち、伝わってきたよ……」
「こ、こよみさん……」
少しずつ、僕たちの距離が近づいていく。なんか、とても頬が熱くなってきたような気がする。こよみの表情からして、かなり大事な気持ちが伝わっているというか。
わずかに見つめ合っていると、咳払いが届いた。慌てて、僕は少し距離を取った。ほんの少し、こよみの顔と周囲との間で視線を行き来させてしまう。
「まったく、私の目の前だぞ……? まあ、話題を振ったのは私か……。仕方ない。よく悩めよ、少年少女」
「あっ……。ごめんなさい、白雪先生」
「いや、構わないさ。生徒を見守るのが、教師の、いや、私の役目なんだからな」
優しい声で、白雪先生は伝えてくれた。僕たちの関係を悪く思っていないことは、助かる。
「ありがとうございます、白雪先生。助かります」
「それで、霧島。旅行は楽しかったのか? どんなイベントがあった?」
さっきまでと違って、楽しそうに聞いてくる。今回は、野次馬根性全開というか。まるっきり堅物じゃなくて接しやすいとは思う。でも、今は勘弁してほしい。
とりあえず、言える内容を考えないと。混浴とか一緒に寝たとか、言えるはずがない。無難なやつ。そうだ。
「釣りで勝負したんですけど、僕が勝てたんですよね。それがきっかけで、今回のお土産が決まったというか」
「ほうほう。だから魚の形なのか。良い時間を過ごせたようじゃないか」
「はると君ってば、半分以上逃がしていたんですよ。でも、負けちゃって」
「口ぶりからして、秋雨は違うようだな。運の差ということか。なるほど、面白い」
くっ、完全に事実なんだけど、そう言われると悔しいな。こよみのやつ、素直に勝った話にしてくれても良かったじゃないか。白雪先生、なんか優しい目をしているんだけど。
まあ、僕もなんで勝てたか分からないくらいだ。この屈辱は、甘んじて受け入れよう。完全勝利できなかった僕が悪いんだから。
次に白雪先生に話をする時には、もっと胸を張って言える内容がいいな。そう考えて、こよみをじっと見る。すると、唇を釣り上げて返された。
まったく、こよみは。僕がそう簡単に勝てないと思ってやがる。
「お前たちは、よく青春しているよ。きっと、未来でも笑顔で語れるはずだ。その瞬間が、楽しみだよ」
「もちろんです。私の未来は、間違いなく輝いているんですから」
こよみは強く宣言して、先生はにこやかな笑みを浮かべていた。ひとまず僕は深く頭を下げて、先生の元から離れていった。
僕とこよみは、ふたりで廊下を歩いていく。こよみは一歩、僕の前に出てきて振り向く。そして、月の光みたいに優しく僕を見てきたんだ。
「ふふっ、そういうことだから。アクセサリーを見られても、平気なんだよ? ね、はると君。これからは、もっと仲良くしようね」
とても幸せそうに、はにかんでいた。まったく、完敗だな。また、こよみには手も足も出なかったらしい。
でも、そうか。もっと仲良くできるというのなら、悪くないかもしれないな。
ひとまず、これからの学生生活を楽しみにしておこう。
「ゆりちゃんは、どんな反応をするんだろうね。ちょっと、見てみたいと思わない?」
楽しみというように告げられた言葉で、僕は冷や汗をかいた。そうだ。僕たちは付き合っていると思われている。おそろいのアクセサリーを見られて、どんな反応を返されてしまうのだろうか。
ちょっとだけ、教室が遠くなってくれないかな。そう思わされたんだ。




