20話 釣り合戦
旅行も二日目で、今日が本番って感じじゃないだろうか。昨日は旅館に移動するのがメインだったし、今日は色々見て回るはず。
分かっているのは釣りで、こよみと勝負することになっている。車で移動していて、そろそろ着きそうな感じ。
「ふふっ、今回はー、負けた方が恥ずかしい秘密を告白するってことでどうかなー?」
こよみのやつ、ニマニマしやがって。完全に調子に乗ってやがる。いくら僕が寝不足だからって、勝負が決まったわけじゃないんだぞ。
というか、こよみはどんな恥ずかしいことを言うつもりなんだろうか。負けた時の覚悟を、見てみたいものだ。
ただ、僕が負けたら何を言うかも大事だ。まあ、幼稚園とか小学生くらいの時の何かを言おう。
例えば、あかねさんの前でおもちゃの剣を振り回していて、自分の頭にぶつけて泣いて慰めてもらったとか。夜中に母さんがトイレに行った時に目が覚めて、捨てられたと思って泣いたこととか。
それくらいなら、恥ずかしいとはいえ問題ない。証人もいるし、ちゃんと条件を満たしている。
「分かったよ。じゃあ、僕が勝ったら、こよみさんに恥ずかしい秘密を言ってもらうからね。後でなしとか、ダメだよ」
「ふふっ、どんな内容かしら。両方とも聞けたら、一番楽しそうね」
「もう、ふゆこちゃん。それじゃあ賭けにならないってば。あたしとしては、こよみの秘密が気になるね」
母さんは、相変わらず真顔ですごいことを言っている。味方となってくれる可能性があるのはあかねさんだけだ。といっても、まったく油断はできないんだけど。面白そうな方の味方につく、愉快犯みたいなところがあるからな。
でも、今回は負けてもきつくない。罰ゲームとしては、穏やかなものだ。僕の心は、いま穏やかな海だよ。
受付を済ませて、僕たちは釣り竿を構える。餌のバケツも隣にあって、準備万端だ。母さんとあかねさんは、僕たちの勝負を見ているつもりらしい。
せっかくギャラリーも居るんだ。勝利を刻み込んでみせるよ。
「じゃあ、始めよっか。いくよ、はると君」
「僕も準備できているよ。今回こそ、勝ってみせるからね」
お互いに頷きあって、釣り竿を投げた。しばらくして、僕の竿が動く。リールを全力で回していると、急に軽くなった。そのまま回収すると、餌を奪われていた。
そんな僕を見て、こよみは口元に手をあてて笑う。
「はると君ってば、せっかくのチャンスを逃がしちゃったんだー。これは、私の勝ちかな?」
「結構、難しいみたいだよ。いくらこよみさんでも、そう簡単にはいかないから」
だが、そんな僕の思惑とは裏腹に、次にかかった魚も逃してしまう。そして、三匹目も。
「これ、本当に難しいね。中々釣れないや」
「あらあら。初心者向けって聞いていたんだけど。案外、難しいのかしら」
「こよみの成果次第じゃないかい? 見ていれば、そのうち分かるはずさ」
母さんの言葉が、僕に強く突き刺さっていく。初心者向けの釣り場でも、ダメなのか。
そんな事を考えているうちに、こよみの竿にも魚がかかったみたいだ。
こよみはリールを巻いては止めて、それを何度も繰り返す。数分ほどして、こよみは網を手に取る。そして水に突っ込み、取り出す。そこには、確かに魚がいた。
堂々と魚を掲げて、こよみは不敵な笑みを浮かべる。僕は、敗北の予感を強く感じていた。
「ふふっ、はると君はー、まだ釣れていないみたいだね? もしかして、このまま……」
「そ、そんなことないよ。今からでも、勝ってみせるから」
「良かったわ。釣り場選びを間違えたんじゃなかったみたいね」
「まあ、はると君もそのうち釣れるはずさ。諦めるには、まだ早いよ」
母さんは安心したように息をついていて、あかねさんは楽しそうに僕を応援している。
というか、母さんはそんな心配をしていたのか……。僕がへっぽこだという可能性は、考えなかったのだろうか。いや、認めるわけじゃないけど。
まあ、あかねさんの言う通りだ。まずは一匹。そこから、コツをつかんでみせる。
次の魚も逃がして、その次。こよみの動きを参考にしながら、魚の抵抗が弱まった瞬間にリールを巻いていく。
祈るような心地でリールを巻き続けて、しばらく。ようやく、魚影が見えた。そこに向けて、網を入れる。ちょっとだけ魚の抵抗があって、跳ねて逃がしそうになる。だけど、なんとか網に入れることができた。
「これで、一匹目! ここから、頑張って逆転してみせるよ!」
「私はもう二匹釣れているけど、本当に逆転できるのかなー?」
挑発的な笑みを浮かべて、こよみはちょっと首を傾げる。僕はただ笑って、釣りに戻っていった。
ただ一心不乱に釣り続けて、二~三匹に一匹の割合で釣り上げることに成功する。
対するこよみは、五匹に四匹くらいの割合で釣っている。それを見ながら、僕は竿を投げ続ける。
相変わらずの割合で釣り続ける中、こよみの方には魚が引っかかっていない時間があった。
それでも不利を背負ったまま、僕はただ全力で挑んでいった。
「これで、時間よ。さあ、どちらが勝ったかしら」
「くくっ、結果がたのしみだねえ。どんな恥ずかしい秘密を聞けるのやら」
こよみは、八匹だった。僕は一匹ずつ数えていく。五を超えて、希望が見えた。最後まで数えていくと、九匹。
なんと、僕の勝ち。思いがけない展開だった。自分でも、正直に言って驚いている。
完全に、釣りの腕ではこよみが勝っていたはず。それなのに、引っかかった数の差で勝てたみたいだ。
「僕の勝ちだね、こよみさん。罰ゲームは、勘弁してあげようか?」
今は気分がいいから、大した問題じゃない。勝てたという事実の前では、罰ゲームなんて小さなことらしい。
こよみの恥ずかしい秘密も気になりはするけど、別に良いかな。
ただ、こよみは真剣な目で僕の方を見てきた。
「いや、ダメだよ。はると君にだけ罰ゲームさせるなんて、公平じゃないから」
「聞いてあげな。はると君、こよみの覚悟を、しっかりと受け取ってやるんだよ」
「はると、勝てて良かったわね。ふふっ、やっぱり、分からないものね」
あかねさんも母さんも、穏やかな笑みを浮かべている。あかねさんの言うように、これ以上断るのは無粋かな。こよみだって、しっかり覚悟を決めているみたいだし。
それはそれとして、母さんは僕が負けると思っていたみたいだ。せめて、息子を信じてくれよ。いや、僕だって第三者だったらこよみに賭けるかもしれないけれど。
こよみは下を向いたり目をさまよわせたりして、それからまっすぐに僕と目を合わせてきた。
そして、いつもより高い声で話し始める。
「そ、その……。実は私のハンカチ、はると君とおそろいのものを買ってもらったんだ……」
そんな言葉を受けて、僕はこよみの目を見ていられなくなった。
僕とおそろいのものを使っていることが恥ずかしい秘密とか、反則じゃないか。こっちまで、恥ずかしくなってきてしまう。
というか、僕の使っているハンカチを知られていたんだな。まあ、隠しているわけじゃないけど。
買ってもらったと言っているあたり、あかねさんに相談したんだろう。実際、あかねさんは生暖かい目で僕たちを見ている。まあ、母さんに聞いて買ったという感じかな。
なんていうか、こよみが腕を軽く握ってモジモジしている姿が、すごく可愛く見えてきたような。いや、こよみは猛獣だぞ。まあ、飛び抜けて可愛いのは、単なる事実だけど。
「そ、そっか……」
「これでバレちゃったし、お土産屋さんではおそろいのアクセサリーでも買おうよ。一緒に、学校につけていこ?」
ちょっと頬を赤らめながら、こよみは提案してきた。いつもらしいからかいと照れが共存した、見たことのない姿で。
きっと、僕はこれからも忘れることはないのだろう。
それはそれとして、おそろいのアクセサリーを付けていくのは避けられないだろうか。そんな事も考えていたんだ。




