メイドの名前
重たい瞼をゆっくり持ち上げるとあたりは薄暗く物静かだった。
「いった…」
起き上がろうとした瞬間、頭の後ろに鈍い痛みが走った。撫でてみると少し膨らんでおり熱を持っている。おそらく階段から落ちた時にぶつけた場所なのだろう。
傷が残らないといいけど、残っても後頭部なら悪目立ちはしないか。
「転生って本当にあることなのね」
四歳の子どもとは思えないほどはっきりと話せるのは前世を思い出した影響からか。それでもまだ舌足らずだけどこればかりは仕方ない。
ベッド脇のチェストから手鏡を取り出して寝転がりながら自分の姿を映す。薄暗くて見づらいが気にしない。むしろはっきりと見えた方が今は困るのだ。
「うーん、美少女だわ…」
自画自賛してるみたいに聞こえるけど今の私は二つの人格が混在してるみたいな状態。
今の私を絶賛しているのは前世の自分だ。
どっちも私だから自画自賛だけど。
「この顔どこかで見たような…」
手鏡を布団に落として小さな声で呟いた。
自分の顔だから見た事あるのは当然なのだけどそういう事じゃなくて。前世で見た事があるような気がするのに全く思い出せない。
どこかのアニメのキャラ?それともゲームかしら。
重要な事だったらそのうち思い出すでしょ。
それよりも迷惑をかけた人たちに謝らないと。鬼ごっこで足滑らせて落っこちるとか笑えないわ。
「まだ深夜っぽいし、次に起きた時に謝り行かないと」
子どもの身体のせいかすぐに眠気がやってきた。
太陽の光が部屋の中に差し込むと眩しくて目が覚める。
「クラウディア様…!」
隣から聞こえる声には聞き覚えがある。
「お目覚めになったのですね…」
ゆっくり目を開くとメイドの女の子が隣に立っていた。見た目からして十歳くらいだろうか。
誰だっけ?
今は前世の記憶が頭に残っているせいかすぐに名前が出てこない。
そもそも『わたし』は彼女の名前を知っているのだろうか。クラウディアの記憶を探っても近くにいたメイドって情報が残ってない。
これは知らないわね。まったく近くにいる人の事くらい把握しておきなさいよ。
自分の半身の適当さに呆れた。
「お目覚めになって本当に良かったです」
嬉しそうに笑った後で泣き始める女の子。
「お助けする事が出来ず申し訳ございません…」
この子、確か…。
階段から落ちた私の手を掴もうとしてくれていた子だ。
助けられなかった事を悔やんでいるみたいだけど彼女はなにも悪くない。どう考えてもはしゃぎすぎて周りが見えなくなっていた私が悪かったのだから。
「なか、ないで…」
「クラウディア様…?」
「私が落ちたのが自分のせいだとおもって泣いているのならもう泣かないで。あなたはわるくないから」
舌ったらずな声で君は悪くないと伝える。
驚いた表情を見せる彼女はびっくりしすぎて泣き止んだみたいだ。
「違います…!この涙は、お嬢様が無事に目を覚まして良かったと思ったら…安心してしまって…」
この子、凄い良い子だ。
クラウディアの記憶を見てもいつだって我儘に付き合ってくれていたのはこの子だった。だからこそ『わたし』も懐いていたのだろう。
なおさら名前くらい聞きなさいよ、馬鹿。
「心配かけちゃってごめんね。でも、本当に落ちたのはあなたのせいじゃないから気にしないで」
起き上がろうとすると手伝ってくれる女の子に笑いかけると驚いた顔を見せていた。
「私を責めないというのですか?」
「助けてくれようとしてた人を責められるわけないわ。それに落ちたのは私が悪かったのだし」
「私をお許しになると?」
「もちろん。だから、その、あなたのお名前を教えてくれない?」
だからって繋げるには無理がありすぎると思うけど早く名前を聞きたいと思ったのだ。
大きく目を開いてきょとんとした顔をするメイドさん。すぐにっこりと微笑んでくれた。
「ヒルマですよ。初めて名前を聞かれましたね」
やっぱり初めてだったのね。そりゃあ名前も呼べないよ。
ちゃんとごめんなさいしないとね。
「ヒルマ、ごめんなさい。お世話をしてくれる人の名前も覚えていないなんて…」
「あ、謝らないでください!ただのメイドですよ、覚えてなくても当然です」
当然ではないでしょ。
そう思うのは私の中に大人の自分がいるからだろう。
「じゃあ今日からあなたを私専用のメイドさんにする!そうしたら『ただの』じゃなくなるよね?」
我儘娘ですからね。これくらいだったらお父様だって許してくれるはず。
この短い時間だけでヒルマの驚いた顔を何度見た事か。自分の発言のせいだと分かっているけどちょっとだけ驚く彼女を見て楽しんでいる自分もいる。
「流石にそれは…」
「するの!私が我儘なの知ってるでしょ?これからもよろしくね、ヒルマ!」
「でも、私はやめ…」
「辞めるの?私の言うこと聞けないの?」
やっぱり辞めようとしていのか。
それとも辞めさせられそうになっているのか。
どちらかは分からないけど今回の件を彼女に背負わせるつもりはない。戸惑い、どうしたら良いのか分からないヒルマの手を握る。
「お父さまには私から言うからヒルマはここにいてね?」
「ですが…」
「これは命令よ!」
「わ、分かりました」
「よし!決まり!」
にっこりと笑いかければヒルマは諦めた様子で笑い返してくれた。
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