嵌められました①
気がつけばルードルフとの出会いから四年が経過していた。
お茶会での悪態が良かったのかルードルフとの婚約には至っていない。しかし油断出来ないのも事実。何故ならルードルフにも婚約者が出来てないのだ。
あの会場にいた他の令嬢達は放っておいていいのかと思ったが私を選ばないのであれば彼がどうしようが口を出すつもりはない。
時々会うようになった王妃様からは「そろそろルードにも婚約者を決めてほしいのだけどね」と期待した眼差しを向けられる事が多くなった。その度に私は笑顔で「良い縁が見つかれば良いですね」と返している。
お茶会の後、母に真相を問い質したところ私が考えていた事はおおよそ当たっていた。
ただ王妃様には悪気がなく婚約させたがっていたのは息子ルードルフを想い、姪である私の事を気遣ってくれた結果だったらしい。
ルードルフの婚約者にならなかったからといって彼と会わないようにするのは難しかった。
どういうわけか彼はよく屋敷に遊びに来るようになったのだ。
理由を聞けば「従姉に会いに来るのに理由が要りますか?」と笑ってくるルードルフ。他人であったら拒否も簡単だったろうが私達は紛れもなく血の繋がりを持った従姉弟なのだ。
そもそも王子に対して会いに来ないでほしいと言える程、私は横柄な人間ではない。
理由を聞いていつも通りの答えが返ってくる。そのやりとりも四回を超えた頃には私も諦めてルードルフを出迎えるようになっていた。そして今日もやって来た彼を玄関まで迎えに行く。
「ディア、お久しぶりですね」
「ご機嫌よう、ルード様。一週間前に会いましたよね?」
『ディア』『ルード様』
いつからかそう呼び合うようになっていた。
きっかけはルードルフから「ディアと呼んでも良いでしょうか?」と聞かれた事だった。断る理由もなく許可をすれば今度は私に対して愛称で呼ぶように言ってきたのだ。
断ろうと思ったら断れた。しかし歓迎してもいないのに何度も家を訪ねてくる彼のしつこさを知っている身からすれば早々に諦めた方が良いと思い、結果ルード様と呼ぶようにしたのだ。
「一週間も会っていなかったのですよ」
「普通の貴族は一週間会わなくても平気です」
「相変わらずディアは冷たいですね」
王族が相手なら年に一度会えたら良いくらいですよ。
突き放すように言う私に笑うルードルフが何を考えているのかさっぱり分からない。
何回も攻略したのに考えが読めないのは彼がゲームのルードルフと別人だからなのだろう。
「今日はどのような用件で?」
「ディアの顔を見に来ました」
毎回この人は息を吐くように甘い言葉を言ってくる。
王子様だからなのか、攻略対象だからなのか。よく分からないがドキドキするのでやめてほしい。
いつも使う談話室はこの四年ですっかり私達のお茶会スペースと化していた。
向かい合うように座ってからヒルマに紅茶を用意してもらい一口飲んでから息をつく。
「これをどうぞ」
いつも付き添いで来ている老執事のマルコから紙に包まれた物を受け取り、私に差し出した。
よく見ると包み紙は白猫が描かれており可愛らしいデザインだ。そして長方形で少しだけ厚みがあるそれはおそらく本だろう。
「本ですか?」
「はい。プレゼントですよ」
「プレゼント?」
ルードルフから本を貸してもらう事はある。しかしプレゼントで貰うというのは初めての事だった。
差し出された包み紙を受け取る。
「拝見しても?」
「勿論。喜んでいただけると嬉しいのですが」
ルードルフは頬を紅潮させながら笑った。
照れる程の事なのだろうか?
そう思いながら包み紙を丁寧に開けていく。
これは取っておこうとヒルマに手渡した。
「それは取っておくわ」
「かしこまりました」
「取っておく?ただの包み紙ですよ、捨てないのですか?」
ヒルマに指示を出すとルードルフは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で聞いてきた。
確かに普通の貴族だったら適当に破り捨ててしまうか丁寧に開けたとしても処分してしまうだろう。しかし前世の頃から貰った可愛い包装紙や紙袋を捨てられずにいた私にとっては当たり前の事だった。しかし王子を前にして取るべき行動ではなかったと羞恥心が芽生え頬が赤らんだ。
「その、可愛らしいので取っておきます」
「そうですか…」
依然として驚いた顔をしたままのルードルフはやはりこういうケチ臭い人がやるような事は嫌いなのだろうか。
もしそうだったら悲しい。
…って悲しいって何よ。嫌われたって良いじゃない。
「やはり貴族らしくないですよね?」
「貴族らしくはないかもしれません。でも、ディアらしくて私は好きですよ」
今度は私が狼狽えさせられた。
異性から真っ直ぐ見つめられて「好き」と言われたのは今世では初めての経験で自然と鼓動が速くなる。
人として好ましいと言われただけ。大した意味は持たない。
そんな事は分かっている。分かっていても儘ならないのが感情の厄介なところだ。
「中身を見させてもらいますね」
赤らんだ頰を隠すように俯き本の表紙を確認した。
タイトルは『王宮の秘密探検』だ。
かつて彼に話した『逆賊のアリーセ』の著者が書いた最も古い本だった。既に絶版になっており、どれだけ探しても見つからなかったのに。
「本当に頂いても良いのですか?」
嬉しくなり本を抱きしめながら笑顔で尋ねた。
あまりにも無邪気に聞きすぎたせいかルードルフは子どもを見るように目を細めた。
「嬉しそうですね」
「えぇ、嬉しいです…」
今すぐ読みたいくらいだ。
人から聞いた話では主人公は王女様で、王城に隠された秘密を一つずつ暴いていくという内容らしい。
絶版になった本のせいか表紙の皮が少しだけ古びた感じがあるが逆にそれが良い味を出している気がする。
「喜んでもらえて私も嬉しいです」
「本当にありがとうございます」
「読んだら感想を聞かせてくださいね」
「勿論です」
元気良く返事をして本の表紙を眺めた。
この時、ルードルフの意味ありげな笑顔の意味を理解しようとしていたら私は後悔などしなかったのだろう。
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