第11話「古い資料室」
第11話は、澪の視点です。
今回は、少し怖い雰囲気の物語。
いつも冷静で落ち着いている澪が、
珍しく恐怖を感じる体験をします。
ホラー要素がありますが、
グロテスクな描写はありませんので、
安心して読んでいただけると思います。
この出来事が、後の展開に繋がっていきます。
少しドキドキしながら、
楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、第11話をお楽しみください。
木曜日の午後4時。私は、会社の地下にある古い資料室に向かっていた。
上司から頼まれたのだ。
「霧島さん、悪いんだけど、10年前の取引記録、探してくれる? 地下の資料室にあるはずなんだけど」
地下の資料室。
ここ数年、誰も使っていない場所だ。
今は全てデジタル化されているから、古い紙の資料を探すことなんて、ほとんどない。
エレベーターで地下1階に降りた。
廊下は、薄暗い。
蛍光灯が、時々チカチカと点滅している。
資料室のドアは、廊下の一番奥にあった。
重いドアを開けると、古い紙とカビの匂いがした。
「うっ……」
私は、少し鼻をつまんだ。
室内は、棚がびっしりと並んでいる。どの棚にも、ファイルや段ボール箱が積まれている。
電気のスイッチを探して、つけた。
蛍光灯が、ブーンという音を立てて点いた。でも、明るさは十分ではない。
私は、携帯のライトもつけて、棚を確認し始めた。
ファイルには、年度ごとにラベルが貼ってある。
2010年、2011年、2012年……。
探しているのは、2015年の取引記録。
奥の方にあるはずだ。
私は、狭い通路を進んだ。
足音が、やけに大きく響く。
静かすぎて、自分の呼吸の音まで聞こえる。
2015年のラベルを見つけた。
高い棚の上にある。
私は、近くにあった踏み台を持ってきて、登った。
ファイルを取ろうとした瞬間、背後で物音がした。
ガタン。
私は、振り返った。
誰もいない。
「……風かしら」
そう思いながら、ファイルを取った。
重い。
踏み台から降りて、ファイルを開いた。
探している取引先の名前を確認する。
その時、また音がした。
今度は、足音のような音。
コツ、コツ、コツ。
私は、息を止めた。
「誰か……いるの?」
返事はない。
でも、確かに足音が聞こえた。
近づいてくる。
コツ、コツ、コツ。
私は、ファイルを抱えて、ドアの方を見た。
でも、誰も見えない。
足音は、止まった。
静寂。
心臓が、ドクドクと音を立てている。
「気のせいよ……」
そう言い聞かせて、もう一度ファイルに目を落とした。
その時、冷たい風が、首筋を撫でた。
ゾクッとした。
エアコンなんて、この部屋にはない。
窓もない。
なのに、風。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
目の前の棚の向こう側に、何か見えた。
人影。
いや、影というより、ぼんやりとした輪郭。
女性のような、長い髪。
白いワンピース。
私は、声も出なかった。
その影は、じっとこちらを見ている。
いや、見ているのかどうかも分からない。
顔が、ぼやけている。
時間が止まったように感じた。
どれくらい、そうしていただろう。
突然、蛍光灯がバチッと音を立てて、消えた。
真っ暗。
私は、悲鳴を上げそうになった。
でも、声は出なかった。
携帯のライトだけが、頼りだった。
ライトを、棚の向こうに向ける。
誰もいない。
影は、消えていた。
私は、ファイルを抱えて、走った。
ドアを開けて、廊下に飛び出した。
息が荒い。
心臓が、破裂しそうなくらい早く打っている。
何だったの、今の。
幻覚?
それとも……。
私は、エレベーターに乗って、事務部のフロアに戻った。
デスクに座って、深呼吸をした。
佐藤くんが、心配そうに声をかけてきた。
「霧島さん、大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ」
「え? ああ、ちょっと……」
「どうかしたんですか?」
私は、少し迷ったが、言った。
「地下の資料室、何か……変な感じがしたの」
「ああ……」
佐藤くんは、少し表情を曇らせた。
「実は、あそこ、噂があるんですよ」
「噂?」
「はい。昔、夜遅くまで残業していた人が、地下で女性の姿を見たって」
私の背筋に、また冷たいものが走った。
「女性……?」
「白いワンピースを着た、長い髪の女性だそうです」
私は、言葉を失った。
まさに、私が見たもの。
「それって……」
「誰かが亡くなったとか、そういう話じゃないんですけど……昔から、時々目撃されてるらしいです」
佐藤くんは、小さな声で言った。
「霧島さん、もしかして……」
「見た……かもしれない」
2人で、沈黙した。
それから、佐藤くんが言った。
「もう、一人で地下には行かない方がいいですよ」
「ええ……そうね」
私は、持ってきたファイルを上司に渡した。
そして、すぐに定時で会社を出た。
家に帰る道、ずっと後ろを振り返ってしまう。
誰かに見られている気がして。
家に着いて、鍵をかけた。
それから、シャワーを浴びた。
お湯を浴びると、少し落ち着いた。
リビングに座って、温かいお茶を飲む。
でも、まだ心臓がドキドキしている。
携帯を取り出して、ひよりにメッセージを送ろうとして、やめた。
心配させたくない。
それに、明日は金曜日。
また、ひよりが来る。
その時に、笑い話として話せればいい。
でも、今日はもう寝よう。
ベッドに入って、布団を被った。
部屋の電気は、つけたまま。
今日は、どうしても消せなかった。
目を閉じると、あの影が浮かんでくる。
白いワンピース。
長い髪。
ぼやけた顔。
「大丈夫……ただの幻覚よ……」
そう言い聞かせて、私はようやく眠りについた。
でも、夢の中でも、あの影が現れた。
長い夜だった。
第11話、いかがでしたでしょうか。
怖かったでしょうか?
いつも冷静な澪も、
さすがに今回は動揺していましたね。
でも、これは恐怖だけの話ではありません。
この出来事には、意味があります。
それが、次回以降で明らかになっていきます。
白いワンピースの女性は、誰なのか。
何を伝えようとしているのか。
次回、第12話は金曜日。ひよりが澪の家に来る恒例の晩ごはんの日。でも、今回はいつもと違う...。ひよりが見てしまったものとは? そして、二人で向かった場所は...? 怖いけど、心温まる展開が待っています。
第12話もお楽しみに。




