EX5 日本の隣の大陸編⑩
本シーズンここまで。書き溜めに入ります。
上海や重慶と異なり、北京は街自体が核ドラゴン出現後にダンジョンの領域が都市全体を支配していた。
そのため都市機能そのものは最盛期のそれを維持し、野生化したモンスターの襲撃で壊れても時間経過と共に自然修復している。
いや野生モンスターが異常に多い。
北京市に頻繁に流れ込んでいて、決して無視できない規模の破壊活動を行っている。怪我人も多い。そして北京市でモンスターに襲われて死んだ者は、身体に獣の相を得て復活する。何度でも。
『ダンジョンの影響下で命を落としても復活するんや。十二支のいずれかに対応した能力とスキルも貰える。でもダンジョンの力で復活するから、モンスターに近付くことになるんやで』
ツヤツヤとした顔でHDY-Cは北京ダンジョンの仕様を説明した。
日本のダンジョンが時々やらかす餓鬼システムにも似ているようだが、こちらの住民には自由意志はある。
『北京を離れれば不死性は失われ、スキルも能力も消える。時間が経てば異形化も解ける。その辺の説明もしている。異形化が進めば体内に魔石が生まれて本物のモンスターと化すことも伝えている、都度の説明も欠かしておらぬ』
やはり腰のあたりが充実したNo-Bが説明を補足する。
甲板には長袍の男が干物のようになって這いつくばっており、血涙を流した自衛官が鬼の形相でスポーツドリンクと精力剤を飲ませていた。
『現在の北京市には全域で百二十万の市民が住み続けている。八割近くがモンスターによって複数回命を落として復活し、亜人という扱いで二等市民に落とされた。この街で支配者層になるには純粋な人間であり続けるか、虎や龍といった十二支でも上等の獣相を得た者に限られるようになった』
吐き捨てるように蚩尤も続き、ボディペーパーで全身を拭きながら嘆息した。
『北京ダンジョンを下手に初期化すれば住民の不死性は失われ、亜人連中は理性を持たないモンスターの仲間入りだ。オレとしては共産党幹部さえブッ潰せれば良かったが、北京市にこんな悪趣味な仕掛けがあったなんて気付かなかったぜ』
『北京は重慶とは別のアプローチで人類とダンジョンの共存を目指したんや』
おもろかったやろとHDY-Cはにんまりと問いかる。
蚩尤は不貞腐れたままだ。
そういやホームランダービー会場になってた上海にはどんな意味が?
『あれはうちにも分からん』
『深刻なバグである』
HDY-CもNo-Bも知らないというよりも関わりたくないという貌で視線を逸らし、その先にある北京市街を眺める。最盛期には二千万を超える人々が住んでいたという、文字通りの政治経済そして文化の中心地。過去にオリンピック大会の開催地候補にもなったことがある。
今は最盛期の一割にも満たない住民しかおらず、純粋な人間は更にその二割程度で三十万人にも届かないという……三十万もいれば十分じゃないかな。外で暴れまわる野生化したモンスターからよくもまあ三十万人も逃げ延びてるよと感心しかない。
そんなことを考えていると蚩尤さんに声を掛けられた。なんか前かがみで、垂れるというか重力が仕事しているというか。うん。モザイク班は何処に行ったのかな。謎の光や煙でもいいよ。
『肉屋と言ったな。アンタがダンジョンを安全に再起動できるのは聞いた。その上で、北京をどうするつもりだ。日本人がオレ達をよく思わないのは知っている。だが、もしも。もしもアンタが少しでも無辜の民を守ってくれるならオレは――』
いや、そんな薄い本の導入部みたいな真似しないで結構。
ダンジョンコア初期化して沖縄の不法移民三千万に元上海の二千万くらいの人を放出できればそれで充分なんです。そのために日本から来たんです。カメラが複数並んでるのは何故かなあ。
ああ、核兵器は分かる範囲で解体したい。あれ面倒。
「しか」
おおエゾオオツノシカ君なんとなく分かるんだ。じゃあ、ダンジョン再起動後にサクサクと解体しておこうかね。
『ちくしょー、殺せっ!』
『蚩尤卿、慣れない色仕掛けに挑んだりするから……』
何故か同情めいた表情で林甫真人が蚩尤の肩を叩いていた。
それより長袍の彼がまた船底に引きずられてるんですがよろしいので?
◇◇◇
北京ダンジョンは香港や重慶と違って殺意全開だった。
まずモンスターが銃火器で武装している。
これは偉い人を護衛するために最低限武装した軍人さんの影響らしい。少なくとも手榴弾くらいは覚悟しないといけないそうだ。
数も多い。
緑肌のゴブリンという、こちらの幕末ゴブリン族が「え、本当に同族?」と首を傾げたくなるくらいにスタンダードなゴブリンが待ち構えている。てっきり中華仕様かと思ったけれど、仕様通りなのは服のみらしい。自動小銃基本装備のゴブリン兵とか、そら普通の探索者は詰みである。
普通ならば。
「わふ」
アラスカわんわん拳を極めた抜刀ドッグ達に隙は無かった。
わんこ達に愛嬌はある。
武力はもっとある。
数メートルの巨体が亜音速で突進した際に発生する物理エネルギーとか計算したくない暴威が近代武装ゴブリンを襲い、ファンタジックに吹き飛んでいく。ホブゴブリンもオークもオーガもリザードマンも関係ない。
本来であれば重度のモンスター化が進行して得られるスキルや能力で初めて対抗できるような相手である。銃火器を使えるという時点で通常のダンジョンよりも攻撃力の平均値は高い。しかし平均値であって最高値ではない。
解体魔法は最小限。
それだけで銃火器を構成する要素が分解し、あるいは暴発する。安全ピンがその場で消えて爆発する手榴弾もある。遠距離からの狙撃も、エゾオオツノシカ君のコレダーが迎撃し、あるいは幕末ゴブリン族が抜刀によって弾丸を斬り落とす。それでもなお届く物は解体魔法が微塵に変えた。それくらい出来なければ日本のダンジョン深部では命が幾つあっても足りない。
コアの位置は崑崙真人国の調査で判明している。
ランダムな再起動ならば蚩尤派でも可能だった。
しかし北京ダンジョンは少なくない市民の命を握っており、無理矢理な変更は百万近い市民を即死させるか理性の無いモンスター化させる恐れがあると彼女達は理解した。故に蚩尤派は穏健派に下り、自分は予定通りに北京ダンジョンに潜っている。
『……なあ、アレで日本じゃトップじゃないって本当なのか?』
後ろの方で蚩尤が声を震わせている。
強がっていても弾幕の中を進むのは慣れてない人には怖いのは仕方ない。
『衣装なら蚩尤卿と勝負できる破廉恥な女剣士がいる。あれは物凄く強かった』
道服の女が親の仇でも見るような目で蚩尤の一部を凝視しながら即答する。
『合体した核ドラゴンを一刀両断した御仁だな』
最近修復した蟠桃の長柄杓を杖のようにして身体を支えながら長袍の男が続く。
『もっともねえ。肉屋殿が長年公的にテイムしていないと強弁されていたモンスター軍団の戦力は別勘定扱いだったので、現在のところは力関係は不明なんですよ蚩尤卿』
いい勝負じゃないですかねと林甫真人が結び、え、全員そろっていい勝負とかどんなバケモノよと逢ったこともないビキニ姐さんに恐怖を抱く蚩尤であった。
殺意溢れるダンジョンの最深部。
コアの隣に一冊の本が置かれている。
真っ赤な表紙の本だ。
なんだこれと思う前に激昂した蚩尤が破って燃やした。深く追究してはいけないようだ。
【ダンジョンを再起動します。仕様変更しますか?】
モンスターの銃火器武装化はリセット。
住民の獣化復活のリスクについて教えてほしい。
【獣化が進めば人間性を失い、対応した能力が付与されます。一度の復活で約一割、二度目以降で最初の半分。五割超せば魔石が生まれ、九割五分までは人間に戻ることは可能です】
復活方法は、ダンジョンへの貢献。
モンスターの間引きや採集活動。北京市の治安や清掃活動への従事でも貢献と見做される。まっとうに生きていれば三日もボランティアに勤しめば人間性を一割は取り戻せる仕様だと。
その辺はきちんと伝えてる?
【勿論】
そっか。
じゃあ、その辺は変更なしで。蚩尤さんもいいですか?
振り返ってみたら、残像出来るくらい頷いていた。視線は首から上に固定しておいた。
◇◇◇
三都市のダンジョン初期化に成功し、沖縄ダンジョンにも接続を終えた。
【それでは順次不法移民を人間に戻して解放します。沖縄ダンジョンは約定が履行されたことを深く感謝します】
空中に表示される文字列に、主に日本の関係者がほっと胸をなでおろす。
ダンジョンと人類が交渉可能と言う事実は、此方が考えていた以上に大きな意味を持っていたようだ。
「そりゃそうですよ。相手は人間以上とも解釈できる知性体です、それが我々の価値基準を理解した上で歩み寄ってくれた……宇宙の何処かで友好的なエイリアンと素敵なファーストコンタクトするような奇跡に等しいと私は思います」
役人さんの言葉が熱い。
SFファンは肩身が狭いもんな、などと場違いな感想を抱きつつダンジョンに取り込まれた不法難民や不審者たちの解放リストを再確認。
うん。
琉球人民共和国関係者どうします?
【私は中華系の不法移民について本国での解放を打診しただけで、琉球の島と海を汚し海外より犯罪者を招いた咎人を許すなど一言も述べておりませんが】
おっけー。
そういやそうでした。
「日本政府は沖縄ダンジョンの決定を尊重します」
【ハイ、ではこの話はここまでと言うことで】
役人さんが力強く答えた。
一部とはいえ国民を見捨てる苦渋の決断だろうに、気丈である。血色が良いとか会話終了後に周囲が小さくガッツポーズを取ったのは、とりあえず見なかったことにしておこう。
咸臨丸が日本の領海に入った頃、甲板で海を眺めていたNo-Bが問い掛けた。
『見事に中国三大都市ダンジョンの正常再起動を果たした。褒めてつかわす、肉屋』
あくまで偉そうに、いや実際ダンジョンコアに干渉できる知性体だから粗末に扱って良い相手ではないのだけど、No-Bはこちらを横目に見る。
『此度の大仕事で貴様は何を得る? 土地か? 金子か? それとも名物の類いか?』
強いて言えば、固定資産税の減免ですかね。
そもそも個人所有が許されるとは思いませんけどね、咸臨丸って。ダンジョンシップだから空間収納できちゃうし、維持費もダンジョンに潜る限りは大して掛からないみたいだし。HDY-Cがいれば船なのに陸も走るわ山も登るわで、魔石輸送船の開発チームが発狂したみたいに運用記録を欲しがってるんですよね。
あ。
そういう事を聞きたいわけではないと。
『貴様の成した仕事に相応する対価は無いのか。このNo-BとHDY-Cを手に入れた貴様は三大ダンジョンを支配下に置き、文字通り中華の覇者になることすら可能だったはず』
あー。それそれ。
それです、北京ダンジョンで見つかるかもと思ってたんだけど空振りで困ってたこと、ありました。
なあNo-Bさん、あんな思わせぶりに登場して即降伏してこっち陣営についたのって、目的があったんですよね。
貴女がかき集めた終焉魔王軍(仮称)では届きそうにないと分かってて、それを圧倒できる力が欲しかった。
HDY-Cもそうです。
『で、あるか』
貴女達こそ中国に残れば文字通り国の守護者として財力も権力もほしいままにできたはず……崑崙真人国から熱烈歓迎受けていたの、皆が知ってますよ。
『で、あるか』
自分ね。
HDY-Cが気絶してた時に鑑定魔法かけたんです。人類統治プログラムNo-Aをベースとした、って情報掴んでました。
上海でNo-Aに会えるかと思いましたが、現れたのはNo-Bさんだ。重慶にも北京にもNo-Aはいなかった。英国が秘匿しているのかとも思ったけれど、総督府をぶっ潰しても見つからなかった。
『で、あるか』
No-Aは何処かにいる。
そしてNo-BさんとHDY-Cは、ひょっとしたらNo-Aに対抗するための力を求めている。だから自分達と同行することを選んだ……なんて考えてしまったんですよ。
外れてほしいんですけどね。
ただの妄想ってことで笑ってもらえたら嬉しいなあ。笑いましょう、ここは笑うところです、笑ってくださいよNo-Bさん?
『――くくくっ、花丸満点をくれてやろうぞ?』
やだもー! そっちの笑いは嬉しくない!
全員集合、はい、重大事案発生です! 傾聴!
◇◇◇
それから数日後。
旧ロシアで核ドラゴンを生み出したダンジョン群が消滅したとの報が監視団体より届き、人類統治プログラムNo-Aによる人類への宣戦布告が主要国に届けられた。
+登場人物紹介+
●北京ダンジョン
死ぬと少しずつモンスター化して復活する。モンスター化が進むとスキルや魔法も手に入るし基礎ステータスも上昇する。でも人間性は低下する。人間に戻る方法はきちんと提示されているし難しくはない。
出現するモンスターが銃火器武装しているのも特徴。
●北京市民(亜人)
ダンジョン内外で死亡しダンジョンの力を得て復活した。十二支のいずれかの特徴を得て復活するため、竜虎の力を得た者はカースト上位に、そうでない者は虐げられる傾向にある。純粋な人間は敬意を抱かれつつ、嫉妬の対象にもなる。獣化が進むと体内に魔石が生まれ、十割獣化するとモンスターとなる。
●赤い表紙の本
語録。
●肉屋への報酬
日米それぞれきちんと考えている。北海道の土地と咸臨丸関係の税金免除とかは当然で、複数の便宜を提示中。肉屋は実感がなく困惑中。
●ロシア方面の核ダンジョン
消滅したためロシア編の予定はなくなりました。
●No-A
宣戦布告の真意は次シーズンで。




