EX5 日本の隣の大陸編⑤
香港ダンジョン。
全一層の広大なフィールド型ダンジョン。旧時代の香港市街を中核として港湾エリアでは倭寇そっくりなサル型モンスターが襲撃し、草原エリアでは蒙古騎馬民族そっくりな馬型モンスターが襲撃してくる、武術家達の天国であった。
蛮族の天国でもある。
自然豊かであるが、脅威も多い。神話伝承の怪物は崑崙に集中していたらしく、香港のモンスターは良くも悪くも豪放磊落。というのが林甫真人らによる説明だった。
もっともそれは過去の話となってしまったようだ。
当初の予定では自分と崑崙三人組だけで突入する予定だった。
役人さんと自衛隊や米兵さんの護衛に幕末ゴブリン族やエゾオオツノシカ君を残せば大丈夫とも考えていた。
「な……身体が、引っ張られ!?」
「不隣!」
「しっかああ」
しかし自分がダンジョン入り口に触れた途端。
ある程度距離を保っていたはずの全員を呑み込むほどの魔法陣が出現、ダンジョン内部に吸い込まれ宙に放り出された。
『こんな場所に!』
香港ダンジョンを知っていたからこそ、道服の女は驚愕する。
ダンジョンの階層途中にそういう悪質な転送トラップがあるのは偶に聞くけれど、入口にそれは行儀が悪いとしか言いようがない。
高さはそれほどでもない、しかし無理な姿勢で着地して無防備なところに追撃とばかりにチクワと鉄アレイが降ってくる。
『何故!』林甫真人も叫ぶ。『こういう時のお約束は金ダライであろう!』
そういう話じゃないと思う。
殺意マシマシで降ってくる鉄アレイについては巨大化したカラス達が空中で掴んでは投げ返し、あるいは翼を打ち付けて跳ね返す。チクワはわんこ達が喰らい尽くす、毒はないと鑑定魔法が告げているが塩分が心配だ。
うん。
微妙な殺意だ。
鉄アレイが当たればもちろん命はないけれど、最初のトラップの悪辣さが連続していない。もっと殺意マシマシで襲ってきても不思議ではない仕掛けだった、転移トラップだって障害物の無いエリアに飛ばされている。ギリギリのところで手加減されているとしか思えない。
誰に?
そりゃあダンジョンに。
……
……
もしもしダンジョンさん?
【ワタシの一日はマーマイトたっぷりのスコーンと電子レンジで煮出した紅茶をキめて始まるのだぎゃ】
……
……
うむ、手遅れかもしれませんね。
とにかくダンジョンの異変を解決しましょう。
◇◇◇
『日本式の城?』
林甫真人の呆然とした呟きが、自分達の心情を代弁してくれた。
城である。
日本の城、多分。それが旧香港の市街地を吹き飛ばして誕生している。
様式は不明。とにかく巨大。そして例の旧日本兵っぽいモンスターが闊歩している。ツッコミどころが多い。日本史に精通しているか城マニアでもなければ分かるものか。そういう時は鑑定魔法の出番である。
【鑑定結果:時空太閤城。超時空太閤の居城にして前線基地。超時空太閤がいる】
なんやねん超時空太閤って。日本帝国どこ行った。
【鑑定結果:超時空太閤。超時空モンスター猿。侵略地の文化技術を根こそぎ奪い去り、その土地の文明発達を数百年間遅らせてしまう。収奪範囲は様々な技術芸術分野に及び、残された民の記憶すら消去すると言われている。日本帝国と手を組んでいる】
……
……
どうしようもねえ。
鑑定結果を説明したら主に日本人集団が頭と腹を抱えてる。米兵さんは苦笑い。素直に驚いているのは崑崙三人組くらいか。
『なんと、あれが伝説の超時空太閤』
『朝鮮半島の文明を一時期石器時代にまで逆行させたという、あの』
『バカな、奴らが中国大陸にまで侵出を果たしたというのか』
妙にノリが良い。
わくわくしている。
止める理由はありませんが、戦いたいのですか?
『妾としては是非もなし』
『腕が鳴ります』
『何のために武の道を歩んでいたのか、今日こそ理解した気がする』
ひと当てしてきますと宣言した後、崑崙真人国の精鋭三名は時空太閤城へと突撃した。遠目でも旧日本兵型モンスターが吹き飛ばされていく姿が見える。ここまでいくともはや痛快とさえ言える。比較対象がビキニ姐さんだったから微妙だっただけで、単純戦力として彼らは世界でも上澄みなのを再認識せざるを得ない。
インド映画だってもう少し自重してるよ、多分。
「強かったんですね。あの人ら」
などと役人さんが呟いたら、周りがうんうんと頷いた。
自分もそう思う。
◇◇◇
倭寇をぶっ倒せるという事で香港ダンジョンを評価する現地愛国者はそれなりに多い。
しかも猿のモンスターである。
中国人とか一部反日国家の方々にとってそれは非常に非常に非っっっ常ぉに痛快な事実で、ファッ●ンジャップとかイエロー●ンキーとか叫びながら倭寇と戦う層がそれなりにいた。それ程愛国心がなくとも倭寇をぶちのめすことが出来るというのは武術家としてはこの上ない喜びだったようで、香港ダンジョンは完全攻略されることなく倭寇ときどき蒙古やっぱり倭寇だヒャッハーなノリで戦う人達が多かった。
倭寇を倒すと素材や銅銭をドロップし、それがダンジョン内にある市街地で様々な食料資源やアイテムと交換できるのだ。中国政府が壊滅した混乱期には探索者達は治安維持のみならず都市経済を担う者として地元民から深く尊敬を得た。
名士である。
烈士である。
少なくとも表面上は清廉の人である。
だからこそ彼らは香港都市部に兵士型モンスターが潜んでいる可能性を察知した時、迷わずにその討伐を優先した。機能回復しつつある警察機構にも連絡し、いやいやではあるが英国総督府にも報告を上げた。
彼らの推測通り、香港市街には兵士型モンスターが溢れていた。
基本はサルでありながら、より人間に近しい。それが旧日本軍風の軍服姿、長銃に着剣した小槍を振り回して暴れているのだから、最初は映画か何かの撮影ではないかと勘違いする者もいた。そのため少なくない数がモンスターによる攻撃を回避できず、深い傷を負った。
「茸山筍里樵切株!」
「円盤型小麦焼中身餡子名称論争!」
「東北地方芋煮具材味付?」
兵士型モンスターは決して強くはない。彼ら香港探索者であれば一対一で後れを取ることはまずない、その程度だ。しかしモンスターは神出鬼没であり、逃げ遅れた市民を優先して攻撃している。殺害ではなく甚振りながら傷を負わせることに喜びを感じているようで、市民が出血すれば歯茎をむき出しにして歓喜の声をあげる。
「天津飯是日式中華的料理也」
「日式担々麺有多々芝麻肉湯」
「日式焼餃子皮是薄、日本人対此満意吗?」
怪我人を逃がし、兵士モンスターを蹴散らし、敵意を此方に向けさせる。ダンジョンでも慣れた作業だが、人口が多く雑多な屋台や違法建築が目立つ現在の香港の街では避難民の動線確保が難しく逃げようとして転倒したり屋台に突っ込んでしまう者が後を絶たない。一部の屋台では加熱して放置された食料油や引っ繰り返された石炭ストーブが原因となって小火も発生し、視界も悪くなっている。
倒した数は既に百を超えた。
全部ではない、各人が百を超えるモンスターを討伐している。その様子は逃げずに留まった野次馬が携帯端末で撮影し、世界中に発信している者もいる。暢気なものだと思う間もなく、そいつは兵士モンスターに撃たれて倒れた。それをきっかけに野次馬が再び逃散する。
「日式馬鈴薯片湖池屋最好吃」
「卡楽比是最好」
「最好是馬鈴薯条三兄弟」
若い武術家の一人がそう呟くと、周りの香港探索者どころかモンスター達すら動きを止めた。
「真的嗎?」
「帯着巨鹿幕末小鬼族」
「哦不、我跟他説了非公式語言」
「你死了」
彼らは彼らなりの伝手で日本の情報を集めている。
中国大陸に現れた三体の核ドラゴンは根城こそあるものの行動範囲は中国国内全域であり、香港の地も少なからずその被害に遭っていた。それを弱体化していたとはいえ討伐した日本の探索者達を、彼等は当然ながら意識している。対抗心もあるし、それ以上に恩義と敬意もある。日本から流出したダンジョンの医薬品で救われた者もいる。
アラスカを解放した話はもちろん知っている。
中近東やフランスでのやらかしも知っている、むしろ痛快だった。
沖縄に逃げた同胞の所業と末路についても最近知った。知ってしまった。知らなきゃよかったと本気で考えたくらいだし、だからといって知らなかったことにはできなかった。
肉屋。
対モンスターではなく対ダンジョン攻略の鬼札とされる解体職人にして凄腕の推定テイマー。下手なダンジョンボスより強力なモンスターを複数従え、幾つものダンジョンを初期化させてきた。そいつが香港に来たのは僥倖だ、特に今のような状況では。
「幸好是在中国共産党滅亡之后」
誰となくそう呟き、誰となく頷いて見せた。敵も味方も。
+登場人物紹介+
●香港ダンジョン(本来の仕様)
フィールド型。英領統治時代の香港市街地周辺を再現している。海には倭寇、平原にはモンゴル騎馬民族が襲ってくる。モンスターがドロップしたコインやアイテムは旧香港市街地の店で様々な品に交換できる仕様。NPCもいた。
●超時空太閤
主に朝鮮半島南部で伝承されている。歴史的に都合が悪い出来事に対する最強の言い訳ワード。こいつが根こそぎ奪い去ったので文化も伝統も途絶えてしまったんだよ!という。超悪人である。超時空太閤は歴史では半島攻略中に命を落としているが、存命ならば中国大陸にも攻め入ったであろうと言われており以下略
●ポテチメーカー
中国語表記があるって初めて知った。
●芋煮
高校時代、学生寮の学友が提供したのは醬油ベースに牛肉でした。
●兵士型モンスター
カラフル忍者以外にもいた。人々を痛めつけるのが大好きな悪い奴。ぶっとばせー。
●香港の武術家
日本の情報を割と集めているし、なんなら日本に行ってみたいとも思っている。主にセンゴク商事で情報を集めたりしている。武器防具の素材になるモノも日本から取り寄せたりしている。
肉屋のことは知っているがビキニ姐さんのことは流石にフィクションだろうと思っているようだ。




