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ザマァ後のこの国をどうしてくれる!―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-34 公妃パラメア(2)

「そういえばコサージュは上手にお作りになられていましたわね」


 そんなコランティーヌ夫人の言葉で、リディアーヌも思い出した。そういえばクロイツェン滞在中、夫人の目の前で、大層適当に布を丸めただけのものをマクシミリアンのポケットに突っ込んだことがあった。

 ビギナーズラックというやつで、あれ以来ふと思い立ってハンカチを丸めてみても上手くいったことはないのだが、確かにあの時は何やら妙にいい感じにできた。


「まぁ、コサージュ」

「ですがあの時以来、成功した試しがないんです。本当に、一体どうやって作ったのか、自分でも」

「どのようなものをお作りになられたのですか?」

「ただその場にあったポケットチーフとアルテンレースを丸めて、紐で縛っただけのものですわ。再現しろと言われても、自分でも一体何をどうしたのか……」

「ほほほっ! あんなに見事な手際で公子様からチーフを奪い、迷いもなく作っていらしたのに」


 言葉にされるとなんか気恥ずかしい。ただおかげ様でパラメア妃は大層食いついた。


「フランカ、ハンカチはある?」

「こちらで宜しいですか?」


 聞けばすぐに何でも出てくるのがうちのお侍女様である。すぐにも隅に刺繍の入ったシルクのハンカチを差し出されたので、それを広げて、いかにも初心者らしく表裏をヒラヒラして見せてから、適当に折りたたんでくるくると丸める。

 出来上がったのはコサージュならぬ、ただのぐっしゃりと丸まった布だ。


「……げせぬ」


 思わず零れ落ちた言葉に、再び夫人がカラカラと笑った。


「公女様、宜しければそちらをお貸しくださいませ」


 今までで一番と言っていいほど目をキラキラと輝かせている妃殿下に、「どうぞ」とお渡しすれば、パラメア妃はすぐにも手慣れた様子でティーカップを退けたテーブルにきちんと広げ、真ん中に指を置いたままくるくるとハンカチをねじり始めた。

 するとどうしたことか。下手に小細工をせずとも自然と薔薇のように花弁が出来てゆき、最後にそれを取り上げて形を整えれば、あっという間に掌の上に美しい花が咲いた。


「まぁ!」

「いかがですか? これなら誰でも簡単に、花が作れるのですよ。あとはこの形のまま縫い留めたり、なんなら底を樹液で固め止めたりしてもよろしいですね。とても簡単でしょう?」


 思わず口調が解けるほど良い気分になっているらしいパラメア妃に、「かしてくださいませ。私もやってみます」と手を差し出した。

 実際、ちょっとだけだが興味もあった。


 すぐに綺麗にできた花を崩してリディアーヌにハンカチを渡してくれた妃殿下に、こんな感じだったかしらと真似をしてみる。

 むむむ。パラメア妃はあんなに簡単に作っていたが、中々難しい。

 隣からコランティーヌ夫人が、「摘まむ量を変えてみてはいかがですか?」「最後まで気を抜かず」などと口を挟む。

 その通りに何度か試している内に、まぁそれなりい花っぽく見えるものが出来上がった。あとは侍女の必需品のピンで底を仮止めしてあげれば完成だ。


「これなら私でもできそうです」

「ふふっ。ヴァレンティンに、新しい流行が生まれそうですわね」


 うん。流行らせる気は微塵もないけどね。

 でも折角だから後でマクシミリアンに自慢しよう。試してみたところで『何を無駄なことで遊んでいるんですか?』と冷たい目しかしなさそうなフィリックには絶対に見せない。何をしても優しく微笑んでくれるマクシミリアンにしか見せない。お養父様は……無駄に大騒ぎして永久保存しようと周囲を煩わせそうなので、論外である。

 そんなことを思っていたせいか、どうやらリディアーヌも表情が和らいでいたらしく、「公女殿下も乙女でしたのね」などと感慨深く呟いたコランティーヌ夫人にハッとさせられた。

 決して、乙女っぽいことを考えていたわけではない。大暴れするお養父様を想像して、つい口端が引きつってしまっていただけである。


 今日の茶会がパラメア妃を慰めるための会であることはコランティーヌ夫人も承知してくださっていたようで、それからフランカと夫人の侍女が沢山のハンカチを持ち込んだものだから、皆で次から次へとこの簡単な花作りを繰り返し、ついでにパラメア妃がもっと凝った物なんかも作って下さり、あっという間に机の真ん中に色とりどりの花が咲いた。

 最初は自分の出来栄えに首を傾げていたコランティーヌ夫人も、常備している鉄扇を軸にねじると大変美しく出来ることに気が付いてからは、誰よりも熱心に花を量産していた。

 おかげさまで、テーブルが大変華やかになった。


「こういう(しつら)えの仕方もあるんですね。悪くありませんわ」

「今は材質がシルクばかりなので見栄えしませんが、レースや薄絹、様々な材質を織り交ぜれば一層栄えそうですね」


 パラメア妃もすっかりと打ち解けた様子である。おかげで花を量産している間、他愛のない会話でも盛り上がれたし、打ち解けて頂けたものと思う。

 さぁ……そろそろ、いい頃合いか。


「フランカ、慣れないことをしてすっかりと喉が渇いたわ。林檎茶をちょうだい」

「林檎茶でございますね。姫様のお部屋にとっておきの瓶がありますので、取ってまいります。妃殿下や公爵夫人も如何ですか? お茶会に出す類のものではありませんが、紅茶に、林檎をほろ苦くなるほど煮詰めたたお砂糖に漬けたものを加えたお茶で、とても香りが宜しいですよ」

「まぁ、美味しそうね。私もいただこうかしら」

「いただきます」


 ニコリと微笑んで一礼し、フランカが正面の扉から出て行く。個人の部屋へ取りに行くものであるし、ましてや夫人が量産した花の底のピン止めに忙しい夫人の侍女は部屋の中に留まったままだ。上手く出て行けたのではなかろうか。


「そういえば公女殿下、先程のカーシアン女伯の顔を見ていましたこと? 公子殿下が“昔の()(ひと)”に私の名を仰った時の、あの年甲斐もないお顔!」

「まぁ、何ですか? そのお話し」


 すっかりと気を許したパラメア妃が前のめりに詳しく耳を寄せる。リディアーヌとしては今朝の例の話題はもう忘れてしまってくれてもいいと思う所なのだが、二人の機嫌を取るのが今の仕事である以上、邪険にもできない。


「残念ながら夫人のことしか目に入りませんでした」


 などと当たり障りなく言いながら話を合わせる。


「それよりも盛大に噴き出しておいでになったダグナブリク公の反応の方が……」

「ま、まぁっ」

「あれはヴァレンティン大公閣下が悪うございますよ。私もあの場でなければ盛大に笑い転げておりました」


 特に建設的な話もないまま、ダラダラ、ダラダラと会話は続く。

 まだか。まだだろうか。そう空になった紅茶のカップをせわしなく指で撫でていたら、そこにコンコンと嫌になるくらいゆったりと落ち着いたノック音がした。


 来た。この焦らし方、この変なところでの丁寧さ。間違いなく、フィリックだ。

 リディアーヌの首肯を見て重たい扉を開けたエリオットが取り次ぐと、すぐに、「恐れ入りますが、公女殿下」とリディアーヌを呼んだ。何事だろうかと、夫人と妃殿下の目も集まっている。


「フィリック? 入ってちょうだい」


 分かっていたことでありながら白々しく首を傾げたりしてみせながら入室を求めれば、ちっとも演技なんてもののできないいつも通りのフィリックが入室してきて、妃殿下と夫人に謝罪の一礼をしてからリディアーヌの傍に寄って来た。

 正式な正餐会でなくとも、婦人達のお茶会に乱入して場を乱すのはご法度である。ただ二人もリディアーヌの腹心であるフィリックのことは見知っていたようで、特に咎めもせずにフィリックの伝言を聞く時間をくれた。

 ただ妙に部屋は静まり返ってしまい、二人の耳もフィリックに寄せられている。だがそれでいい。


「どうしたの? 貴方が来るほどの急ぎの話?」

「はい。姫様に……というより、コランティーヌ前公爵夫人に」

(わたくし)?」


 目を瞬かせた夫人をチラリと見たフィリックは、されどすぐに言葉は続けず、そっとリディアーヌの耳元に屈んでぼそぼそと話を伝える。よくできた文官の姿であるから、夫人も何事かとは思っているようだが辛抱強く待ってくれる。


『お部屋の準備は整っております』


 囁かれたのはそんな言葉だったけれど、それはここで交わされるべき話題とは関係のないただの報告だ。まったく、芸を凝らせない文官である。リディアーヌはそんな朴念仁に、「まぁ……それは本当? フィリック」などと大げさに驚いて見せる。


「茶会に水を差していながら嘘など申しません」


 さて、それも演技なのか、ただの事実なのか。


「コランティーヌ夫人……申し上げにくいのですけれど」

「申して下さいませ、公女殿下。何か私に関係のあることが?」

「どうやらアブラーン殿下が北棟で騒ぎの中心となられ、ラモーディオ猊下が夫人をお探しだと……」

「なんですって」


 思わずガタリと席を立った夫人の顔は、心配というよりも、手のかかる息子にげんなりしている母の顔のようだった。だが人一倍情には厚く面倒見のいい夫人である。どんなに手がかかろうが、自分が派閥として立てている王子を裏切ることはまずないし、感情ではなく責任感で、しっかりと王子を支えている御仁である。その夫人がこの話題で、動かないはずがない。


「マリー!」

「はい。すぐに確認して参ります」


 先に夫人の侍女がそう言って急ぎ部屋を出て行く。その様子に少しヒヤリとしたが、コランティーヌ夫人もまたそのまま椅子に腰を下ろすことは無く、席を離れてくれた。


「申し訳ありませんわね、公女殿下、妃殿下。楽しい時間のせいですっかりと忘れてしまっていましたが、今は皇帝戦、選帝議会の最中。ゆっくりとお茶を楽しむ時間もない時分でございます」

「構いませんわ、夫人。このような時期だからこそ、皇帝候補達の緊張を慰めるのも私達選議卿の職務でございます」

「ええ、有難う、公女。では申し訳ないけれど、席を立たせていただきますわね。この埋め合わせはまた後日、きっと」

「お気になさらないでください。夫人のおかげで、私も楽しい時間を過ごせました」

「ええ、私も」


 そう背中を押された夫人が一つ安堵したように頷くと、いつもの優雅なのにサクサクと素早い動きであっという間に部屋を飛び出していった。

 残されたパラメア妃が自分はどうすべきだろうかと身じろいだけれど、妃殿下が何かを口にするよりも早く、フィリックがパタンッとその重たい扉を閉めてしまった。その様子に一瞬、パラメア妃が肩を揺らす。

 まったく。フィリックの背中は妙に悪だくみ感があるのだ。警戒させたではないか。


「慌ただしく出て行かれたせいで、お持ち帰りいただこうと思っていた一番よくできたお花をお渡しできませんでしたね。妃殿下、この花は形が崩れやすいですが、崩れにくいよう整えることはできるのでしょうか?」

「え? あぁ、可能ですよ。夫人が大変気に入っていらしたこちらの鮮やかな黄のハンカチが宜しいでしょうか。一度形は崩さねばなりませんが」

「お部屋に飾ればこのような時分でも気が紛れるのではないでしょうか。是非お送りしたいですわ。ただ……その。やはり私では不得手ですので、お手継いだいただけると嬉しいのですが」

「ふふっ。ええ、構いませんわ。樹液は流石に用意できませんし、リボンの類でも止められますが……一番はやはり、針と糸でしょうか」

「フランカ……あ。部屋に林檎の瓶を取りに行っているのだったわ」

「こちらに近道がございますよ」


 さりげない素振りでこの茶会室の奥の壁際に近づいたフィリックは、ペタペタと壁のモールディングを探り、程無く見つけたらしいとっかかりに指をかけると、ガタリと扉を引いた。

 よく見れば境目もあるのだろうがこの薄暗い部屋の濃い色の壁ではちっともわからなかった。知っていたはずのリディアーヌすら驚いたのだから、パラメア妃の驚きはそれどころではないはずだ。


「ま、まぁ……これは一体」

「隠し扉の類ですわね。この禁事棟にはありとあらゆる場所にございますよ」

「そうなのですか?!」


 まぁ普通はそんなもの、気が付きはしないだろうし気にもしないだろう。うちはただそういうものに好き好んで関心を示す、フィリックとマクシミリアンという変わり者が揃っていただけのことである。


「一体どこに通じて……」

「あ! いけない」


 そこにふとわざとらしく声をあげたリディアーヌが、ニコリと微笑んでパラメア妃を見つめる。すると何を察したのか、パラメア妃もビクリと身をすくめた。


「駄目じゃない、フィリック。親しくお茶をさせていただいたとはいえ、この隠し扉の向こうは“ヴァレンティンの区域”なのに。その隠し扉の存在を妃殿下に教えてしまうだなんて」

「え?」


 うん、困惑しているな。さもありなん。勝手に隠し扉を開けておいて、『よくも見たな』と言われては困るだろう。当たり前である。だがリディアーヌは止まらない。


「困りましたね。このことをダグナブリク公に話されては困ります」

「あ、あの。え? いえ、公女殿下、私は……」

「あぁ、困ったわっ。とても困ってしまったわ!」

「……」


 うむ。押しに弱いパラメア妃である。圧をかけられればすぐに大人しくなる。

 さらにその隠し扉の向こうからニコニコとフランカがやってくる。フランカが手にしているべき林檎の砂糖漬けの瓶も何も持っていないのを見れば、それが助け舟となってくれるための来訪でないことは一目瞭然であろう。妃殿下はさっと顔を青褪めさせた。


 おどおどと辺りを見回したところで味方はいない。この部屋ではちょっとやそっと叫んだくらいでは外に声も通りはしない。分厚い扉の前には屈強な騎士エリオットが陣取っており、家事室の扉も隠し扉もパラメア妃の席からは一番遠く、その間には白々しく微笑む公女と、隠し扉の前に陣取るフィリックとフランカしかいない。

 もはやこの場は完全にヴァレンティン家に囲まれているのであって、パラメア妃も今更それに気が付いたようである。


「……私に……影響力の類など、何もありません。私に何をさせたところで、何も……」

「ところで妃殿下。アンジェリカが、妃殿下は実は“いける口だ”と言っていました。本当ですか?」

「え? え、え?」


 突然口調を軽やかにおかしなことを言い出したリディアーヌに、益々困惑した様子でパラメア妃はきょろきょろとする。

 うん、困っているな。とてもとても、困っているな。さて、もう一押し。


「本当は甘ったるいだけの林檎の砂糖漬けのお茶なんかより、きりっと辛い林檎酒を冷たい水で割って……あぁ、なんなら林檎のブランデーをロックで、などという方がお好みでしょうか。実はうちの家臣が部屋に隠し持っていたものを先程没収したばかりなんです。ヴァレンティン産の十五年物。干し葡萄やチーズとの相性が抜群で、そして幸か不幸か五日間も物資の搬入が出来ない今の時分にあって、日持ちするそれらは大量に運び込んであります」

「……」


 ごくり……と、パラメア妃の喉が上下するのを見た。

 う、うむ。聞いてはいたが、まさか本当にそこまでの“いける口”だとは。


「今なら残る四日間、フランカという気の利く侍女も着いてきます。いかがですか? 妃殿下。ちょっとヴァレンティンに、誘拐されてみませんか?」






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