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ザマァ後のこの国をどうしてくれる!―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-31 鳥小屋風公女府の開設

 昼食を取るにはまだ早い時間に議会が終わった……というか、ここぞとばかりにお養父様に引きずられた退出することになったので、そのまま東棟の食堂ではなく自室に向かった。

 相変わらず区域前のホールにはしっかり騎士が立っていたものの、まだ帰宅する予定の時間ではなかったせいか、部屋にフランカの姿は無かった。

 ただそれは部屋に備え付けられている内扉で廊下の様子を監視していたらしいクルシュ副騎士長が、灯り用の油を取りに行っているだけなのですぐに戻るだろうと教えてくれた。


 はてさて。こうして部屋にいても、何もすることがない。

 いつもならリディアーヌの傍から側近が離れるなんてことはあり得ないので、すぐにでもコランティーヌ夫人の近侍の者と連絡を取らせてお茶会の予定を擦り合わせたり、パラメア妃を招待するべく招待状をしたためたり、あれこれと手配させられる。

なのに自分一人ではどこに何があるのかもわからないのだから、さすがに自分で自分に「やばいわね、私」と呟いてしまうほどだった。

 取りあえず書斎の机をガラガラと上から順番に開けてみたりしていたのだが、生憎と筆記具の一つすら見つけられなかった。

 そのうちフランカが戻ってきたのだが、リディアーヌが机の前で屈んでいたものだから、「わわっ、何事ですか? 姫様!」と驚いた様子で飛んできた。

 そんなフランカに午後の予定伝えたところ、フランカはすぐに自分の部屋に引っ込んで、銀盆に載せた招待状用の綺麗な便箋といつものペンとインクを持って来てくれた。


「申し訳ありません、姫様。今のうちに綺麗に磨いておこうと思って、こちらに持ち込んでいました。便箋の類も、ちょうど用途別に木箱に並べていたところで」


 良かった。これで自分の何もできない子のレッテルは一応(まぬが)れたはずだ。

 フランカにはそのまま封蝋の準備をしてもらいながら、てきぱきとコランティーヌ夫人とパラメア妃殿下に宛てた招待状をしたためる。

 パラメア妃は中央棟には入れない近侍という立場になるので、お茶会の場所はこの東棟だ。さて、何処にするか。


「フランカ、フィリックは部屋にいるのかしら?」

「ええ、いらっしゃると思いますよ」

「例の見取り図を持ってくるよう伝えてちょうだい」

「かしこまりました」


 すぐに部屋を出るフランカを見送った後で、そういえばそうじてこうした仕事の類はフィリックの書斎になっている部屋に持ち込むように、という話を昨日したばかりなのを思い出した。誰かの執務室に出向くということを日頃しないせいでうっかり呼びつけてしまった。

 そんなリディアーヌの反省などつゆ知らず、当たり前のように「もうお帰りでしたか?」などと言いながらフィリックがやって来た。ただ手にあの大きな見取り図は持っていない。


「フィリック、午後からコランティーヌ夫人とパラメア妃殿下と茶会を催すことになったわ。できればそのまま……」


 場所が場所だけに一瞬言葉を迷ったのだが、すぐにも、さすがにこの部屋にいてどこかに声がもれるなんてことは無いかと思いなおす。


「そのまま妃殿下に、少々ご協力をいただこうかと思っているのだけれど、どの部屋がいいかしら」

「うちの区域に近い方が良いということでしょうか」

「ええ。警戒心は与えない程度にね」

「でしたら三階西中央の談話室が宜しいかと」


 口頭だけではどこかよく分からなかったので見取り図が欲しいと思ったのだが、フィリックはその場の雑紙にざっと必要な個所をそらで書き上げ、「ここです」と場所を教えてくれた。

 見取り図の内容はすべて頭に入っているということなのだろう。見覚えのあるものと寸分違わず書き起こされた図面に、すぐリディアーヌもどこの部屋なのか理解した。


「ここって確か……例の」

「はい。例の」

「……」


 うん。伝わった。色々と伝わった。伝わりすぎた気もする。


「……まぁいいわ。ではそうしましょう。フランカ、この招待状をお二人の近侍に届けてちょうだい。それから昼二つまでに談話室の準備を。紅茶、青茶、ハーブティー、すべて揃えて……茶菓子はあるかしら?」

「食堂でいただいてくることもできますが、こういうこともあろうかと、ヴァレンティンの干し果物の類は多く持ち込んでありますよ。それらを添えれば十分に招待側の体裁は整うかと」

「ではそれでいいわ。あとは……そうね。強めのブランデーか何か持って来ていたかしら?」

「「ブランデー?」」


 思わず声を揃えたフランカとフィリックに、すぐにフランカがまっっ! と口を手でふさいだ。


「談話室ではなくて、パトリックの書斎に用意しておいて。葡萄酒、林檎酒、ほか何でもいいわよ」

「姫様、お飲みになりたいんですか?」

「まぁいいから。できればよく冷やしたものを」

「気持ちは分からないではないですが、あまり早い時間から、沢山は駄目ですよ。それから空腹時もダメです。摘まめるものもご用意しておきますから」


 駄目というのではなく摘まめるものまで用意してくれるつもりの気のきいた侍女に、「それでいいわ」と苦笑する。一方のフィリックの方は別の意図を呼んでくれているようで、変に勘違いしてぐちぐちとは言わず、「多少部屋の方も工夫しておきましょう」と言った。

 そうしてすぐに招待状を持ち運び用の革の張られた板に挟み込んだフランカは、「お届けして参ります」と丁寧な一礼をして部屋を出る。まったく仕事が早くて助かる。


「私が確認しなければならない急ぎのものはある?」

「こちらにはありませんが、鳥に咥えさせる豆の色について、ご相談させていただきたいと思っておりました。こちらにお持ちしますか?」

「そうね……」


 思わず無精(ぶしょう)をしようとしたが、一応ここが公女府ではない半公共の場であることを思い出すと、「いえ、出ましょう」と席を立った。

 堂々とヴァレンティン区域の廊下を歩く他所の選議卿なんかはいないだろうが、ホールだなんだから目を光らせている騎士や、タイミングを窺っているとはいえ行き来する使用人がいないわけでもない。そんな人達に公女がフィリックとひとつの部屋に籠っていたなどと噂されても面倒だ。

 一応養父の部屋ということになっているパトリックの書斎経由でフィリックの書斎に行っても良かったのだが、どうせ鳥を飛ばすのなら、いっそ仮設鳥小屋設備が設けられているというエリオットの部屋に行ったほうが早かろう。


 外を見張るクルシュ卿に内窓から「エリオットの所にいるわ」と声をかけ、フィリックを連れてくるりと反対の西面側へ出向き、扉の名札を見ながら目当ての扉の前に立つ。他の選議卿用の部屋より少し間が狭いから、ここで間違いない。

 扉を叩くと、「はいはーいっ」という声とバタバタガタンと何かに(つまづ)くような音をさせ、ほどなく監視用の内窓が開いてケーリックが顔を出した。まるで自分の部屋のようである。


「あれっ、姫様。すぐに開けます」


 そう引っ込んですぐに扉を開けたケーリックに、「ここって貴方の部屋だったかしら?」と問うてみたら、ケーリックはカラカラと笑いながら、「もはや半分そうですね」などと言って招き入れてくれた。どうやら部屋主のエリオットは不在らしい。

 こちらの部屋は、書斎などは付いていない直角型の一間だ。奥に水回りであろう扉が一つある。本来は窓側にベッドなどを置いて手前が廊下の監視も担う騎士としての職務の場となるのだろうが、エリオットの場合は入ってすぐ左手の出っ張りに監視用の窓を避けてベッド周りが置かれ、一際明るい奥の窓際には、大きな机と大きな棚、鳥籠や餌箱、筆記具や革筒といった随分と特殊な仮設鳥小屋空間が出来上がっていた。

 既婚の側近とはいえ寝室を伴う異性の部屋に立ち入るのは淑女として不味いだろうか、なんて思ったのは一瞬で、入ってすぐ、まったく気にならなくなった。ここはなんというか、エリオットの私的空間一割、うちの文官の仕事場二割、鳥小屋七割といった空間だ。今も鳥籠で餌を求めているらしい竜種混じりの鳥がバサバサと檻を羽で叩いているが、果たしてエリオットはちゃんとこの部屋で休息を得られているのだろうか……心配である。


「フィリック、たしか東側のミリムの部屋の向かい、クルシュ卿の部屋の南側に、入口は区域外のホールとはいえ、うちが占有してもよさそうな水回り付きの部屋があったわよね?」

「ええ、ありますが」

「いざとなればエリオットがゆっくり休めるよう、部屋を整えてあげておいてちょうだい」

「エリオット卿は騎士ですし、五日程度でどうこうなるほどやわではありませんよ」

「もしここで『鳥がいるくらいで休めなくなることは無い』と言われたら、あぁそうかと思ったでしょうけれど、五日くらい休めなくていいというその言葉でどうして納得できると思ったのかしらね」


 (はなは)だ不思議だわ、なんて言っていると、自分の部屋なのにわざわざノックをしてから扉を開けたエリオットが、なぜかリディアーヌとフィリックまでこの部屋に入るのを見てぎょっと一瞬目を瞬かせ、急ぎキチッと略式の礼で「どうなさいましたか」と問うた。

 一応、まだ疲労らしい色は見えないが、見れば見るほどにこの部屋の現状が憐れに思えてならない。


「この状況を目の当たりにして、貴方がちゃんと休みたくなった時に休める部屋を用意してもいいのではと提案したところよ」


 呑気に催促する鳥に餌をやっているケーリックをチラリと見たところで、エリオットも一度そちらに視線をやったが、ほどなく苦笑いをこぼして、「幸い、餌の催促以外は大人しいものです」と言った。


「それで、ご用件はそれだけでしたか?」

「いいえ。こんなことを言った直後に何だけれど、その“鳥”に用事があったの」


 すでにエリオットに見向きもせずフィリックが窓辺の棚をあさってがさごそと筆記具だなんだを取り揃えている。この様子だと、この部屋でがやがやしているのも初めてではないのだろう。


「姫様、早速内容の確認をお願いします」

「……ええ、それはいいけれど」


 この部屋を指定したのは自分とはいえ、どうしたものか。当たり前だがこれだけ人が集まって皆が座れるほどの椅子は無い。よもやエリオットのベッドに座らせてもらうわけにもいかない。監視用の机の前に丸椅子くらいはあるようだが。

 そんなことを思って見ていると、ぱっと奥の扉に向かったエリオットが、「椅子をどうぞ」とちゃんと背もたれのある椅子を持って来て、鳥用とは別の壁際のテーブルの前に置いてくれた。そこにフィリックも何の遠慮もなく鳥用の机の前にあった丸椅子を引きずって来て前に座り、筆記具を並べてゆく。勝手知ったるといった様子である。

 しかしいざ内容に集中すれば、リディアーヌもこの部屋の色々と問題の多い状況に目が入らなくなった。

 ここはエリオットの部屋なんかじゃない。ただの鳥小屋である。休憩用のベッド付きだなんて、いい設備の鳥小屋じゃないか。それに一間でがらんとした部屋の作りのせいか、他の部屋より窓から入る明かりが明るく感じられる。しかも、ちょっと野太いとはいえ鳥の囀り音付きだと? なんだ、この居心地のいい部屋は。


「こっちとこっちは少し待ってちょうだい。クク……じゃなかった。ケーリック、北棟側との連絡も取れそうな様子かしら?」

「多少時間はかかりますが、ユリウス陛下にでしたら鳥は直接飛ばせるようになりましたよ。朝二つと夜二つ、決まった時間に鳥呼びの香を焚くようお願いしてあるそうです。ただし飛ばせるのは一番小さなものが一羽です」


 部屋の雰囲気のせいで思わずククがそこに入るものと勘違いしてしまった。だがもはやケーリックが、十分にその代わりを務めてくれている。


「だったらフィリック、セトーナ関連よりもクロイツェン関連の方を重点的に聞くようにしてちょうだい。シュルトに送る方もフォンクラークの動向関連は最低限にして、オランジェル侯やエッフェル侯、そのほか皇宮官吏達の動きを優先的に集めてもらいたいわ」

「かしこまりました。こちらの問い合わせに対する返信はどうしましょう」


 一人だとあんなに手持無沙汰だったのに、フィリックがいるだけであっという間にやるべきことが増えて行く。これは一体何なのだろう。結局暇だなんてものを感じる間もなく時間は過ぎ去ったようで、昼の鐘が鳴り出した時には「あら、もう?」と驚いた。


 さすがに昼食くらいは取らないとな、とペンを置いたら、折よくコンコンと扉を叩く音がした。部屋主でありながら護衛騎士としての慣習のままに扉の前に立っていたエリオットがすぐに確認して扉を開く。どうやらリディアーヌ達がこちらに行ったと聞いて、フランカまでこちらにやって来たようだ。しかも手にカートを押していて、「みな様、お昼の時間ですよ」だなんて呑気なことを言う。

 これはつまり、ここで食べてくださいねということだろうか。この明るい部屋は思いのほか居心地がいいのでリディアーヌはまったく気にしないが、今そこでぎょっとなっているエリオットには災難である。だからといって遠慮するリディアーヌ隊ではないが。


「本日の昼食は食堂でいただいてきたバゲットにバター(ブール)とフレッシュな葉物、ヴァレンティンのチーズ(フロマージュ)サラミ(ソシソン・セック)でございます。ニコラ料理長特性マッシュポテトとハーブドレッシングをレシピ通りに不肖、わたくしめが今朝仕込んで参りましたので、こちらを添えさせていただきます」


 もはや侍女の領分を越えて料理にまで手を出したらしいフランカが、自信たっぷりにリディアーヌの前の机をさっと清め、クロスを置き、お皿を置き、バゲットとそれらの品を綺麗に盛りつけてタルティーヌ風にしてくれた。熟練の侍従にも負けない手際である。


「フィリックとケーリックは同席なさい。フランカ、貴女達の分もあるのなら、食べてしまいなさい。午後からはフランカにもケーリックにも茶会の方に参加してもらいたいから、あとで食事をする時間は無いわよ」

「それではそうさせていただきます。エリオット様、お机、お借りしますね」


 どうやらフランカも自分の部屋に帰る気はないらしい。この状況で女主を一人部屋に残してはいけないというのもあろうが、あるいはフランカもこちらの方が居心地よく感じているのではないだろうか。てきぱきとリディアーヌと同じ机に同席が許される身分であるフィリックとケーリックの分を整えたフランカは、きちんとお皿に盛りつけたそれらとは違う油紙の包みを一つ取り、残りのバスケットを強引にエリオットに渡してから監視用の窓に面した方の椅子に座って包みを広げた。

 どうやら自分用は町中の民達がやるように、バゲットに具材を全部挟み込んでかぶりつくスタイルにしているようだ。

 フランカだってちゃんとしたお嬢様なのにと思うのだが、往々にして仕事の多い侍女や侍従、ましてや騎士達は、きっと裏ではいつもそうやって手早く済ませる工夫をしているのだろう。フランカにバスケットを渡されたエリオットの見下ろす先にあるのも、同じような包みだった。

 フランカはエリオットの面倒まで見る必要はないのに、体が資本の騎士のためになのか大き目の包みが二つ。思わず微笑ましくなる気遣いである。


 昨日、予期せずリディアーヌの部屋にわちゃわちゃと人が集まった時には狭苦しく感じたものだが、今のこの部屋の雰囲気は悪くない。いや、むしろ落ち着く。

 狭い机で文官達と向き合って食事をするという状況も帝国議会中で養父がいない忙しい時期の公女府では珍しいものではないし、さすがに騎士や侍女が同じ空間で食事をすることはないが、この結束力は公女府の雰囲気を思わせて居心地がいい。


「どうしましょう。この部屋、とても気に入ったわ」

「場所と構造から姫様のお部屋にするには問題が多いですが、仕事部屋になさる分には悪くないかと。エリオットを追い出しますか?」

「……」


 思わず一瞬考えたリディアーヌに、「え」とエリオットが振り返る。

 こほんっ。さすがにそんな暴君みたいなことはしないけれど、今後、仕事をここに持ち込むことはまったくやぶさかではない。


「冗談よ、エリオット」

「……私的な空間がある場所に姫様をお迎えするのは失礼が過ぎるかと……ひとまず、パーテーションの類を用立てておきます」

「それなら公子様のお部屋の納戸にあったと聞きましたよ」


 すかさずフランカが答える。はて、そんなのは初耳だが、あるいはクラウス卿から聞いたのだろうか。意外とフランカが乗り気なものだから、エリオットももう仕方がない、みたいな顔になった。

 ふむ。やはりエリオットが占拠する上司たちから逃げ出したくなった時のための休憩室という意味でも、もう一つ部屋を整えてあげるくらいした方がいいかもしれない。あとでランデル卿に手配をお願いしておこう。






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