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ザマァ後のこの国をどうしてくれる!―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-29 議会二日目(1)

 選帝議会二日目、朝――。

 狭い寝室の小さな窓に、果たして朝日は入るのか否か。そんな疑問を(あざ)(わら)うかのようにどんよりと曇った空模様に、ただでさえ圧迫感を感じる心地がさらにどんよりと落ち込んだ。

 そんなリディアーヌとは裏腹に、いつもと変わらぬ笑顔と軽やかさで、うんとかぐわしいハーブティーを手に、「おはようございます、姫様。今日はお生憎のお天気ですね」と言うフランカの(ほが)らかさは、まったく、平常心をもたらしてくれる最良の静穏剤である。


「貴女はどこでもどんな状況でも変わらないわね」

「私は侍女見習いの登用面接の時、フィリック様に『その図太さは評価できます』と褒められたのが自慢なんですよ」


 果たしてそれが自慢でいいのか。もっと別の所で沢山リディアーヌが誉めてあげるのに、そんな鬼畜文官の一言にニコニコ出来るだなんて、フランカは図太いというよりもはや天使なのではあるまいか。

 思わずそんなことを思ってしまうのも、このおかしな場所のせいだろうか。

 こくりと喉を潤した暖かな紅茶とハーブのなじみ深い味に、一瞬我に返り、一瞬ほっと穏やかな心地を思い出した。


「おいしい」

「まだまだ沢山ありますから、いくらでもお淹れ致しますよ」


 フランカを中央棟にまで連れていけないのが残念でならない。残念ながら近侍はこの東棟から出ることはできず、選議卿達が日中詰める中央棟は、中央棟だけの皇宮のメイドにすべて任せねばならないのである。せめて茶葉だけはあちらにも持ち込もうか。

 そんなことを考えている内にもてきぱきと洗面の仕度を整えてくれたフランカにお世話されながら、今日も今日とてきちっとした白と紺のたっぷりのボタンに覆われたドレスを纏い、頭が重たくならないようゆるく髪を編んでもらった。

 特に誰に見せねばならない行事があるというわけでもないのだが、フランカはこんな時でも手を抜かず、生花の代わりの花を象ったガラスのピンで丁寧にアレンジを凝らすのだから、まったく侍女というのは彼女の天職なのかもしれない。


 朝食は部屋でいただいた。

 フランカが食堂からもらってきたパンを近くの家事室であぶってくれて、昨夜気に入ったバターと一緒にいただく。それからヴァレンティンから持ち込んだ干し葡萄と干し杏子。酢漬けの野菜に、同じく火であぶったベーコンを少し添えて。保存食多めの質素なラインナップとはいえ、なじみ深い味なせいか、昨夜よりよほど美味しく感じられる。

 あとは食後に、目覚めを促す濃い紅色の紅茶を一杯。

 選帝議会の開始は朝一つの鐘という一般的な始業時間より遅く、朝三つという遅い時間からだ。おかげさまでどんなにのんびり支度をしても、だらだら紅茶を飲んでいても、仕事時間ですよと怒鳴り込んでくる人はいない。いつもならもうとっくに働いている時間だろうに、この大変な時期にあっていつもよりはるかにのんびりできるというのは不思議なものである。そのかわり、夜は遅いけれど。


「リディ、起きてる?」


 そんなのんびりした朝に、コンコンと扉を叩く音と共にマクシミリアンが訪ねてきた。

 てっきり『仕事の時間は始まっていますよ』とフィリック辺りが怒鳴り込んできそうな気がしていたので、これは予想外だった。


「どうぞ、入って」

「やぁ、おはよう、リディ。生憎の空模様だけど、君はどんな空でも相変わらず綺麗だね」

「あら公子様、夜這いならぬ朝這いですか? いけませんよ、ここは大公様のお部屋のお隣です」

「……」


 何なんだろう、朝っぱらからその言葉の応酬は。とりあえず女性は褒めねばならない東大陸男もどうかと思うが、フランカの遠慮のなさは今日も絶好調だ。


「くくっ。朝這いっ。ヴァレンティンにはそんな単語があったのか」

「ないわよ」


 こういうのはちゃんと否定しておかないと。

 勿論フランカも本気なわけではなかろう。クスクスと笑いながら、すぐに用件も聞かずお客様のための紅茶を準備し始めた。

 駄目といいながら、マクシミリアンを居座らせるつもりなのはフランカの方である。


「それで、どうしたの? ミリム」

「先程食堂に顔を出して来たら、アブラーン王子がいたよ」


 むむっ。思わず興味を引かれて顔をあげる。

 皇帝候補は早々、この東棟には立ち入れないはずだが。


「コランティーヌ夫人が勝訴したのね」

「つまりそういうことだろうね。顔だけ見せてすぐに戻ったようだったけど、ひとまず変わった様子は無かった。ただ見たことがないくらいには(うろ)()えていて、応対していたコランティーヌ夫人の方が昨夜と打って変わって落ち着いた様子だった。アブラーン王子を宥めているように見えたけど、生憎と会話までは聞こえなかったよ」

「十分だわ。他に見ていた人はいて?」

「朝だからか、人は少なかったよ。あるいは軽く人払いがされてたのかな? ノヴェール伯とラモーディオ猊下がいらして、あとは外に数人見かけた程度だった」

「貴方は追い出されなかったの?」

「うーん。なんでかな? 夫人とは一度目が合ったんだけど、何も言われなかったよ?」


 これぞマクシミリアン……ちっとも敵認定されていないのだから、日頃の行いというやつなのだろう。無垢な顔で様子を見つつ、呑気にパンを頬張るマクシミリアンが目に浮かぶようである。コランティーヌ夫人も、それにコロリと騙されたに違いない。


「社交性に乏しいヴァレンティンに、貴方という婿を得られることはなんという幸運なのかしら……」

「え、いきなり何? えっと、朝這いの許可ってことでいい?」


 何をどうしてそうなったのかは分からないが、とりあえずマクシミリアンの前にティーカップを置いたフランカに、「今の話をフィリックに伝えておいて」と頼んだ。


「え? 朝這いのですか?」

「アブラーン王子の話に決まっているでしょう」


 おっとっ、と肩をすくめたフランカは、どうやら冗談ではなく本気で勘違いしたらしい。思わず「貴女ねぇ」と乾いた微笑が浮かんでしまった。

 またここでフランカも、『姫様を異性と二人きりにするわけには参りません』くらい言えれば侍女として上等なのだが、何も考えずに「はい、わかりました!」と素直に頷いて出ていくのだから、外に立っていたらしいクラウス卿が苦笑しながら、「私が入室しても構いませんか?」と聞いてきた。

 そのことにマクシミリアンがムスリとしたが、彼の侍従は大変優秀だ。主君の婚約者の寝室を伴う部屋にやすやす入室はせず、それでいて二人きりにはしないようよく状況を見て判断している。

 勿論、「入ってちょうだい」と促した。


「そそっかしいところはあるけれど、フランカは可愛いでしょう?」


 ちょっと自慢気にクラウス卿にそんなことを言うと、思いのほか満更でもないのか、「ええ、そうですね」との素直な回答が返って来た。これは婚約も近いかもしれない。まぁフランカが可愛いことはリディアーヌが一番よく知っているので、何一つおかしいとは思わないけれど。

 ただ勿論、そそっかしさを見逃してくれるうちの筆頭文官様ではない。マクシミリアンとクラウス卿と一つ二つ雑談を交わしている内に、「フランカではなくマーサを連れて来るべきでしたね」などと言いながら、フランカの首根っこを掴んだフィリックさんが現れた。主の部屋にマクシミリアンを残してきたと聞いて、わざわざやってきたようである。

 フィリックこそ、以前は勝手にマクシミリアンをリディアーヌの部屋に入れたり、皇宮から呼びつける画策をしたり、結構なことをやっていたと思うのだが、今更である。一応、すぐそこにお養父様がいることを気にしているのだろうか。


 結局そのままフィリックが「こちらを確認してください」「今日中にこの確認をお願いします」と、二人にあれこれと仕事をお言いつけになったものだから、あっという間に朝ののんびりとした時間は消え去った。これでこそフィリックである。

 しまいにはなかなか帰ってこない弟を追いかけてきたのか、パトリックもこちらにやって来て、さらにケーリックも「鳥が来ましたよ」だなんてやってくるものだから、またしても狭いリディアーヌの部屋の書斎は人でいっぱいになった。


「で……どうして結局この部屋に集まるのよ」

「どうしてでしょう。やはり何となくこれが落ち着きます」


 珍しく首を傾げながらそんなことを言うフィリックに呆れつつ、結局その状況はお寝坊だったらしいうちのお養父様が「君達はうちの娘の部屋で何をしている!」と怒鳴り込んでくるまで止むことは無かった。



  ◇◇◇



 朝からの騒動のおかげで、曇り空も忘れて目が冴えた。

 結局雨にはならなかったようだが、議会の時間を前にぞろぞろと東棟から中央棟への渡り廊下を渡る頃、数少ない外を(おが)める窓から眺めた空は、より一層どんよりと薄暗くなっているようだった。


 朝三つ時の鐘が鳴る。

 議場の大きなステンドグラスにも今日は彩光がなく、日中でありながらランプに火の灯された議場はほのかにオレンジ色に染まっていて薄暗い。

 ぞろぞろと揃った面々に、相変わらず生気が抜けたような面差しの教皇聖下が「定刻である。議会を始めましょう」とだけ言って席に腰を下ろした。


 一見して昨日と変わりなくみえるが、初期の机についているアルセール先生の顔に明らかな疲労が見える。おそらく昨夜、被害に遭ったであろう誰かのために緑の襟の資格を持つ薬師として呼び出され、夜通し治療に当たったのだろう。

 他にも医務官や資格を持つ聖職者はいただろうに、筆頭書記官にやらせるとは鬼畜な誰かがいたものである。ただリディアーヌも、禁事棟に先生がいることが頼もしくてならないと思っているので、その誰かの気持ちが分からないでもない。

 そうして辺りの様子を見ている内にも、教皇聖下に代わり、うちの養父を除く選帝議会経験者達がサクサクと今日の議題を勧めていった。長らく選帝侯議会の議長も務めていたザクセオン大公はやはりこういう時は頼りになるし、あるいは今回が二回目の選議卿であるラモーディオ枢機卿猊下も、ここにきて頼もしさを発揮している。

 ただ選議卿とは無関係に中立として雑務をこなす他の聖職者達の動きが大層悪い。それもこれも、教皇聖下が最低限の指示しか出さないからであろう。

 結局は見かねたのか、書記の仕事をもう一人の書記官であるカリックス卿に託したアルセール先生が後方の席から降りてきて、てきぱきと修道士達に差配を出し始めた。おかげで苛立ちを見せ始めていた大公達も落ち着いた。


 まずは情報通達として、昨夜の事件のあらましについてが報告された。

 幸い先んじてマクシミリアンからも簡単に聞くことができたが、新ためてセトーナ派でもあるラモーディオ枢機卿猊下からアブラーン王子の無事が伝えられ、そして案の定被害者の看病に当たっていたらしいアルセール先生から、セトーナの侍従が一人服毒したが、解毒は成功して安静に過ごしていることと、用いられた毒が帝国中どこでもさほど珍しくもない汎用性の高いもので、かつそんなに強い類のものではなかったことが報告された。

 嫌がらせ……と呼ぶには冗談が過ぎるが、命を狙うというよりも警告じみたものであったということだろうか。やはり皇帝戦ではなく、セトーナ内部の問題であるような気がする。

 そのほか北棟付の棟守長からそちらの様子に関する報告があり、他の皇帝候補達が変わりなく過ごしている様子のことなどが語られた。

 それが終われば、今日のメインイベント。選帝議会最初の“仮投票”である。


 ただでさせ薄暗かった議場のステンドグラスには、まったく光を通さなに真っ暗な暗幕がかけられ、完全に帳を降ろされた議場には火の灯された蝋燭が並べ置かれる。さほど明るくもない蝋燭が風にゆらゆらと火を揺らし、実に独特の風合いを醸し出す。

 選帝議会は五日間にわたって行われるが、二日目から四日目までの計三回、この朝の議会の時間には仮投票というものがおこなわれるのだ。

 これは皇帝を選ぶ本戦ではなく、現状を選議卿達が把握するためのその名の通りの仮の投票であり、これ自体は決して皇帝決定に影響力は無い。ただここでの票数によって、自分の票の行き先を変える人もいるだろう。目に見えて現状が分かるという意味でも、おそらく一日で最も緊張する時間だと思う。

 この薄暗さと揺れる炎が一層緊迫感を高めている。準備を手伝う修道士達の表情も硬い。指示を出すアルセール先生が平常でいてくれなかったら、さぞかし居心地の悪い空気になっていたことだろう。


 選議卿一人一人に配られたのはこの選帝議会でしか使われない特別なカードだ。手のひらサイズの小さなカードだが、上下に折り目が入っており、周囲には上等なエンボス加工が施されている。色はわずかに黄味がかっていて、サントベロのほのかな芳香がある。サントベロは紙作りには向かない硬い木だが、この紙にはサントベロの繊維が混ぜ込まれているのだ。

 教会門外不出の製法なので、一般の商会や職人が真似できるものではなく、作られる数にも限りがあって、書き間違えなどというものも通用しない。教会所属の職人のみが作ることができ、数も失敗作すら含め管理されている特殊な品である。

 同時に机には濃い紫がかった黒を思わせるインクと、使い捨てを前提とした軸根を切っただけの真っ白な羽ペンが並べ置かれてゆく。この原始的なペンはただでさえ書き心地のあまりよくないカードと共に中々書き辛いのだが、これが選帝議会の常備品なのである。


 教皇聖下の宣誓に続いてすでに何度も口にした規則順守の宣誓文を繰り返し、カードの上段に票を投ずるべき皇帝候補の名を綴り、添え置かれているねっとりと重たい青の印泥に印章を押し込み、カードの下段に捺す。

 選帝侯達は最も濃い紫紺、選帝伯は少し薄い青、そして選帝卿らは薄い青の印泥だ。これによって位によって異なる票数を見分ける。

 印章は家門ごとに同じものなので、狼の印章を見ればヴァレンティンから投じられた票であることは分かる。ただ選帝卿らは同じ色の印泥なので、誰がどこに投じたのかははっきり分からない仕様になっている。

 また各家門の聖職者枠達は聖職者用の緑の印泥を使うので、これも違いが分かる。ドレンツィン大司教枠の聖職者達は聖職者用ではなく選帝侯家の青の印章なので、色の違いでそこは見分けが付く。


 皆の筆記が終わると、修道士の一人が銀の器を手にぐるぐると席を回ってカードを回収してゆく。銀器は深さの有る楕円形のもので、上の隙間からカードを投じると、自然と少し開く紙の折り返しが邪魔になって、振っても投げても飛び出して来ない仕様である。

 すべてのカードを回収し終えたら修道士はそれを議長席の前に置き、議長である教皇聖下が銀器を良く振りカードを混ぜてから、仕掛け箱になっている銀器の裏蓋を外す。

 そしてまずは一枚カードを取り、書かれた皇帝候補の名と票数を読み上げ、それを教会の書記官が書き留める。書き留めたら、読み上げたカードと書き留めた内容が相違ないことを確認すべく、選帝侯達にこれらを並べ置いたものを見せて回る。そうして一枚一枚丁寧に確認しながら全て開票したところで、結果が出されることになる。


 これが投票の大まかな流れであり、これから三度、そして最終日の本投票も全く同じ形式で行われる。

 口頭ではどこの家門の票なのかは明かされないが、何票なのかは口にされるので、必然的に選帝侯と選帝伯の票かどうかは誰にでもわかる。また選帝侯達は確認のためにカードを目にするので、押された家門の印章から、どの選帝侯が誰に投じたのか、どの選帝伯が誰に投じたのかは知られることになるわけだ。曖昧なのは複数いる選帝卿だけである。


「皇帝候補リュシアン、二票」


 読み上げと共に確認のための修道士が巡り。


「皇帝候補アルトゥール、一票」


 そしてまた巡る。


「皇帝候補リュシアン、二票……」


 一枚一枚広げては確認されてゆき、そして最後まで出揃ったところで、「これにて全票出揃いました」と、教皇聖下が書記を務めていたアルセール先生から総数を書き込んだ紙を受け取る。

 すでに頭の中で読み上げられていた数を数えていたから、結果は分かっている。


「皇帝候補アルトゥール十六票。同じくリュシアン十二票。リヴァイアン八票。そしてアブラーン七票。ギュスターブ七票。計五十票。相違ございませんか?」






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