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ザマァ後のこの国をどうしてくれる!―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-27 把握(4)

「ドレンツィン大司教がクロイツェン派なら、シリアート司教もでしょうね」


 むしろ大司教の一番弟子として選帝伯に任じられたサンチェーリ司教が、皇帝戦開始早々大司教に背いてリディアーヌに近づき、ベルテセーヌ派に転じている。この隙にドレンツィンでの影響力を伸ばしたいシリアート司教はまず間違いなく皇帝戦の結果よりもドレンツィン大司教の懐に入ることを優先するだろう。今の所クロイツェンが最も次期皇帝候補として優勢でもあるから、わざわざドレンツィン大司教と違う方針に転じる必要性も感じていないはずである。

 無論、ヴァレンティンがこのままで終わらせるつもりはないけれど。


「ほかの聖職者枠となると……やっぱりセトーナ派が多いね」


 フィリックの用意した表を見ても、エティエンヌ猊下がベルテセーヌに傾いてくれた他はやはりセトーナ派が目立つ。ドレンツィン本山枠のラモーディオ枢機卿は元々保守派でセトーナ推戴派の重鎮であるし、ザクセオンとヘイツブルグの教会枠であるトレファーノ司教やクレメンテ司教もセトーナ派だ。

 教皇推薦枠のアンジェッロ司教は元々セトーナ派という噂があったはずだが、皇宮で見ている限りは教皇の腰巾着と化し、教皇がヴィオレットを取り込んでクロイツェンの後ろ楯に立とうとした時点で、一体何があったのか、すっかりとヴィオレットに心を奪われてしまったようである。

 そのヴィオレットも教皇聖下もすでに失脚したと言っていい状況なのだが、あえて派閥で言うのであれば今もクロイツェン派であろう。むしろこれからアンジェッロ司教がアルトゥールやヴィオレットに対してどう振舞うのかはこちらも気になって注目しているところである。


 そんな中でもう一人確認しておきたいのが、ドレンツィン本山枠のテスティーノ枢機卿猊下だ。

 テスティーノ猊下はどちらかというと温厚と清廉といった聖職者らしい雰囲気をよく体現した人格者で、元々はドレンツィン大司教や教皇聖下にも信頼を得ているクロイツェン派と言った雰囲気の人物である。

 だがマシェロン伯(いわ)く、そんな表向きとは裏腹に、当人はクロイツェンによって滅ぼされたかつてのベザの直系、旧ベルデラウト王国系の出身であるというではないか。

 クロイツェン派なのは表向きではないかというのがマシェロン伯とマクシミリアンの(げん)であったが、その後、どうなっているのだろうか。


「ミリム、テスティーノ猊下の様子はどう?」

「そっちも私が自分で接触するには(はばか)りがあったから、ジャンに頼んでいたけれど……とりあえず表向き通りのクロイツェン派ではまずないね。今はそこからセトーナか、ベルテセーヌかと揺れている様子だけれど、まぁダグナブリク公よりは確実に引き込めると目算している」


 思わずクスと笑うマクシミリアンに、「なんて頼もしいの」と思わずこぼしてしまった。

 まぁ表向きを偽っているとはいえ、根は真面目で人格者な枢機卿猊下だ。下手な腹芸はなさらないだろうし、クロイツェンに思う所があるというだけでも期待できる。この案件は引き続きトレファーノ司教の揺さぶりと合わせてマクシミリアンに任せたいところだ。

 テスティーノ猊下は選帝卿なので持っている票数はただの一票なのだが、その人自身に付随する枢機卿という肩書きは大きい。絶大な権力を持つベザリウス教会本山の、ほんの一握りにしか与えられない次期教皇候補ともいうべき肩書きである。その肩書きのあるエティエンヌ猊下がベルテセーヌ派に付いたというだけでも皇宮内でのリュシアンの評判と価値はぐっと一気に高まったし、全く聞く耳も持ちそうになかった教会内にもベルテセーヌ迎合派が広まった。もしもここにまた一人枢機卿を味方に付けられたなら、トレファーノ司教をはじめ、揺れている他の選議卿司教達を取り込むのにも大きな後押しになる。


「だから優先すべきはやっぱりテスティーノ猊下ね」

「同じように、この現状を見ても切り崩す余力がありそうなのはおよそセトーナ派の面々だね。一部堅固な保守伝統派もいるけれど、ほかに求心するものがなくてセトーナ派をうたっている人もいるだろう」


 マクシミリアンも言う通り、こうやって見ると思ったよりもまだセトーナ派が固い。動くかどうかは分からないが、保守伝統派のラモーディオ枢機卿含め、教会枠とは積極的に関わって行くべきだろう。


「そして最後に……まったく派閥の分からない、うちのカラマーイ司教ね」

「私も、どの派閥と位置付けたらいいのか困って別枠にしています」


 フィリックすらも悩ませたこの問題児は、一体どうすればいいのか。

 どうにもカラマーイも腹に(いち)(もつ)有る様子をうかがわせているが、結局それでどうしたいのかというのがまだ見えてこない。

 今の所、危惧しているヘイツブルグ大公との接触が目に見えて分かっているわけでもないが、そことそこが結びつくと非常に厄介だ。ましてやすでにセトーナやカクトゥーラすら凌ぎかねないほどの票が集まるギュスターブ王派などに加担されると、脅威とは言わないものの非常に気分も悪い。

 いや、さすがに亡き母のことを思うカラマーイがその死の原因に関与しているギュスターブ王に票を投じるとは思わないが……うぅむ。だからこそ、猶更カラマーイがどこに票を投じるのか、想像ができないのだ。

 いっそ最初から棄権狙いなのかもしれない。それならばまだ随分とマシだが。


「よし、カラマーイはともかく、ひとまず現状は出揃ったな。フィリック、今の所、取り込み待ちは除外して票数はどうだ?」

「そうですね。ベルテセーヌ十三、カクトゥーラ八、セトーナ六、フォンクラーク七……そしてクロイツェンが十五」

「あら、思ったよりベルテセーヌは善戦しているわね」


 まだクロイツェンには足りていないが、すでに顔も名も知られたアルトゥールと、王としての治績がほとんどないまま短期間のうちに罪人から王まで叩き上げられたリュシアンでは出だしが違う。それに前皇帝の血縁という強い肩書きもあるアルトゥールが接戦というのも、皇帝戦が始まる前までは想像できなかったものである。

 その上この数字は見込みを省いた数字だ。ダグナブリク公や聖職者への働きかけが功をそうせば、十分に戦える数字だ。


「ただ油断もしていられません。フォンクラーク票が()(かい)した際、何処に流れるのかを考えても、まずギュスターブ王と最も反目的なベルテセーヌに流れる確率は低いですから」

「その七票を考慮しても、ダグナブリク公から三票を獲ることは必須ね……」


 やはり選帝侯の持つ三票は大きい。ついでにダグナブリク公の働きかけで、ダグナブリク家門からカクトゥーラ票も削れるとより安心だ。


「それにマクシミリアン公子殿下とエティエンヌ猊下を取り込みベルテセーヌ派が勢いをつけていることは一目瞭然ですから、ここからは票を獲るだけでなく守る側にも気を配っていただかねばなりません」


 確かにそうだ。むしろその方が大変と言ってもいい。

 元々クロイツェン派として振舞いつつクロイツェン派のただなかで活動しているマシェロン伯だって、本当にこのままマクシミリアンとの密約に乗ってベルテセーヌに票を投じてくれるかどうかは信用ならない。

 サンチェーリ司教やエティエンヌ猊下、特に猊下は議会の場で神々にまで誓約する形で手を結んだのでさすがに疑いようもないが、他の引き込みたい司教達の心変わりは何よりも恐ろしい。


「パトリックやサリニャック侯にだって、そういう囁きはあるでしょうし……」

「いくら何でもそこで名前を挙げられるのは心外です、姫様」

「まったくでございますよ。レヴェイヨン侯やダリュッセル侯がカクトゥーラ派からクロイツェンやセトーナに転派の揺さぶりをかけられることの方が警戒なさって欲しい物です」


 二人がすぐに反論するのを見て、思わずクツと笑みが浮かんだ。

 元より、この二人が裏切るとは思っていない。どちらもそういう腹芸をするタイプではないし、誰に誇っても文句がないほどの我が家の腹心達だ。この辺り、今回のヴァレンティンは選議卿選挙で成功したと言える。

 だがなるほど、堅固な北方派であるレヴェイヨン侯やダリュッセル侯について心配したことは無かったが、自分達がセトーナ派を切り崩そうとしているように、そう考えて彼らに接触してくる人はこれからどんどん増えるだろう。ベルテセーヌ派ではないからといって放置しているわけにもいかず、票の分散、特にクロイツェン派からの切り崩しに有益ならば、クロイツェン派もセトーナ派も積極的に守っていくべきだ。

 ふぅ……たかが選挙。たかが一人一人が票を投じるだけの単純な選抜方法。だというのに中々複雑なものである。


「正直、カクトゥーラ派とは派閥は違っても協力し合える間柄だと思っています。どのみちあちらは皇帝戦がメインというわけでもないですし、リヴァイアン殿下個人に対する見返りを餌に、協力し合える関係として、あちらの票を守る立場としても振舞いたいですね」


 国と国ということにも関わるので一応そうお養父様に意見を窺う体で尋ねてみたのだが、相変わらずうちのお養父様の放任主義はすさまじく、「好きにしていいぞ」などという返答が帰って来た。

 信用されているのやら、頼られているのやら、それとも面倒を押し付けられているのやら。

 お養父様だって何も考えていないわけではないはずだ。その証拠に、アセルマン家からもサリニャック侯からも苦言は飛んでこない。だから安心していいはずだが、こう、何というか、お養父様はいつも言い方が軽いのだ。どうにも気が抜けて、半笑いになってしまう。


 だがこうして時間を取ってみたところで、今後の方針ははっきりした。

 リディアーヌがまず取り込むべくはダグナブリク公。そしてマクシミリアンの手を借りながら教会枠からセトーナ派を切り崩していくのがひとまずの方針である。

 その上で、こちらの派閥が切り崩されないようにという警戒は、今も積極的にその手の話で策を練っているサリニャック侯とパトリックが引き受けてくれそうだとして、ヘイツブルグのフォンクラーク派については常に動向を注視しておく、といったところか。


「二日目からは議会の最初に、仮投票などという目に見える模擬戦がある。まだまだ票を揺るがす連中は出て来るだろうからな。ひとまず全員、油断せずにことに当たれ」


 お養父様の締めくくりの言葉に皆真面目な顔で頷いた。

 頷いたけれど……当のお養父様がふあっと()(くび)なんてしてだらけているものだから、言葉以外はまったく締まらなかった。


「もう、お養父様ったら」

「たまにはと思ってそれらしいことを言ってみたが、やっぱり性に合わんな。こういのは娘に任せるに限る」


 そんなもの、任されても困るんですが、とは思ったが、ついつい気を張り詰める真面目な人間の多いヴァレンティンでは、主君はこのくらいであるのがちょうどいいのかもしれない。

 やれやれとため息を吐きつつも目じりを垂らして苦笑を浮かべたサリニャック侯の落ち着いた様子を見るに、とくとそれを実感した。






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