エピローグ
目を開けると先程来たばかりの真っ白な空間に、黒髪の女の子がそこにいる。私が近づくとその女の子は満面の笑みを見せた。
「ニーナ、お母様に会えたわ。ありがとう」
「ううん、よかった。私もお母さんに会えたよ。とは言っても熱が出てて私の意識が朦朧としてた中でだけどね。久しぶりのお母さんは優しくて……幸せな気持ちになっちゃった」
「そのまま元の世界にいたい?」
「えっ?」
少し不安そうな顔をして少し首を傾げる姿は、以前の私の姿そのものなのに可愛く見えて笑ってしまった。
レオと一緒にヴィンスがいた事に動揺した私は、知らず知らずのうちに胸元にぶら下げた魔法石の力を使っていたようだ。てっきり魔法石には治癒魔法が込められていたと思っていた私は、またニーナに会えて驚いた。
そうして再び会えたニーナに事の経緯を話したところ、お母様にもう一度会いたいというニーナがヴィンス達への説明と諸々口外しないようお願いする役を買って出てくれ、また短時間だけ入れ替わる事にしたのだ。
久しぶりに新菜の姿になった私は目が覚めたらベッドに寝ていた。恐らく、入れ替わりによって新菜は突然倒れたのだろう。ベッドサイドにはお母さんが座っていて……『大丈夫?』と額を触りながら心配する様子に涙が出そうになった。ああ、私を見てくれるんだ。心配してくれるんだ、と。でも……
「ううん。お母さんが私に向けた感情はニーナに向けられたものだよ。あっ卑屈になってるんじゃなくて、ニーナが大切にされているのが分かってよかった。あの居場所はもうニーナのものだよ」
「ニーナ…」
「それにね、気付いていると思うけど私達のこの姿…」
初めてここに来た時と違って、この真っ白な空間の中で私はニーナの、ニーナは新菜の姿のままだった。直近にいた世界の姿では無いのだ。
「この次元では私は元の姿になるのかなって思ってたけど、ニーナの姿だよね。これって、この姿が正しい姿なんだよって言っているみたい」
「正しい姿……そうかもしれないわ。私もあの世界にいた筈なのに、しっくりとくるのは新菜の世界なの……不思議ね」
私もそれは感じていた。ニーナの世界に初めて行った時からすんなりとそれを受け入れる事ができて、寧ろ元の世界よりも馴染んでいる気がして不思議だった。
「でもね、たとえお互いに世界を間違えて生まれてきたのだとしても…あの世界に生を受けてよかった。だって、ニーナやお母様達と出逢う事が出来たのだから」
「うん、私も新菜に出逢えてよかった」
「ニーナ、今まで本当にありがとう。魔法石にはもう魔法を込めてないの……」
新菜は顔を伏せる。魔法石に魔法を込めてない、それは私達は次こそもう会えない事を意味する。
「うん…」
「でも……ずっと、貴女の幸せを願っているわ。ニーナ」
「私も、新菜の幸せを願ってるよ」
「うん…!」
そう言って新菜は泣きそうな笑顔を私に向ける。
「またね。新菜」
―――――
あの入れ替わりの日から数日が経つ。治癒魔法が使えない私は、入れ替わる際に掛かる身体への負担からまた熱が出て寝込んでいた。
ようやく起き上がれるようになった今日、お母様が連絡したそうでこれからヴィンスがうちに来るという。
(ああ、緊張する……)
新菜が説明してくれたからヴィンスはもう全部知っているのだろうけれど、どういう反応だったのかを聞いていない。
(新菜から聞いておけばよかった)
隠していた事を怒ってないか、とか。全て知った上で私を見る目が変わらないか、とか。聞いたところでヴィンスの気持ちは変わるわけじゃ無いけど、私の心構えが違う。
(新菜が何も言わなかったって事は、拒否はされてないよね!?)
少し弱気になったところでドアがノックされた。
「お嬢様。ヴィンセント様がいらっしゃいました」
「どっどうぞ」
思わず声が上擦ってしまう。
サラの後ろには既にヴィンスがいて、サラは中へとヴィンスを案内すると気を遣ったのかささっと下がってしまった。
ヴィンスは一言も発さず少し近寄ったと思ったら、何故か私と一定の距離を保ったままこちらを見ている。というか様子を窺っている?
(やっぱり異世界から来た私なんて拒否されてる………!?)
「あの…ヴィンス?」
恐る恐る私が声を掛けるとヴィンスはホッとした表情で息をついて、先程の距離は何だったのかと思うほどいつの間にか私の傍まで来ていた。
「ニーナ、おかえり」
ヴィンスの言葉に私はここに居てもいいんだ、と胸がキュッとする。
「うんっただいま」
私が返事をするとヴィンスは笑顔になって、ますます胸がギュッとした。
「ニーナが、戻って来なかったらどうしようかとずっと考えてた。やっぱり元の世界がいいって思ってないかと不安だった」
「ヴィンス……私は本当のニーナじゃ無いけど…ヴィンスの隣にいててもいいの?」
「ニーナは本当のニーナだよ。代わりなんていない」
私の欲しい言葉をくれる。でも、それだけで満足できず私はずっと気になっていた事を口にした。
「ヴィンスは元のニーナが好きだったって事はない?」
ヴィンスが驚愕したかのように目を見開いた。
「ニーナは…出会った日を覚えてる?ずぶ濡れになったニーナに俺が声を掛けたんだ」
「覚えてるよ。魔法が使えない私にびっくりしながらヴィンスは乾かしてくれたよね」
「あの時、笑顔でお礼を言ったニーナに俺は一目惚れしたんだ」
「そう、なの?」
それは紛れもなく私だ。思い掛けない告白にドキドキする。
「そうだよ。安心した?」
「うん」
嬉しいのとホッとしたのとで何だか泣きそうになり、口元を両手で覆った。
「元のニーナとは婚約の顔合わせの時に初めて会ったけど、あまりいい出会いでは無かったからお互いにいい印象はないな」
「それは…12歳の時?」
「ああ、ニーナは夢で見てるんだった?」
「お父様にヴィンスを紹介された直後に目が覚めて、その後の事は知らないの」
「そっか……あの後は2人きりにさせられて、俺はあの時期荒んでいてあまりいい態度をとってない。だからかニーナから『貴方より優れている人は沢山いるし、傲慢な態度はいつか大切な人も離れていく』って言われてる」
「わぁニーナも中々言うね…」
ニーナもその頃は自分の能力と運命を知り、色々荒んでいた時期だろう。苦笑まじりのヴィンスは私の頬を撫でて続けた。
「でもそのお陰で自分を見つめ直す事ができたから、そこは感謝している。ニーナにも出逢えたしね」
「うん…」
「ニーナ……照れてる?」
「うっ、だって…」
私に一目惚れしたとか、出逢えてよかった的な言葉を、大好きな人から目の前で言われて照れない人がいるのだろうか。ヴィンスも私からの愛の言葉を受けて、少しは照れてくれたらいいのに。
けど、これから先は長いのだ。いくらでもその機会はある。
「ヴィンス、これからもずーっと一緒にいてね」
「もちろん。これからもずっと一緒だよ」
私がこの世界に来て一年近く。
これからも色んな事があるだろうけど、楽しい事も困難な事もヴィンスと乗り越えて歩んでいきたい。
これにて完結いたしました。
ここまでお読みいただいた皆様に感謝いたします。
また後日談や本編に載せず端折った番外編など書けたらいいなぁと思っています。
あまり外出できないこのご時世に友達に勧められて読み始めた小説にハマり、自分でも書いてみようと思ったのがこの小説の出来たきっかけです。
少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
これからも皆様が素敵な作品に出会えますように。




