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後夜祭 1

 ヴィンスにエスコートされてホールへと入ると、演奏中にも関わらず一斉に注目を浴びた。


 (な、何?)


 ヴィンスと一緒にいるからだろうか。あの子がヴィンセント様の……という声も聞こえてきて視線が痛い。


 このホールには生徒だけではなくその同伴者もいる。もちろん私達のように同伴者が生徒同士という場合もあるけれど、正装での参加者が多数いるからか社交界のような雰囲気だ。


 思わず腰が引けそうになるが、ヴィンスに手をギュッと握られ頭の上から囁かれた。


 「ニーナは俺の声だけ聞いて、俺の事だけ見て」


 いつもだったらこんな事を言われたら恥ずかしくなってしまうのに、今は何だか心強く感じて笑顔になる。ヴィンスもそんな私を見て笑顔になった。

 

 「少し…圧倒されちゃった。今更だけど、パーティーとか参加して慣れておけばよかった」

 「ここにいる殆どがニーナと同じだと思うし、今日は学園の後夜祭だから気負わなくて大丈夫だよ。ほら、次の曲が始まるよ。踊ろう」

 「うんっ」


 皆の視線は変わらず刺さるし、初めての場という事で緊張もあるのに、そのどちらもヴィンスの言葉によって解されていく。


 ヴィンスと向き合い、体を支えられて曲が始まる。ゆっくりめのワルツは初心者の私にぴったりだ。練習の時よりヴィンスとの距離が少し近い気がする。


 ダンスも踊り出しこそは緊張したが段々と楽しくなって来て、ステップも軽快になる。ヴィンスも私をくるりと回したり楽しそうだ。


 「ヴィンスは何でも出来て凄いよね」

 「そうでもないよ。……自分でもそう思っていた時もあるけど、奢っていたと思う。このままだったら傲慢な大人になっていただろうな。ニーナはいつもどんな事も努力していて、ニーナの方が凄いよ」


 褒めたら逆に褒め返されてしまった。私の知ってるヴィンスは奢ってなんてないので、いつ頃の話なのかと不思議に思う。変われたきっかけは何なんだろう。


 それにしても私の事をよく見ていて、努力していると認めてくれて嬉しくなる。


 「ありがとう」

 「……ニーナ、その顔可愛過ぎるから。他の奴に見せたくない」

 「っ!」


 心なしかヴィンスが私の顔を隠すように体の距離を近づけて踊る。


 「ヴィンス…足を踏んでしまいそうだから少し離れて」

 「いいよ。踏んでも」

 「………もう」


 ヴィンスから見て私はどういう風に映っているのだろう。美化され過ぎてないか怖くなる。


 演奏が終わるとヴィンスは少し周りを気にして、私の手を取り移動した。


 「ヴィンス、誰か探してる?」

 「いや、()()がいない事を確認している」

 「どういう意味?」

 「気にしないで。向こうに飲み物が置いてあるよ。行ってみる?」

 「うんっ行ってみたい」


 ホールの端には軽食や飲み物なんかも用意されていた。さっきは緊張で周りがよく見えて無かったけれど、豪華な照明やテーブル、それに着飾った人達で溢れているこの空間はいつもの学園のホールとは思えないくらい異空間だ。


 「学園じゃないみたいよね。今日だけなんてもったいないね」

 「まあ、今日だけだから特別な感じがするんじゃないかな」

 「なるほど」


 特別な日をヴィンスと過ごせてよかった。ヴィンスもそう思ってくれてたらいいなぁ、なんて……


 「あっ!」

 「どうしたの?」

 「向こうの飲み物コーナーに友達がいたの」

 「じゃあそこに行こうか」


 飲み物コーナーの一画にいるルシアナを見つけ、ヴィンスと一緒に向かおうとする。が、ヴィンスは足を止めて目付きが鋭くなった。


 「ごめん、ちょっと用事ができた。先に行っててくれる?」

 「うん?」


 一緒に行こうとしてたのに先に行くよう促されて戸惑う。何があったのか聞きたかったけれど「俺も後からすぐ行く」と耳打ちされた後、背中をそっと押されて聞けなかった。


 とりあえず、先にルシアナのところへと向かう。


 「ルシアナ」

 「ニーナ、ドレス似合ってる!」

 「ありがとう。ルシアナも似合ってるよ」


 明るいルシアナらしく向日葵のようなドレスだ。


 「ありがとう。私が自ら仕立てたんだ」

 「えっ凄すぎない?」


 ルシアナが手がけた劇のドレスのクオリティも高かったのだ。才能があるって羨ましい。


 「うちはドレスの仕立て屋だからね。ニーナの着ているドレスもうちのだよ。ヴィンセント様の家はうちのお得意様」

 「知らなかった!言ってよ」

 「ふふっびっくりさせようと思って。そういえばヴィンセント様は?」

 「さっきまで一緒だったんだけど、用事ができたって少し外してるの。後で来るよ」

 「そう?じゃあ先に乾杯しよう」

 「うんっ」




―――――




 ()()を見つけてしまって慌ててニーナを友達のところへと行かせる。ニーナを毒気に晒したくはない。


 向こうは俺を見つけたら話しかけにくるだろう。


 そう思っていたら案の定こちらへやって来た。嬉しくもない予想が当たって溜息が出る。


 (ニーナを避難させてよかった)


 「こんばんはヴィンセント様」

 「……こんばんは」


 ――ヨハネス・スカーレット伯爵。レイラ嬢の父親にして野心家。俺の最も嫌いな人物だ。


 レイラ嬢と違って父親はダークブラウンの髪色をしている。ランフォード家は代々黒髪であるが、スカーレット家はレイラ嬢だけが黒髪で先祖返りしたものだろう。


 「先程隣にいたお嬢さんを紹介してもらおうと思ったのですが、何処かへ行ってしまったようですな」

 「その内に、私の婚約者として紹介させていただきますよ」

 「ふむ、『その内』がくるかどうか…」


 (どういう意味だよ)


 反論したり、苛ついてしまったら相手の思う壺だ。内心、はらわたが煮えくり返るがぐっと堪えて笑みを浮かべた。


 (さっさと退散するに限るな)


 「時に、うちの娘は席を外しているのですがもうすぐ戻ってくると思うので、戻ってきたら一曲踊っていただけませんかな」

 「いえ、この後は約束があるのでもう失礼させていただきます」

 「いけませんね、誘いを断るなどとは…」

 「ここは学園の後夜祭ですので社交界とは違うかと」

 「…そういう事にしておきましょう。ですが、私がお父上と懇意にしている事をお忘れなく。またうちの娘もよろしく頼みますよ」

 「……失礼します」


 伯爵の頼みに肯定をしたくなくて話を切り上げる。


 あり得るとは思っていたが、レイラ嬢の父親に出会してしまった。恐らくレイラ嬢の同伴者として後夜祭に来たのだろう。


 (後夜祭にまで乗り込んで来て何がしたいんだ)


 そのまともな思考をしていない相手と俺の父親が最近一緒に行動をしているとよく聞く。『懇意に』までとはいかなくても、周囲に噂されていて聞こえてくるものはいいものではない。


 (ニーナの耳には入れたくないな)


 その事を考えると溜息しかないが、遠くに友達といるニーナを見つけ、その笑顔を見ると胸のモヤモヤが消えていくのだった。



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