学園祭の準備 6
学園祭の準備、といっても私は今日は脚本の読み合わせをするのみで、しかも終盤からの出番なので皆の読み合わせを聞いている。
やはり授業で演劇を選択しているウィルくんとエマちゃんの演技は台詞だけとはいえ格別だ。
「忘れないで、離れていても何人も私達の愛を引き裂く事は出来ないのだと」
「忘れません。離れていても私の心はいつも貴方の側にあります」
歯が浮いてしまうような台詞なのに、王子と王女が一度離れ離れになるシーンを演じる2人が、まるで本当に愛し合っているのに離れなければいけない恋人のようで切なくなってしまう。
思わず涙ぐんでいると、私以外にもぐすっぐすっとすすり泣く声が聞こえて私だけじゃないと安心した。
歌の部分は省略で、私は鼻声で自分の台詞を言う。なんとも締まらないが読み合わせを終えた。
活動時間はまだ少し残っている。終わった人から帰ってもいいので帰る用意をしていると廊下できゃあっと声が聞こえた。
「ニーナちゃん!」
ガラッと教室のドアが開いて呼ばれる。慌てて呼ぶ様子に何か起きたのかと私まで慌ててしまう。
「どうしたの?」
「ニーナちゃんを、ヴィンセント様が呼んでる」
「えっ」
ドアを見るとヴィンスが立っていた。何かあった訳じゃない?とヴィンスの所に駆け寄る。
「ニーナ、もう帰れる?」
「もう終わったから帰れるよ」
「じゃあ一緒に帰ろう」
「うん、鞄取ってくるね」
この準備期間は一緒に帰るのは難しいかなと思っていたので、迎えに来てくれて嬉しい。
くるっと向きを変えると皆が遠巻きに注目しているような……
「えーっと、また明日ね」
「うんニーナまたね」とリリーが言うと、皆もハッとしてまたねと言っていた。もしかしてヴィンスはいつもこんな感じなんだろうか。
唯一私達が一緒に受ける剣術の授業は、ほぼ男子ばかりで全然気が付かなかった。
「教室まで行かない方がよかった?」
「ううん、一緒に帰れて嬉しい」
「よかった」
「……ヴィンス、凄いキャーキャー言われてたね」
皆に、主に女子に遠巻きに騒がれていてアイドルみたいだ。
「この髪の色の所為だろうね。目立つし興味や嫉妬の対象になりやすい。利用しようと近づく奴もいるしね」
「それだけじゃ無いと思うけど……」
「昔はこの色が嫌だった時もあるけど、今はまあ吹っ切れたかな」
黒髪だった事で色々苦労もあったのかもしれない。魔力を多く保有している上に侯爵家の嫡男なのだ。利用目的で近づく人達がいたのなら否定的になるのも無理はない。
だからといって、ニーナもそうだったけど、生まれ持ったものを否定するなんて悲しい事はない。
「私はヴィンスの髪好きだよ。綺麗で……ヴィンスに似合っているし、見ていて落ち着く」
『落ち着く』は変だったかもと思うが、前の世界で見慣れた色なので本当の事ではある。ヴィンスは口に手を当てて、ありがとうと応えてくれた。
エスコートしてもらって馬車へ乗り込むと隣に座ったヴィンスに頬を包まれ、続いて眦に口付けをされた。
「〜〜っ」
人前ではしないという約束を守ってくれているけど、2人になった途端のスキンシップはどうしたらいいのか。
私からも返すなどという高等技術は持ち合わせていない。そんな事を考えていると目の下辺りを親指の腹で拭われた。
「……ニーナ泣いてた?」
「泣いて……?あっ脚本の読み合わせをしてて、もう1人の王女役のエマちゃんと王子役のウィルくんの演技が上手で感極まっちゃって」
「そうなんだ。ニーナだけじゃなくで他の場面もちゃんと観てみようかな」
「寧ろ私が出るところ以外が見所だと思うよ」
まさか私だけを観にくる予定だったのか。その発言にもびっくりだし、そんなに私を見て飽きられたら困るので程々にしてほしい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ヴィンスは私の顔をじっと見つめてくる。ヴィンスに見つめられているだけで顔が熱くなってくるのを感じる。
「ニーナ、俺以外にその顔を見せてない?」
「〜〜!この顔はヴィンスがさせているのであって、いつもは至って普通なんです」
「ははっ。ならよかった」
この顔を可愛いと言ってくれるのはヴィンスだけな気がする。それに私よりも…
「私の事よりも…ヴィンスの方が格好良いしモテてそうだよね」
さっきの女の子達に騒がれているのを目の当たりにした事もあり、拗ねた感じの嫌味な言い方になってしまった。
ヴィンスを見ると怒ってはおらずニッと笑って、再度私の頬に手を添える。
「さっきも言ったけど、俺は興味の対象でしか見られていないよ。でも、ニーナに格好良いと言ってもらえるなら……この外見で良かったって思えるな」
手はそのまま片方の頬を包み、反対側の耳に顔を寄せられる。私は身動きが取れずされるがままだ。
「俺にはニーナしか見えない」
――そう囁かれて一気に熱が込み上げる。力は抜けてヴィンスの肩に頭を預けた。頭の上から「分かった?」と聞かれて私は頷く事しか出来なかった。
馬車から降りた際には『今日の分を』とあの薔薇を贈られた。
(もう……ヴィンスには勝てる気がしない)
私は机に一輪増えた薔薇の花を見ながら、また顔を熱くしていた。
―――――
学園祭の準備が着々と進んでいく。今は劇の稽古の合間に衣装の仮縫いを行なっている。メンバーは前と同じリリー、ルシアナ、エマちゃん、私だ。
「で、エマはどんな感じなの?」
「どんな感じとは?」
「ウィルくんと進展あったの?」
「な、何も変わってないよ」
エマちゃんが恋バナにたじろいでいる。滅茶苦茶気持ちが分かる。
「劇の台詞とは言え、2人で『愛しています』とか言い合ってたら本当に好き合ってるように見えるんだよね」
「分かる。2人を見てるとドキドキしちゃうもん」
「入り込めない空気になるよね」
どうしよう。人の恋バナは楽しい……
「ニ、ニーナちゃんも王女役してるじゃない。デュエットも練習してるでしょう?」
「練習してるけど、私だとあっさりした空気?で甘い空気にならないよ」
「うん、ウィルくんの熱量も違う気がする」
「…………実はね、私練習の帰りにウィルくんとお茶しに行ったりしてる」
「えーーっ!」
3人の声がハモる。それはデートと言うのでは?もうエマちゃんの恋は叶う予感しかない。
「変化あるじゃない!」
「エマちゃんよかったね」
「でもまだ分からないから…告白するにしても劇が終わってからにする」
「うんうん」
「がんばってね」
エマちゃんの恋を応援しつつ、私も自分も頑張ろうと意気込む。今週末のダンスのレッスンが終わったらヴィンスを後夜祭に誘ってみようと思っている。
先に仮縫いを終えて一人教室へ戻りながら、ヴィンスにどう切り出そうかな、なんて考え事をしながら歩いていたのが良くなかったのかもしれない。
階段へ差し掛かった時にドンっと勢いよく背中を何かに押され、バランスを崩す――
(っ落ちる!)
頭の方から落ちそうになり、咄嗟に手を伸ばして庇おうとする。階段の下段辺りに落ちそうだと手の骨折で済めばいいなと変に冷静な頭で考えていると、ぶつかる瞬間にぶわっと風に包まれた。
(風っ魔法?!)
衝撃は免れたが、バランスが取れないまま階段の踊り場に足から着地し転倒する。足が変な方向に向いていた為鈍い音と共に声が漏れてしまった。
「痛っ」
「キャー」「人が落ちた」と周りからも声がする。ああ、どうか大事になりませんように、と私は自分の事よりもそっちの方が心配になってしまった。




