学園祭の準備 5
家に帰ってソファに座り、脚本をパラパラとめくる。予定通り、第3幕のウィルくんとのデュエットから私の出番だ。
一通り目を通しておこうと最初から読み始めると、すっかり話の世界に惹き込まれてしまった。
今までこういう系統を読まなかったのが勿体無いと思うくらいだ。
(素敵、舞台も観に行ってみたい)
すっかり夢中になって読んで、物語の最後に差し掛かる。
(――えっこれは、私がするの?)
―――――
次の日、休み時間にシモンくんの席へ向かう。
「シモンくん脚本読んだよ」
「どうだった?」
「表現が上手で話に惹き込まれちゃった」
「本当?ならよかった」
「なんだけど、最後の『王子と王女が手を取りキスをする』って私はプロの役者じゃないし、ちょっと厳しいかなって」
まだヴィンスともした事がないのに、役でなんて絶対やりたくない。ヴィンスも……反対すると思うし、それにエマちゃんの気持ちを聞いてしまった今、エマちゃんの前でもしたくない。
「もちろんフリでいいよ。…駄目?」
「うん。私は『手を取る』まででお願いします」
「残念だけど仕方ないか。皆に言っておくね」
「ありがとう」
タイプライターで作成された脚本は打ち直しが大変な為、変更した部分は皆に口頭で伝えなければならない。私からもウィルくんに伝えておけば大丈夫だろう。これで、色んな所で亀裂が入らないで済みそうだ。
「ニーナ、脚本の最後見た?」
「うん見たよ。レオも見たの?ハッピーエンドになってたね」
今は剣術の授業が始まる前の休憩時間。選択授業が無い人は先に学園祭の準備をしていて、私達は終わってから準備に参加する事になっている。
配役された私は先に脚本を渡されている。レオは大道具と演出担当だけどもう脚本を見たような口調だ。
「それだけ?あの最後のシーン、王子と王女がキ――」
「わーーっ!」
慌ててレオの言葉を遮った。ここにはヴィンスもいるのだ。『キス』という単語を出して波風を立てたくない。
「王子と王女が、何?」
ヴィンスは怪訝そうに聞いてくる。
「何でもないよ。レオ、それは無しにしてもらったんだ」
「そうなんだ?ニーナはどうするのかなと思ってさ。まあ、それが賢明だよな」
「何となく察しがついた。今度脚本を見てみたいな」
「ヴィンスは違うクラスだし、見せられないよ」
「本番は観に行くね」
「……はい」
私はなるべく平和で穏便な学園生活を送りたいのだ。もちろん学園祭も。
「ヴィンセント、ヤキモチ妬いて劇に乱入したりするなよ」
「気を付けるよ」
レオの冗談に、ヴィンスは冗談か本気か分からない返事をする。
脚本は変更になったからヴィンスに観に来てもらっても問題は……無い事を祈る。
「ニーナのクラスは何の劇をするのかしら?」
打ち込みの相手はいつも通りエリザ様とだ。相変わらず、打ち込みしながら話してても息が上がらないのには感心してしまう。
「恋愛物をするんです。私、ダブルキャストで王女役を演じる事になったんですよ」
「あら、仲間ね」
ふふっとエリザ様が上品に笑う。この微笑みや所作を盗んで演技に活かしたい。
「是非観に行くわね」
「ありがとうございます。エリザ様のクラスは何をするんですか?」
「私のクラスは革小物のワークショップをするのよ。革のキーホルダーやアクセサリーが作れるのよ」
「楽しそうですね。私も是非行きますね」
2、3年生になると物販や飲食などお店を出せるそうだ。学園祭は2日間に渡って開催されるので、自分の出番以外は好きな劇を観たりお店を回ったり出来るという。
生徒の家族や婚約者は事前に申請すれば見に来れるので、リリーやヴィンスと回る以外に家族と回るのも楽しそうだ。
ふと、気になってエリザ様に聞いてみる。
「エリザ様は後夜祭に出るんですか?」
「私?私は…婚約者以外の特定の人にエスコートされるのは良くないそうで、出られないのよ。婚約者と一緒に出られたらいいのだけれどね」
「そうなんですね。すみません、余計なことを聞いてしまって」
婚約者の方は来られないのだろうか。そこまでは聞けない。
「いいのよ。いつもは私がニーナに色々聞いているから。ニーナは当然、後夜祭に出るのでしょう?」
「私も出ないかもしれないです」
「どうして?」
「ダンスはまだ練習中なのと、そもそも誘われていないので」
「ニーナは出たくないの?」
「私は――」
この前までは劇に加えてダンスの練習まで出来ないと思っていた。けど、お母様に教師を付けられてしたレッスンは楽しくて、思ったより踊る事ができた。
踊ったペアは結ばれる、というジンクスも気にならない訳ではない。何よりヴィンスと踊れたら楽しそうだ。
「出てみたい…です」
「ふふっなら騎士に誘われるのを待たずに自分から誘ったらいいのよ」
「なる、ほど」
「なんて、婚約者を誘う勇気も無い私に言えた事じゃ無いわね。でも頑張ってね」
「エリザ様……」
綺麗で優しくて完璧そうな皇女様も恋には臆病になるなんてそんな所も可愛い。皇女という立場は色々と制限もあって身動きが取れないのかもしれない。
「私頑張ります!エリザ様の事も応援してますね」
「ニーナっありがとう」
授業中にも関わらず手と手を取り合う私達に、周りにいた生徒達は何があったんだという雰囲気だ。一応授業も真面目にしているので見逃していただきたい。
剣術の時間は私にとってエリザ様と交流出来る大切な時間で、恋バナは寧ろ、ヴィンスの事をあまり知らないエリザ様の方が照れる事なく相談しやすいのだ。
(私も何かエリザ様のお役に立てる事があればいいのに)
剣術の授業も終わりレオと一緒に自分のクラスへ戻りながら考え込む。でも多分こういうのは、周りが横槍をしない方が上手くいくんだろうなあと。
「また物騒な事でも考えてる?」
「えっ何で?」
「皇女と授業中に手を取り合って何か結託してたから」
「あれはお互い婚約者と後夜祭に出られるようにとエールを送りあってただけで……」
「…………へえ」
自分で話してて恥ずかしくなって声が小さくなっていく。レオは授業中に何を話してるんだと呆れていそうだ。
「……ヴィンスには内緒にしておいて」
「誘ったら?すっごい喜んでる顔が浮かぶ」
「そうだったとしても、誘うのって勇気がいるよね」
「うーん、そうかもね」
レオはいつも否定せずに意見を聞いてくれる。優しいし、格好良くて、隠れファンがいるのにも納得がいく。
「レオも誰かに誘われそうだね」
「そう?願ったり叶ったりだな」
「その本心じゃない言葉を言うのは謎だよね」
「はははっ」
レオはそれ以上自分の話は広げない。本当に謎だ。
「俺の周りでも誰に告白するとか誘うとか、最近そんなんばかりだよ」
「そうなんだ。皆上手くいくといいね」
「そうだな」
レオも前に好きな人がいるかどうか聞いた時の反応からすると、恐らく好きな人がいる筈。
私が「レオもね」と言うと、レオは口の端を持ち上げて笑った。




